日本フィル・第308回横浜定期演奏会

この週末は何かと忙しく、演奏会のレポートは大幅に遅れてしまいました。何とか用事も片付いたので、土曜日にみなとみらいホールで楽しんだ日フィルの横浜定期を紹介しましょう。
本来なら日曜日の朝に記事をアップし、同じプログラムで行われた東京オペラシティで行われた特別演奏会に勧誘しようと思ったのですが・・・。

6月の横浜定期に入る前に、5月の定期も簡単に紹介しておきます。実はこの回はクァルテット・エクセルシオのラボと重なってしまい、熟慮の末に知人にピンチヒッターを頼んだ会。阪哲朗の指揮でシューマンの第1交響曲、ブラームスの第3交響曲の2本立て。何ともロマンティックなプログラムにシューマンのトロイメライ弦楽合奏版のアンコールがあったそうです。
聴いた知人から“流して惜しいことをしましたねェ~”というメールを貰い、日フィルからこんな見事なドイツ音楽を聴いたのは初めてかも、という絶賛調の感想を聞かされたばかりです。知人と言っても実はプロの音楽家、彼が言うのですから敢えてここで紹介した次第です。

という前置きで、6月6日のプログラムは以下のもの。

ショスタコーヴィチ/組曲「馬あぶ」作品97a
ラフマニノフ/パガニーニの主題による狂詩曲
~休憩~
ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1945年版)
指揮/アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ/伊藤恵
コンサートマスター/扇谷泰朋
フォアシュピーラー/九鬼明子
ソロ・チェロ/辻本玲

現時点では首席指揮者ラザレフによるロシアもので、横浜では意外なレパートリーを取り上げるラザレフとして本格的な勝負プロと言えるでしょう。実際、それだけのことはありました。
また表記のように、今回は今までの菊地知也氏に替って辻本玲がソロ・チェロを務めます。正に6月1日に日フィルのソロ・チェロに就任したばかり、今回が恐らく初仕事で、早くもその存在感をアピールした演奏となりました。一昨年の齊藤秀雄メモリアル基金賞を受賞した若手、これから彼のソロが聴けるのが楽しみになってきました。

4月からプレトークのスタイルが変わった横浜定期、今回は音楽ライター山野雄大氏がプログラムには字数の関係で書けなかったことを含めて興味深いエピソードを紹介してくれました。プレトークを行うオーケストラは数少ないと思いますが、これから聴く曲目に新たな視点を見出すという意味で、日フィルの企画は優れたものがあります。折角のチャンスですから、早目に会場入りされることを薦めたいと思いますね。

個人的に楽しみにしていたのは、冒頭のショスタコーヴィチ作品で、これまで西側(何と言う古い言い方)にはほとんど知られてこなかった作品を山野氏が判り易く解き解してくれました。
英国の作家エセル・ヴォイニッチの原作をソ連(当時)のアレクサンドル・ファインツィンメル監督が映画化(1955年)したものに、ショスタコーヴィチが付けた音楽を更にレフ・アトヴミャーンが12曲の演奏会組曲に編んだヴァージョン。
全曲は序曲、コントルダンス、民衆の祝日、間奏、手回しオルガンのワルツ、ギャロップ、序奏、ロマンス、間奏曲、夜想曲、情景、フィナーレで構成されています。ラザレフは以前、未だ首席就任の前だったと思いますが、ショスタコーヴィチの第5交響曲の後のアンコールで有名なロマンスをアンコールしたことがあり、私はその時から全体を聴きたいと思っていた期待のコンサートでした。

そもそも「馬あぶ」とは家畜の血を吸うハエ目アブ科の昆虫のことではなく、主人公のあだ名の由。クラシック音楽作品の中でも最も珍奇なタイトルの一つでしょう。(日本にはウシアブという種類は生息しますが、ウマアブはどうなんでしょう? 昆虫分類学的な興味も沸いてきました)
演奏時間はプログラムによれば43分。結構な大曲ですが、ショスタコーヴィチ特有の重厚な響きを持つ楽章(序曲やフィナーレなど)もある一方で、これがショスタコーヴィチかと思われる様なレトロな雰囲気を持つ美しいメロディーも満載。一度は聴いた貰いたい佳曲でしょう。何とか今回の演奏をCD化して欲しいもの。
特に3本のサクソフォンが活躍する第7曲の序奏、ヴァイオリン・ソロが泣かせる第8曲のロマンス、辻本ソロの朗々たる響きが胸を打つ第10曲の夜想曲など、一度耳にしたら忘れられるものではありません。

ラザレフの思い入れも相当なもののようで、聴こえるか聴こえないかギリギリまで追求する弱音が登場する第2曲のコントルダンス、指揮台を降りてヴァイオリンの中に飛び込んで指揮するロマンス、「どうだ!」とばかりにガッツポーズを決めるフィナーレと、ラザレフ・スペシャルも次々と披露します。この熱演に、会場も冒頭から大喝采。
前半はこれで終わりではなく、テクニシャン伊藤恵が弾くラフマニノフへと続きます。個人的にはショスタコーヴィチでお腹一杯状態でしたが、ラフマニノフが後にバレエ化を提案し、実際にバレエ上演も行われたものの、既にラフマニノフの死後だったという新知見も山野氏の特ダネ情報。そのお蔭で実質は協奏曲の有名作にも新たな想像が膨らみました。

後半の火の鳥も、普通取り上げられる1919年版では無い所が如何にもラザレフ。全曲は50分、1919年版組曲は20分ですが、今回の版は30分を超える美味しい個所満載のヴァージョンで、3種類ある組曲のスコアを全て持ち込んで解説された山野氏も、1945年版がベストだということを強調していました。
1919年版ばかりが演奏されるのは、やはり著作権料などの関係もあるとのことです。

山野氏が指摘された通り、当版では他とは異なるオーケストレーションや演奏指示も出てきます。これをどう解釈するかは指揮者に委ねられますが、やはりラザレフは独自の火の鳥像を描き出して見せました。
例えば有名な魔王カスチェイの場面は遅めのテンポで、カスチェイのグロテスクな容貌を表現。すっきりスマートな演奏では怪異な容姿には相応しくない、ということに改めて気付かされます。一音づつ切るように支持されたフィナーレの弦楽器も、ラザレフに掛かると余裕も無い程の高速テンポに唖然。初めてこのバレエを聴いたような新鮮さに満ちた演奏でした。

以外に演奏時間の長いプログラム、全てがアンコール・ピースを含んだような作品が並んでいたこともあり、アンコールは無し。それで十分に満足でした。

 

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