ボロメーオQのベートーヴェン・サイクル第3回

土曜日の演奏会レポートに続いて日曜日のコンサートです。実は先の木曜日から4回連続の演奏会通い。流石に老骨には堪えました。体力ではなく、脳味噌の能力に限界を感じます。

今回のベートーヴェン全曲演奏会、第3回はラズモフスキー3曲を一度に取り上げるプログラム。15分の休憩が二度入るのが救いでした。
それに加えて今回は演奏会が終了した後、30分ほどの間隔を空けてアフターコンサート・トークという催しも。演奏だけで帰った方もおられましたが、ここまで来て参加しない手はないでしょう。良く言うでしょ、毒を食らわば皿まで、って。

第3回もデジタル風に感想を纏めると、

流石にラズモフスキーはベートーヴェンの弦楽四重奏曲では最も人気のある作品群。前回はやや少なく感じた聴衆も、今回は大盛況でした。補助席?と思われる様な椅子に座って聴かれる方もチラホラ。

ボロメーオの姿勢は変わる筈もありません。これまで通り正攻法、且つ早目のテンポで攻めまくる感じ。繰り返し記号は実施するのが原則ですが、第2番第1楽章後半のリピートは省略。その時は長さから当然かな、と考えましたが、トークが終了した後では疑問も。

第1番は流石に4レンチャンの疲れが出ました。もちろん聴いている私の話ですよ。今回もスコア持参で聴きましたが、途中で頭が朦朧。譜面が無かったらグッスリ寝込んでいたかもしれませんね。

3曲夫々に素晴らしく、特に第3番の熱演には客席から歓声も挙がるほど。しかし私は2番の演奏に最も説得力を感じました。
3番は作品自体に堂々たる佇まいが宿っていますからね、「受ける」のは当然。寧ろ地味な印象のある2番で聴き手を唸らせる彼らの実力に舌を巻いた、というのが正直な感想です。

アフターコンサート・トークは、一旦装置等の設営のため閉場、午後5時頃から再入場して開催されました。自由席。舞台正面にスクリーンが下され、ベートーヴェンの自筆譜が映し出されていました。

ボロメーオQの4人が、軽装に変えて再登場。ファーストのニコラス・キッチンが解説し、花田和加子氏が通訳を務めます。
最初に彼らが演奏に用いている電子楽譜についての解説。某ピアニストが使用していたのにヒントを得、2007年から使用。パート譜ではなくスコアを見て演奏することに。使っているうちに作曲家の自筆譜を取り込んで演奏に活かすことに気が付いた由。これを出来る限り実行しているとのこと。

60年代から70年代のパート譜にはボーイングなどの演奏指示が既に印刷されていた。最近になってヘンレやベーレンライターから新校訂の譜面が出たが、それでも自筆譜とは異なる部分もあり、これら新版が完成譜ということにはならない。
その具体的な事例を、ラズモフスキーの3曲から適宜キッチン氏が拾い出してアナリーゼを加えていきます。なおベートーヴェンの自筆は、1・2番はベルリン国立図書館の、3番はボン・ベートーヴェン・ハウスのホームページで自由に閲覧できるそうな。

例えばスタッカートを意味するドットと、楔型の表示記号の違い、その解釈。スラーのかけ方。クレッシェンドとデクレッシェンドを表す三角形が真ん中で別れている場合と、繋がって菱形になっている場合の違い。等々・・・。
こうした細部についてベートーヴェンが拘っていたことは、シュパンツィクQのチェリスト、更にセカンド・ヴァイオリンとの手紙の遣り取りからも知ることが出来る。

ベートーヴェンはピアノの名手でしたが、ボン時代には地元のオーケストラでヴィオラを弾いていた。当時のボンは、最高レヴェルのマンハイムのオーケストラを追い越すべく日夜努力しており、ベートーヴェンはそこで演奏に参加することにより、弦楽器の奏法に関する深い知識を得ている。
こうしたことを忘れるべきではなく、彼の四重奏がいきなり頭の中で出来上がったものでは無いことに注意を向けたい。

更にもっと大きな変更では、ベートーヴェンはいくつかの楽章で「5部形式」を試みていた形跡がある。例えばソナタ形式の楽章では提示→展開→再現のあとに後半を繰り返し、全体を5部とする。またスケルツォ→トリオ→スケルツォに続き再びトリオ→スケルツォを繰り返すなど。
これは図形的には「W」の形になり、5部形式への挑戦が窺われる。最終的には断念したものの、こうした試みがあったことを自筆譜から知ることは、演奏する立場にとっても極めて重要なこと。“何故ベートーヴェンはそうしたのか”という問いかけを常に持つことが、演奏には大いに寄与するだろう。

そのほか、第2番の緩徐楽章の終わり方には様々な試みがなされていたこと。同じく第2番の終わり方には別のアイデアがあつたこと。第3番のフィナーレに入る前の流れにも三つのパターンが試みられたこと、フィナーレのフーガは当初 f で始まる予定だったこと、等が紹介されました。

以上アフタートークは極めて興味深いテーマの連続。改めてボロメーオQの演奏活動に敬意の念を深くしました。
(それにしても2番の終楽章後半のリピートを省略したのは何故でしょうか。折角5部形式の実験を追体験できたのに、ね)
今回の英語によるトークを、巧みに且つ素早く通訳してくれた花田氏の才気にも拍手を贈らねばなりません。

サントリーホールが主催している6月の「ガーデン」。今回のトーク企画は真に画期的で、今後のシリーズへのヒントが隠されているように思います。
多くのクラシック音楽ファンは良く知っている曲の優れた演奏を聴くだけで満足してしまうものでしょうが、演奏の成果は、それを生み出すには演奏家の隠れた努力、弛みない研究があってのこと。
その過程のいくつかを知ることにより、聴き手の音楽作品への理解はより深まろうし、愛着も更に高まるはず。こうしたトーク、レクチャー、サロンなどを演奏会の合間に鏤めて頂ければ、より音楽愛好家の好奇心に火を点けることになるでしょう。

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