サルビアホール 第43回クァルテット・シリーズ

昨日は鶴見、サルビアホールで今年最初のクァルテット・シリーズを聴いてきました。第43回に当たる今回は、私には初体験のクァルテット・ベルリン=トウキョウ、名前が長いので通の間ではQBTで通るようですね。
最初に見たチラシでは、明らかに日本人と思われる3人と外国の方1名。団の名前からすると日本とドイツの混成チームかな、と思っていました。

ところでサルビアの会員には不定期でSQSニュースなる案内が送られてきます。去年の10月には「QBT、オランド国際コンクールで優勝」という号外スタイルで、2014年8月にオランダの国際室内楽コンクールで優勝と同時に聴衆賞も獲得したという第一報でした。そのウイナーズ・コンサートがアムステルダムのコンセルトヘボウで行われるという情報も。
更に今年の2月初めには「QBTが2月10日に本選が行われたシューベルト&現代国際音楽コンクールで第3位入賞」という続報。加えて今年7月にオープンする室内楽専用ホール「六花亭ふきのとうホール」(札幌駅前)のレジデンス・アンサンブルにも指名されたという一文も加えられていました。(札幌駅前の新しいホールって、何じゃ!! 是非行かねばなるまい)
正に今回は彼らの凱旋公演とも言うべきもの、期待しない訳にはいきません。

今回の日本凱旋ツアーは鶴川、津田ホールに続いて鶴見が3か所目みたい。このあとは福岡、岡山、浜松と回って一旦帰国(? 彼らの活動拠点はベルリン)し、改めて7月8日に札幌新ホールの杮落しに出演するという予定のようです。
未だ結成して間もないクァルテットのようで、ホームページも極めて簡素なもの。各地のコンクールでの実績から、これから急速に頭角を現していく団体でしょう。コアなファンはこれまでの日本公演も聴いてるでしょうが、私は全くの初物。そのプログラムは、

ハイドン/弦楽四重奏曲第34番変ロ長調作品33-4
細川俊夫/沈黙の花~弦楽四重奏のための
~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第7番へ長調作品59-1「ラズモフスキー第1番」

特に前半に注目しましょう。四重奏の父ハイドンと名刺代わりの日本人作曲家の作品、と言ってしまえばそれまでですが、深読みすれば、ここに彼らのエッセンスがギュッと詰まった選曲だと思いました。個人的には意表を突かれたプログラム。
先ずプログラムに挟まれた曲目解説に驚きます。今回の物は、恐らくファースト・ヴァイオリンの守屋剛志氏が自ら筆を執ったものでしょう。解説が専門の評論家氏が書いたものとは全く視点が異なります。やや読み難い文章でしたが、作品の聴き所が的確に書かれていることに感心しました。

そうそう、先ずはメンバーを紹介しなくちゃいけませんね。
ファーストは守屋剛志(男性)、セカンドがモティ・パヴロフというロシア出身の男性、ヴィオラが神戸出身の杉田恵理(女性)、チェロは札幌生まれの松本瑠衣子(女性)という面々。幸松辞典にも未だ掲載の無い(はず)メンバーで、この4人によって2011年に結成されたそうです。
武生国際音楽祭の要請を受け、ベルリンで出会った4人とのこと。翌年にはミュンヘンで受賞、ヴェローナでも2位を経、上記オランダとグラーツでブレイクしたという経歴。未だCD録音は無いようで、いつも行われる終演後のサイン会も今回はありませんでした。

さてハイドン。作品33と言えば「冗談」(2番)か「鳥」(3番)を選ぶのが普通で、実際次シーズンのSQSでもクスが冗談を、モルゴーアが鳥を演奏することになっています。QBTのホームページを見ると、彼らのレパートリーにある作品33は4番だけ。これってかなり自己主張がハッキリしていると思いませんか。
守屋氏の曲解説によれば作品33は、“人間性豊かで懐が大きく、ユーモア好きな性格が一層反映される飛躍になった”作品群。この4番にはタイトルがありませんが、改めて聴いてみると、冗談パート・ツーというか、第2番の双子の兄弟の様な趣があります。
そのエッセンスが第4楽章のロンドで、ABACAの構成ですが、特に最後のAでハイドンは思い切り4本の弦で遊びます。真面目にハイドンの譜面通りに演奏するのが昔のスタイルでしたが、昨今はかなり思い切った遊びを取り入れるグループも出てきました。

昨日のQBTは、楽譜に無いヴィオラの合いの手をパッと入れた上に、最後のピチカート終止では最後の二つの和音をアルコ(弓)で弾く荒業。このピチカート終止こそハイドンのユーモアの真骨頂でしょうが、QBTは更にハイドンの上を行く意表を突いたアイデアで聴き手の度肝を抜いたのでした。私はこの楽章、それこそ心臓が飛び出るほどに吃驚し、彼らの機知に感銘さえ受けたものです。
もう一つの未確認事項。第2楽章はハイドンが敢えてスケルツォと書いた楽章ですが、テンポが速いスケルツォではなく、むしろレントラー舞曲風。問題はトリオで、手元にあるオイレンブルクの古い版では前半と後半が夫々8小節、10小節構造として印刷されています。
ところが私が昨日聴いたのは、9+10小節構造ではなかったか、ということ。実際カザルスQはこの形で演奏していますし、新しい校訂では1小節余分になっているのではないでしょうか(御存知の方がいたら教えてください)。であるとすればハイドンが指示したスケルツォはベートーヴェン風のスピード感のことではなく、トリオの字余り風おふざけ感に由来するのではないか。

いずれにしても驚天動地のクァルテット・ベルリン=トウキョウによるハイドン。私は先ずこれにノックアウトされました。

続く細川作品。これもまた面白いものでした。沈黙の花も曲解を引用すれば、“静と動、音色への直観に優れた作品”で、全体は3部分から成る単一楽章のクァルテットです。
細川は練習番号を作品の構造にも当て嵌めていて、守屋氏によれば第1部はユニゾン(総奏)、第2部が個、第3部で離脱・昇華と解釈する由。“彼は沈黙の花から出発し、審理を見出している”と締め括っていました。
スコアを見ると、第1部は練習番号①と②、第2部が③から⑥まで(③はaとbに分割)、最後の第3部は⑦(a・b・cに分割)で、⑦cがコーダに相当します。各部はアタッカの指示があって全体は通して演奏。

奏法にも独特の指示があり、特徴的に表れるのは freeze! と書かれた指示。ここは更に Don’t move というカッコ書きがあって、奏者は姿勢を止めて次に移るのです。
更に③bには弓を弦ではなく木の部分やブリッジに当てて音を出す指示もあり、ここは like wind と書かれています。つまり風の音を模す箇所で、この花は風媒花なのか、との連想も働きます。

ということで耳だけでなく目も総動員して楽しむ作品ですが、昨夜は開始して間もなく、二度目の freeze が終わってコル・レーニョに移る辺りでチェロの弦が切れるアクシデント。
止む無く松本さんが弦の張り替えに舞台を降りましたが、この間、ファーストの守屋氏がセカンドに促されるように客席に話し始めます。リハーサルでも弦が切れたそうですが、これは弓の裏側を弦にぶつけるためインパクトが掛かるため。
更に話は続き、曲目解説に書かれていた自身の体験や細川氏の音楽について、こんなことでもなければ体験できないような時間が生まれました。大きなホールでは舞台から客席に判るように喋るのはかなり大きな声を必要としますが、サルビアではまるで喫茶店で二人で話しているような感覚。こんな些細なことからも、ホールのレゾナンスが圧倒的に優れていることが判ります。

チェロが再登場して、演奏は最初から。freeze に籠められた凄まじいエネルギー、緊張と息吹から昇華に至る過程が鮮やかに、突発的な解説もあって手に取るように聴き取ることが出来ました。

些か長くなりましたが、後半のベートーヴェンも振幅の大きい、極めてダイナミックなラズモフスキー。特に第3楽章の痛切な表現に心を動かされます。

4人が舞台の真ん前に出て答礼すれば、これでお開きという意味ですが、この夜はそれでも拍手鳴り止まず。再度登場したメンバーが定位置に座り、守屋氏が“ベートーヴェンの後なのでアンコールは予定していなかったのですが、感謝の気持ちで”という挨拶で何とシューベルトの「死と乙女」から第2楽章。
アンコールとしては何とも大曲ですが、彼らの適度に情感を籠めた演奏で聴いていると、何故この曲が、特に日本人に好まれるかの秘密が判ったような気がしました。
それは、この楽章は専門的に言えば変奏曲なのでしょうが、実は漢詩由来の起承転結で出来ているから。これが日本人には自然に受け入れられるので、音楽の移ろいが自分のことのように理解できるのでしょう。

今年の7月からは札幌で定期的に聴けるであろうQBT、札幌のファンが羨ましいと同時に、一っ跳びすれば彼らの演奏に再度接することが出来るということでもあります。今後の動向から目が離せないクァルテットをまた一つ見つけてしまいました。

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3件のフィードバック

  1. 杉田恵理 より:

    2/24のコンサートに来て頂きまして本当にありがとうございました。サルビアホールの平井様からのご紹介でブログを大変興味深く拝見させていただきました。
    感性豊かなカルテットファンの皆様にお聴き頂き、光栄です。

    これからも四人で心と力を合わせて精進して参りますので、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
    ひとつお願いなのですが、文章の中の私の名前が間違って杉田真理になっており、出来れば「杉田恵理」に直して頂ければ幸いです。

    ありがとうございました。
    クァルテット・ベルリン・トウキョウ
    杉田恵理

    • メリーウイロウ より:

      杉田恵理様

      素晴らしい演奏、及びコメントありがとうございます。
      ご指摘の件、大変失礼致しました。直ぐに訂正いたしますのでご容赦ください。

      機会を見つけて札幌にも遠征したいと思っています。これからもよろしくお願いします。

      メリーウイロウ拝

      • 杉田恵理 より:

        メリーウイロウ様

        早速直して頂きましてありがとうございました!今後ともどうぞよろしくお願い致します。もし札幌で聴いて頂けたら幸いです。

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