クァルテット・エクセルシオ第29回東京定期演奏会

昨日は2年振りの上野・東京文化会館でのエク東京定期でした。同ホールが改装工事に入ったため去年は浜離宮で開催されてきたクァルテット・エクセルシオの定期演奏会、21年目の今年は若干趣が異なります。
5月のラボでも紹介したように、4月からファースト西野ゆかが左手の療養のため今年一杯は休演。2回の定期も当初発表の内容から大幅に変更され、第29回は以下のプログラム。

ドホナーニ/弦楽三重奏のためのセレナード ハ長調 作品10
ベートーヴェン/弦楽三重奏曲第2番ト長調 作品9-1
~休憩~
ブラームス/ピアノ四重奏曲第1番ト短調 作品25
クァルテット・エクセルシオ
ピアノ/近藤嘉宏

今年度の定期に共通するのは、折角の機会でもあり普段は余り演奏されない弦楽三重奏曲をメインに据え、他の楽器を加えて別の形での四重奏も演奏するというもの。これまでクァルテット+(プラス)や、各人が様々な室内楽に加わってきたエクならではの臨機応変な対応とも言えましょう。
今回はピアノ、秋の次回はオーボエが加わりますが、三重奏曲でもやはりベートーヴェンは落とせません。更に秋にはこのジャンルの最高傑作であるモーツァルトが披露されますし、トリオの世界にも聴き応えのある作品は結構あるもの。
その意味でもドホナーニとコダーイと、二人のハンガリー作曲家が選ばれたのも嬉しい所。ドホナーニとベートーヴェンというタイプの全く違う「セレナード」を聴き比べられることと言い、二度のチャンスを巧みに関連付ける辺りもエクの優れ技ではありますな。

さて昨日のオープニングはドホナーニ。聴き手の我々も今年は弦楽三重奏というジャンルをタップリと勉強する良い機会になりそうです。弦楽四重奏も3曲作曲しているドホナーニですが、三重奏は確かこれ1曲だけ。しかも「弦楽三重奏曲」と呼ばずに「セレナード」であるのは、次回取り上げられるベートーヴェン作品を意識した筈、というのは年間プログラム誌に書かれた渡辺和氏の名解説。
ということで耳に楽しい音楽を楽しみます。

全体は5楽章。第1楽章のマーチで楽師入場が描かれ、第5楽章の最後にもこのマーチが繰り返されて楽師退場を表すのもセレナードの伝統。マーチに挟まれてロマンツァ、スケルツォ、主題とその変奏、ロンドが演奏されます。
ロマンツァはヴィオラのソロからスタート。先日の試演会で吉田氏に“ロマンスではソロですねェ~”と探りを入れると、“ソロなんだけど何か変!”という答え。いつもと違って3人だからというワケではないようですが、一つ思い当ったのはソロを伴奏するヴァイオリンとチェロのピチカートがオフ・ビートだからかも知れません。この曲を全く初めて聴いた人は、それこそヴィオラのセレナーデの出方が「変!」と感ずるでしょう。

特に素晴らしかったのは第4楽章の主題と変奏。4小節が4回、合計16小節の実に据わりの良いテーマが、楽譜には書かれていませんが5回変奏されます。そのテーマの真に息の合った呼吸と音程が、如何にも常設クァルテットで練り込んできた3人ならではの整合感。この楽章は最後のピウ・アダージョ(解説によればドホナーニなりの「夜の音楽」)に向けて作品の核とも言うべき充実したアンサンブルを堪能できました。
そして最後のマーチ再現。何とも「カッコいい」終結で、改めてドホナーニを代表する一品だと思います。

続いてはベートーヴェン。巨匠の弦楽三重奏曲は若い時に手掛けた5曲が全てですが、エクは今回作品9-1、次回も作品8「セレナード」を取り上げます。折角だから5曲全部演奏して見ては、という意見もあったようですが・・・。
作品9は堂々たるソナタ形式による大曲が3曲で一つのセット。これを機にベートーヴェンのトリオもジックリと聴いてみたいという好奇心が芽生えます。

第1楽章は極めて典型的なソナタ形式で、前半(提示部)と後半(展開部と再現部)に繰り返しがありますが、エクは前半だけを実行しました。全部繰り返すと長大になり、全体のバランスも頭でっかちになりますから、この方がスッキリするかも。p と pp で弾き分ける第2主題が魅力的で、大友チェロと吉田ヴィオラのアイコンタクトが印象的。
第2楽章は後の弦楽四重奏を予感させるようなアダージョ。これまでは余り意識せずに聴いてきましたが、今回は若武者ベートーヴェンの特徴が早くも滲み出るパッセージに耳を澄ませます。コンパクトだけど見事なメッセージ。

スケルツォ楽章はこれまで類型的なトリオを挟む三部形式のものしか知りませんでしたが、今回は1924年に発見されたという第2トリオを加えての演奏。試演会で大友氏に訊いたところでは、ベートーヴェンが書いたり取り下げたりと苦労した楽章とのこと。トリオが二つある5部形式は、後にベートーヴェンが好んで取り上げるパターンとして確立して行きます。
終楽章は三人の遣り取りが楽しいプレスト。ここを聴いていると、やはりベートーヴェンはハイドンの最も優れた(従順ではなかったけれど)弟子だったということが納得できる音楽。楽器間を、小節間を飛び交う sf の激しさと、突然の転調で軽やかに歌いだすアーチ形の第2主題は、まるでハイドン円熟のタッチ。ハイドンがこの曲集を知っていたか否かは知りませんが(多分知っていたでしょう)、師匠も思わずニンマリした筈。

これで三重奏の部は一先ず終了し、後半は近藤嘉宏のピアノを加えてブラームスの名作。毎回プログラムに挟まれる「エク通信」によれば、ヴァイオリンの山田氏と近藤氏は小学校からの同級生だそうですが、一緒に演奏するのは今回が初めてなのだとか。試演会終了後の懇親会でもこの話題で盛り上がっていましたね。内容はとてもここでは書けないけれど・・・。(CDでは既にピアノ五重奏曲で共演済)
その近藤ピアノは「清潔でコッテリ系ではない」(山田談)新鮮な響き。その近藤、第4楽章の最後、モルト・プレストに突入するや、試演会を上回る燃え上がり様で、会場は大興奮。最後の拍手・歓声も今までのエク定期では一番だったかも。この曲は興奮するな、というのは無理と言うものでしょう。

第1ピアノ四重奏曲はシェーンベルクがオーケストレーションした版もオーケストラの定番にのし上がって来たほどで、オケ版(最近日本版スコアが発売されて更に馴染になった)との相乗効果でオリジナル版も人気急上昇中。“また聴きたい”という注文も殺到しそうな盛況でした。“興奮した!” “凄いッ!!”という感想が彼方此方に飛び交った上野の夜。

 

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