今日の1枚(220)

今日の1枚、クーセヴィツキーに続いてもロシアの指揮者ニコライ・セミョノヴィチ・ゴロワノフです。私はこの指揮者の名前は聞いたことがありましたが、録音などは一度も聴いたことが無く、何故EMIのシリーズに登場しているのかも不明でした。
で、早速辞典等に当たって見たのですが、愛用しているオックスフォードの音楽辞典には項目すらありません。仕方なくネットで検索すると、大雑把なことが書かれているウィキペディア位のもの。何やら意図的な排除を感じてしまいます。
そのウィキペディアによると、1891年1月21日生まれ、1953年8月28日没。長年ボリショイ歌劇場の指揮者を務めましたが、録音に関してスターリンの不興を買って解雇されたようなことが暗示的に書かれています。オーケストラではモスクワ放送交響楽団の首席指揮者を亡くなるまで務め、オペラと管弦楽の両面で活躍、作曲家としても旺盛に活動していというHMVのプロフィールも見つけました。

しかしこれほどのキャリアを持った人が、何故一般的な音楽辞典に掲載されないのか、やはり現在では触れられない事実があったのではないかと妙な想像を逞しくしてしまいます。
ということで早速NMLの配信を聴いてみましたが、これにはチョッと唖然としましたね。演奏は全て首席指揮者を務めていたモスクワ放送交響楽団との演奏で、もちろんモノラル録音。音質は旧ソ連の水準を表すようにかなり雑な仕上がりで、暫く聴いていると耳が痛くなるような印象。もちろん音質だけが理由ではありませんが・・・。

①グラズノフ/交響曲第6番
②メンデルスゾーン/付随音楽「真夏の夜の夢」~序曲とスケルツォ
③チャイコフスキー/序曲「1812年」
④リスト/交響詩「オルフェウス」

先取しますが、2枚目は全てリストの交響詩ということで、音盤としてもかなり特殊な構成になっている一組です。
演奏はかなり特殊なもの。テンポは激しく変化しますが、大きな流れとしては勿論、1小節の中でも微妙に揺れる。知らずに聴いていると何拍子なのか判らなくなるほどに目まぐるしい動かし様なのです。
音量も弱音と強音の落差が極めて大。音質が悪いので断定は出来ませんが、pp と ff の純粋な音量差に留まらず、フレーズに与える表情が劇的に変化して行きます。

更に挙げなければならないのは、スコアに大胆に手を入れること。ゴロワノフは特にホルンのゲシュトプフ奏法が痛く気に入っているようで、1枚目の4曲は全てスコアに無いゲシュトプフに替える個所が出てきます。
打楽器の追加も日常茶飯事、最初のグラズノフではスコアにチェックを入れながら聴き始めましたが、余りにも多いので途中で止めてしまいました。それほど一方的にスコアに加筆する。
ロマン的な解釈を施す指揮者は、例えばメンゲルベルク、フルトヴェングラー、ストコフスキーなど多々存在しましたが、どれもゴロワノフに比べれば大人しいものだ、と言わざるを得ません。

従ってこの人に対する評価は真っ二つに割れるでしょう。「爆演」として大絶賛するファンがいる一方、「下品」として取り合わない人も。私は、曲にもよりますが、後者に与する口。一度聴けば十分ですが、どの曲も一度は聴いてみたい、怖いもの見たさの指揮者としておきましょう。
ということで1曲づつ特徴を書くのも憚られますが、何とかコメントすると、

①はLP初期に 英 Monarch というレーベルから NWL 319 というアルバムで出ていたもの。曲自体も余り演奏されないものですが、第2楽章は主題と変奏。その第5変奏「夜想曲」の最後のホルンは得意のゲシュトプフに代えられています。また全曲の最後はスコアに無いシンバルを乱打し、圧倒的なクライマックスを演出していました。
ゴロワノフは他にもグラズノフの交響曲を録音していて、第5番と第7番もWERMに掲載されています。余り面白くないグラズノフの交響曲ですが、こういう演奏で聴けば最後まで飽きずに楽しめるのは事実。

②はソヴィエト国立出版から出ていたSPが初出のようで、D 987/8 の2枚4面に収められていたようです。このアルバムには夜想曲と結婚行進曲も収録されているとありますが、全てが4面に収録できたのでしょうか?
特に序曲は珍品で、冒頭の木管の和音、その最後にはティンパニが加わっているように聴こえます(曲の最後と同じ扱い)。更に最後には低弦のピツィカートを加えているよう。途中にも楽譜に無いアクセントあり、ホルンのゲシュトプフも登場と、こんな真夏の夜の夢は初めて聴きました。

ゴロワノフの評価が大割れに割れるのが③でしょう。これはライヴ録音で、最後には客席の拍手が割れんばかりに収録されています。途中の激しいテンポ変化、小太鼓の追加、ホルンのゲシュトプフは勿論ですが、最後の帝政ロシア国家が別のメロディーに改竄されているのには唖然とするばかり。
噂でソ連が国策としてロシア時代の国歌を別のモノに差し換えてチャイコフスキー全集を作り直したということを聞いてはいましたが、実際に音で聴いたのは個人的に初めてです。どうもグリンカの歌劇「イワン・スサーニン」の終曲に差し換えているそうですが、これは噴飯ものでしょう。そもそもチャイコフスキーのオリジナルそのものも感心しないものですが、ソ連時代の不幸な録音と以下言いようがありませんね。
WERMに掲載されている D 1294 というLPがこれでしょうか? この盤はスヴェンセンの伝説曲「Zorahayda」作品11という珍品とカップリングされていたようです。

④はゴロワノフが拘っていたらしいリストの交響詩集の1曲。イギリスでの初出はソヴィエト国立出版の D 1134 というLP。不思議なことにデュカスの交響詩「魔法使いの弟子」との込み合わせで出ていました。
演奏は似たり寄ったりですが、作品そのものが大人しいので余り珍奇な印象はありません。それでも38小節から65小節まで続くホルンの信号が、前半の呼びかけに対して後半はゲシュトプフで応えるという「コダマ効果」に替えられているのが如何にもゴロワノフらしい所でしょうか。

参照楽譜
①ベリャエフ Nr.506
②ドーヴァー
③オイレンブルク No.624
④オイレンブルク No.450

 

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