第591回・日本フィル定期演奏会

ということで、耳の垢を落としてきました。
今回はマエストロサロンの段階から演奏内容に期待が高まるもので、実際にプログラムを聴いて感動は更に高いものに達しました。
演奏は以下のもの。

日本フィルハーモニー交響楽団第591回定期演奏会
2007年6月15日 東京オペラシティコンサートホール
ワーグナー/ジークフリート牧歌
モーツァルト/交響曲第39番
~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第6番
指揮/マルティン・ジークハルト
コンサートマスター/木野雅之

事前にマエストロサロンで話題になっていたように、今回は対抗配置が採られました。対抗配置と一口に言っても、いろいろ問題があります。ヴァイオリンの音はF字孔から出て右方向に向いますから、第2ヴァイオリンを指揮者の右側に置くと、その音は客席とは反対方向に向ってしまいます。
従ってこの日は、第2ヴァイオリンと第1ヴァイオリンの数を同数にし、リハーサルでも第2ヴァイオリンの音を強めに奏することに徹し、バランスを完璧に整えてきたのでした。

リハーサルにも随分時間をかけたようで、その効果は見事に顕れていましたね。具体的には後で触れましょう。

最初のワーグナー。大オーケストラ編成ではなく、かといって完全な室内楽版でもない、中間を行くスタイル。
とにかくジークハルトの創り出す音楽はウィーンをイメージさせるもので、前回のシューベルト第7(グレイト)同様、最初の音が鳴った瞬間に“嗚呼ウィーン”と唸ってしまうほど。

続くモーツァルト。対抗配置の他に、バロック・ティンパニという聴きどころが紹介されていました。要点を再録すれば、今回バロック・ティンパニを使うのはマエストロの意向ではなく、ティンパニスト・福島喜裕氏の申し入れであったこと。もちろんマエストロは喜んで同意。
更にジークハルトの提案。“折角バロック・ティンパニを使うなら、次のベートーヴェンでも使えないか?”
福島氏絶句。マエストロは無理であればモダン・ティンパニでも構わない考えでした。しかし福島氏の大決断。“ベートーヴェンにもチャレンジするぞぉ~”

マエストロサロンの段階では、福島氏の決断はマエストロには伝わっていませんでした。サロンの中で新井氏から伝えられ、ジーク先生喜色を満面に浮かべてポケットから財布を取り出す仕草、“彼は只者ではない”と呟いたのであります。
バロック・ティンパニの話もまた後で・・・。

ということでモーツァルトですよ。対抗配置だのバロック・ティンパニなどという情報があると、ついつい古楽器系の乾燥したモーツァルトを連想しますが、実際は全くオーソドックスなもの。テンポこそ速目ですが、ティンパニも堅い撥で叩くのではなく、重みがありながら柔らかい音が響きます。
ジークハルトのモーツァルトは骨太。第1楽章も機械的に3拍子を刻むのではなく、大きく1小節を1拍と捉えて時に4拍子、あるときは3拍子をタップリと歌っていくのでした。

第2楽章の旋律のやり取りは両ヴァイオリンの掛け合いで構成されているため、対抗配置がステレオ効果を生んで新鮮そのもの。
オーケストラのアンサンブルも精緻を極め、弦と木管とのバランスも理想的に纏まっています。これだけの39番を聴けるのはなかなかないでしょう。
第1、第4楽章ともに提示部の繰り返しを実行。

休憩時の見物はティンパニです。
サロンでああは言ったものの、実際にベートーヴェンでもバロック・ティンパニを使うのか。
現代のティンパニはペダルによって音程を変えることができます。しかしバロック・ティンパニは昔ながらの手締めによって音程を変えなければなりません。現代楽器に慣れた人には難しい作業なのでしょう。福島氏の絶句は、ここに原因がありました。奏者の音感も試されますからね。

モーツァルトは、ティンパニが登場する1・3・4楽章いずれも変ホ長調ですから、ティンパニの調律はシ♭とミ♭だけ。事前に調律しておけば良いのです。
しかしベートーヴェンの第4楽章はへ短調。ということは、ファとドに調律し直さなければならない。これが休憩時にできるか。更に登場までの長い時間に生ずる微妙な狂いも調整しなければならん。
さすがプロです。さほど苦労している様子もなく、余裕を持って調律終了。さあ、ベートーヴェン!! こちらも固唾を呑みます。

これは素晴らしい演奏でした。第1楽章からウィーンそのもの。ウィーン・フィル以上にウィーンを感じさせる音楽。重心が低いのですが、出てくる音はどこまでも柔らかく、瑞々しく、喜びと歌に充ちている。ジークハルトの指揮振りといったら・・・。大きな身体を一杯に使って表情をオーケストラに伝えていきます。「全身是音楽」「全霊是ベートーヴェン」。

特に第2楽章の素晴らしいテンポ。ジークハルトはグリンツィングの直ぐ近くにお住まいだそうです。この河の流れこそベートーヴェンが田園の構想を得た流れ。マエストロは同じ流れを毎日見て生活している、そのテンポ。水量豊かに滔々と流れ行くアンダンテ・モルト・モッソ。
鳥の声が聞こえてくるのは、何もコーダ部だけではありません。第2主題がファゴットで、次いでヴィオラとチェロ・ソリ(1番パートの二人)も加わって歌われる中に第2ヴァイオリンが添えるトリルもまた、鳥の囀りではないか。
普通の配置では埋没してしまうこの音たちが、対抗配置のお陰で耳にハッキリと囁くのです。この新鮮な驚き。
時として退屈な第2楽章が楽しく面白く過ぎたのです。他の楽章の素晴らしさは何をかいわんや。

ジークハルトが度々日本フィルに客演して、ウィーン縁の名曲を次々に取り上げてくれれば、もうウィーン・フィルさん、暫く来日しなくて結構ですよ。変な指揮者とつまらないベートーヴェンなんか聴きたくありませんから。
これぞ正統ウィーン楽派。

 

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