今日の1枚(231)

ワルターの2枚目

私がクラシック音楽を聴き始めた頃は既にメンゲルベルク、フルトヴェングラー、トスカニーニは世に無く、同世代の巨匠ではワルターだけが毎月の様に新録音を発表していました。そのワルターの訃報を聞いたのは確か日曜日の朝、NHKの音楽番組で、解説をしていた村田武雄氏の放送でのこと。
この時は予定していた番組を変更し、ワルターの追悼特集に切り替わったと記憶しています。少年ながらに「巨星墜つ」の感慨があり、本当の意味で一つの時代が終わったと思いました。その後も大指揮者の訃報が報ぜられる度に「一つの時代が終わった」というフレーズが決まり文句のように使われてきましたが、私にとってはワルターだけがそれに当て嵌まる指揮者だったと考えています。

EMIが選んだ2枚目のCDも全てモノラル時代の録音で、ワルターの片鱗を垣間見ることが出来るダイジェストのような構成になっています。

①モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
②ハイドン/交響曲第92番「オックスフォード」
③ワーグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲
④ワーグナー/楽劇「ワルキューレ」第2幕第5場
⑤マーラー/亡き子をしのぶ歌~第1曲「いま太陽は輝き昇る」
⑥マーラー/交響曲第5番~第4楽章アダージェット
⑦ヨハン・シュトラウス/喜歌劇「こうもり」序曲

①はブリティッシュ交響楽団を指揮したSP録音で、別資料によれば1932年4月15日に収録された由。レコーディング・アーチストとしてのワルターにとっても恐らく最初期の仕事でしょう。
オーケストラは録音用に編成されたもの、あるいは契約の関係で覆面オケとしてクレジットされたものでしょうか。当時の録音としては比較的聴き易い音質。英コロンビアの LX 232 、SP2面で出ていました。

②は前回紹介したワルターのパリ時代の録音で、オーケストラはパリ音楽院管弦楽団。ワルターはこのオーケストラとはベルリオーズの幻想交響曲など集中的に録音を残していました。1938年5月7日、ワルターが短期間滞在したパリでの置き土産の一つですね。
英HMVから DB 3559/61 、SP3枚6面で出ていました。第1楽章の繰り返しは提示部のみ実行。第3楽章の繰り返しも実行していますが、最初のメヌエットの後半部だけは省略、これは収録時間の関係と思われます。また第4楽章の繰り返しは全て省略しています。

③も①と同じブリティッシュ交響楽団を指揮したもの。1930年の録音という資料があり、恐らく本2枚組シリーズでは最も古い録音と思われます。WERMではオーケストラ名を唯「交響楽団」とのみ記していて、英コロンビアの DX 86 が初出。当時この曲はSP2面のものと3面のものがあり、ワルターは2面に収まる演奏でした。

④は当時の大作から抜粋したもの。EMIは戦前にワルターの指揮でワルキューレ全曲録音を計画し、第1幕と第2幕の一部を完成した所で戦争により中断、第2幕の残りの部分は2年後にベルリンで別の演奏家によって完成させたのでした。残念ながら第3幕が録音されることはありませんでした。
第1幕全曲は同じNMLから配信されているワルターの「アイコン」シリーズで聴くことが出来ますが、当盤に収められているのは第2幕の最終場面となる第5場。手元にある旧オイレンブルク版では、第4場の最後の5小節となる569ページの下段から始まり、第5場即ち第2幕の終結までがカットなく全て収録されています。
オーケストラはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、歌手は登場順にジークムントがラウリッツ・メルヒオール、ジークリンデはロッテ・レーマン、フンディングがエマヌエル・リスト、ブリュンヒルデをエラ・フレッシュ、ヴォータンがアルフレッド・イェーガーという錚々たる顔ぶれ。全曲の世界初録音とならなかったことが惜しまれます。
SP盤は英HMVから DB 3719/28 のSP10枚20面に編集され、ワルター/ウィーン・フィルは他に第3場を録音しています。その他はザイドラー=ウインクラー指揮のベルリン国立歌劇場のスタッフたち。第5場はそのSPセットでは最後の1枚、第19面と20面とにカッティングされていました。別資料によると、1935年6月22日、ウィーンのムジークフェラインザールで収録されたのだそうです。

⑤と⑥はワルターとは切っても切れない関係にあったマーラーの作品。どちらもウィーン・フィルとの演奏ですが、両者の録音年代も環境もかなりの違いがあります。
⑤のソロはキャスリーン・フェリアーで、もちろん歌曲集全曲が録音され、ここで聴けるのは第1曲のみ。1949年10月4日、ロンドンのキングスウェイ・ホールでの収録で、戦後ワルターがヨーロッパに復帰し、ウィーン・フィルとの再会を果たした際の感動的記録でもあります。

一方⑥は1938年1月19日にウィーンのムジークフェラインザールで録音されたもので、ワルターがウィーンを去る告別の歌となったもの。3か前の1月16日には有名なマーラー第9交響曲の世界初録音が行われており、こちらも正に音楽史の1ページを飾る記念碑的な名録音でもあります。共に涙無しには聴けない名演奏。
第5交響曲のアダージェットは、英HMVの DB 3406 2面が初出。一方の⑤も最初はSPで、歌曲集全曲がコロンビアから LX 8939/41 の3枚6面に収められ、もちろん第1曲は1面に収録されていました。

最後の⑦は資料が見当たりませんでしたが、パリ音楽院管弦楽団との演奏ですから、恐らく1938年春頃の録音でしょう。やはり初出は英HMVで、DB 3536 のSP1枚2面。
ワルターの唸り声も入っており、ワルツもテンポが極めて速い上に貯めも無く、所謂ウィーン風のこうもりじゃありません。去ったばかりのウイーンの思い出を振り払うかのような態度に、ワルターの心情を想いながら聴くべきなのでしょうか。

参照楽譜

①オイレンブルク No.916(歌劇全曲版)
②フィルハーモニア No.792
③オイレンブルク No.665
④オイレンブルク No.908(楽劇全曲版)
⑤オイレンブルク No.1060
⑥ペータース No.3098
⑦オイレンブルク No.922(歌劇全曲版)

 

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