東京交響楽団・第95回芸劇シリーズ

昨日の土曜日は池袋、大友直人がプロデュースする東京芸術劇場シリーズを聴いてきました。クラシック音楽の演奏会はどうしても週末に集中し、聴きたいものが重なってしまうので、聴く方は遣り繰りが大変です。昨日も日本フィル定期とバッティングしていましたが、あちらを金曜日に振り替えてでも聴きたかったのが、これ。
大友直人プロデュース
東京芸術劇場シリーズ第95回
<ヴォーン=ウィリアムズ没後50年記念>
ヴォーン=ウィリアムズ/「グリーンスリーヴズ」による幻想曲
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲
ヴォーン=ウィリアムズ/交響曲第1番「海の交響曲」
 指揮/大友直人
 ヴァイオリン/大谷康子
 ソプラノ/サリー・ハリソン
 バリトン/オーエン・ジルフリー
 合唱/東響コーラス(合唱指揮/辻裕久)
 コンサートマスター/廣岡克隆
もちろん、ヴォーン=ウィリアムズを聴くのが目的です。没後50年記念とはいえ、このイギリスの巨匠はまだまだ日本では未知。間に名曲中の名曲、大人気のコンサートマスター大谷康子を迎えて券売にも万全の態勢で臨んでいます。
この作戦、見事に奏功し、おや、と思うほど客席も埋まっていました。90%以上の入りだったと思います。私の席は1階の最後方U列のど真ん中、周囲は大谷ファンと合唱関係者が占め、とても彼らがヴォーン=ウィリアムス作品そのものを目当てに聴きに来たとは思えませんでした。
それでも終演後の拍手喝采を見ていると、序に聴いた「海の交響曲」も受け入れられたようですね。クラシック音楽のコンサート、こういう仕掛けは欠かせません。マニアックな聴衆も大事ですが、抱き合わせ、という戦略なしには一歩も前進できないのが現実です。
私にとって「海の交響曲」は二度目。前回はロッホランと日本フィルでしたが、大分時間が経ち、ほとんど記憶に残っていません。
今回の演奏、東響コーラスの熱演こそが最大の功績として挙げられるでしょう。イギリスから招聘した二人のソリストすら楽譜を見ながら歌っていたのに対し、コーラスは全員が暗譜。エルガーの一連のオラトリオもそうでしたが、言葉を覚えるだけでも大変な作品、決して歌い慣れているわけではない作品をここまで見事に歌いきった彼らに盛大なブラヴィを捧げたいと思います。
それにしても「海の交響曲」、素晴らしい音楽です。ヴォーン=ウィリアムズを記念する年に相応しい大作。彼はこの作品によって自己を確立したのですから。
それまでのヴォーン=ウィリアムズはいわゆる「歌書き」(ソング・ライター)でした。その彼が一念発起、7年を費やして完成したのが、この第1交響曲(1903-1909)ですね。これにより彼は「交響曲作家」(シンフォニスト)として脱皮したのでした。この間、1908年にはパリに留学してラヴェルに師事もしています。この曲にフランス印象派の影響が微かに感じられるのはそれ故でしょうか。
ヴォーン=ウィリアムズがテキストに選んだのは、アメリカの自由詩人ウォルト・ホイットマン。これもまた時代の流れでした。
イギリスの音楽にはオペラの伝統がありませんが、その代りとして栄えたのが合唱作品。ヘンデルを挙げるまでもなく、パーセル、エルガー、パリー、スタンフォードなどがオラトリオやカンタータの大作を手掛けてきました。しかしそれらはほとんどが聖書を題材としたもの。
ダーウィンの「進化論」に沸いたこの時代、自由を謳い、詩作の約束事をぶち壊したホイットマンの詩に多くの作曲家が注目したのですね。ホイットマニア(ホイットマン狂信者)の誕生。
ヴォーン=ウィリアムズは、海の交響曲以外にも「知られざる地方へ」でホイットマンの詩に作曲していますし、盟友ホルストにも「死への頌歌」があります。この秋に読響が取り上げるヒンデミットのレクイエムもホイットマンの作詞ですよね。
この日、芸劇の大ホールは、冒頭の金管のファンファーレに続く Behold the sea itself の素晴らしい混声四部合唱による呼びかけ、オルガンのペダルによる重低音を伴ったオーケストラの荒波によって、一杯の潮の香りに満たされたのです。
直ぐに合唱が歌い交わす And on its limitless, heaving breast, the ships のテーマは作品を通して使われる重要、かつ美しいメロディー。以下「夜、なぎさに一人いて」の夜想曲、スケルツォ楽章の「波」と続き、最後の複雑かつ難解な「探検者たち」まで一気に聴かせます。
sail forth の叫びが最大のクライマックスを築いて fff に大終止したあと、音楽はモルト・アダージョ。ピアニシモのオーケストラに導かれて、ソプラノ・ソロが o my brave soul ! と歌い始め、静かな終結を迎えます。最後に残ったチェロとコントラバスの pppp が更にディミニュエンド、quasi niente で無に帰したあとも暫く会場を静寂が包み、暖かく感謝に満ちた喝采が、大友マエストロ以下、全ての演奏者を讃えたのです。
さぁ、こうなれば大友直人さん、次はヴォーン=ウィリアムズの第9交響曲をやるしきゃありませんね。「海の交響曲」のメイン・テーマが、その第2楽章、フリューゲル・ホルンのソロで再び歌われる第9によって、RVWの九つのシンフォニーの輪が閉じられるのですから・・・。

 

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