東京交響楽団・現代日本音楽の夕べシリーズ第16回

6月に入った最初の午後、2年3ヶ月ぶりにミューザ川崎シンフォニーに行ってきました。あの大震災で天井が落下したのはニュースでも取り上げられた「事件」。
落成して然程年月も経っていない最新施設のホールだけに、信じ難い事故ではありました。手抜き工事だったのではないか、という報道もありましたが、余り詳しいことは知りません。

それにしても修復に時間が掛かったのは更に驚きで、予算等々地方自治体ならではのハードルが高かったのは事実でしょう。日本でも有数な音響の良さを自負していたホールだけに、長期の閉鎖は残念なことでした。
私が震災前にこのホールに足を運んだのは、確か地震の前数日のことで、児玉宏が東響をリハーサルするのに接した時。あの本番は実行されたのでしたっけ。

ということで、ホールに入って真っ先に見上げたのは天井。と言っても以前がどんなだったか記憶にないので、その変化は知りようもありません。でも仮にあれが本番中に落下したらどうなるか、想像すらしたくありません。で、聴いたのはこんなプログラム。

伊福部昭/舞踏音楽「プロメテの火」
     ~休憩~
伊福部昭/舞踏音楽「日本の太鼓」鹿踊り(ししおどり)
 指揮/広上淳一
 コンサートマスター/水谷晃

「現代日本音楽の夕べ」シリーズは、プログラム誌からまた引きすると、1996年まで定期的に行ってきた東京交響楽団のシリーズ。今回の震災が切っ掛けで、日本独特の文化・芸術・音楽を改めて見つめ直すことに目覚めて再開する由。
そもそも時代の要請では無い、という理由で止めてしまったことに疑問を感ずる小欄ではあります。

ま、ここは素直に再開を祝すとして、多分復活最初となるのが、第16回の伊福部昭の知られざる舞踏音楽を復活演奏する企画。来年の作曲者生誕100年を1年後に控え、「生誕100年プレコンサート」と銘打たれていました。
来年の100年祭は、作曲者の誕生日である5月31日に井上道義の指揮で賑々しく行われることが決まっていますが、今回は伊福部作品の演奏に関しては最適任者と言える広上淳一の指揮。彼は伊福部が没した時に日本経済新聞社に追悼文を寄稿し、それが中々の名文であったことを思い出します。
もちろん、小生が出掛けたのは指揮者・広上淳一を信頼してのこと。聴き終えて、やはり日本、いや世界をリードする卓越した再現芸術を堪能することが出来ました。

作品はいずれも伊福部が1950年代に発表し、高評を博したもの。私はその存在すら知らない2曲でしたが、いずれも日本のモダン・ダンス界の嚆矢と評すべき舞踏家・江口隆哉とのコラボレーションから生まれた大作です。
チラシによれば、「プロメテの火」は昭和25年12月に帝国劇場で初演され、その後日本中で100回近く公演されたものの60年代以降は再演されず、紛失したスコア・パート譜が2009年に再発見され、今回ほぼ半世紀ぶりに日の目を見ることになった作品。

全体はプロローグと4景から成り、演奏に50分を要する大曲。実際に舞踏と共に演じられれば更に興味は増すのでしょうが、如何にも伊福部らしい、全体にモデラートな動きの音楽。明確に各景が判る構成では無いと感じましたが、それでも最後の盛り上がりは中々のもの。
2管編成を主体にし、コールアングレが使われるのが特徴。フルートのソロが活躍する場面は、恐らく舞踏家・江口の独創的ダンスが見所だったのでしょうか。

後半の鹿踊りは、東北各地に伝えられてきた民俗芸能を基礎にしたもの。全体は4章に分かれ、8人の踊り手によって踊られるものの由。
今回はP席にスクリーンが下され、資料映像が同時に映し出されました。もちろんバレエそのものをシンクロさせる映像ではなく、舞踏とは無関係。
この映像を見て、私も確か高校生の時の修学旅行で東北を回った時、何処かの公民館でナマの鹿踊り(ししおどり)を鑑賞したことを思い出しました。もちろん鹿をイメージした衣装と、時折打たれる「ささら」(竹)の音が記憶に残っているような錯覚?も。今回の演奏では、ささらと太鼓を特別に加えて演奏したそうな。

いずれにしても東北地方は所謂ヤマトとは異なる文化を育んできた土地。資料には蝦夷(えみし)として残っている独特な文化が底流にあるものと思慮します。
アイヌ、コロボックルなどなど、日本民俗を形作ってきた様々な文化の源流にさえ旅しようという伊福部の、江口の意図を再現することに大きな意義を見出すことができたコンサートです。

「クラシック音楽」の有り様は様々ですが、日本のオーケストラである以上、どの団体も同胞の創作にもっと積極的に目を向けるべきことを痛感させられます。
久し振りに聴いた東響。名物ホールと共に、その音色に変化は無く、東京の数あるオーケストラが、夫々の個性・カラーを堅持していることを喜ばしく思いました。聴き手は単に腕比べを論ずるのでなく、各団体の個性の違いを楽しむべきではないでしょうか。

なお、舞台には収録用と思われるマイクが立ち並び、演奏は録音されていたようです。将来はこれを用いた舞踏公演も視野に入っている様子。出来ることなら一般にも録音を公表し、スコアが出版されることを期待したいと思います。

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