パイゾ・クァルテット

きのう6月6日は、クァルテット・ウェンズデイ第57回を聴くべく晴海に行ってきました。2006-2007シーズンの最終回です。

各シーズンの最終回は、恒例のように、パオロ・ボルチアーニ・コンクールの優勝団体を招聘してきました。
今年はやや異なり、予選敗退のパイゾ・クァルテットです。
そもそもパイゾ敗退は大変なスキャンダルになったそうで、今回の招聘は別枠ですね。そしてそれは大当たりでしたし、何故彼等を招聘したかに大納得の一夜でした。

メンバーは第1ヴァイオリンがミッケル・フトロップ、第2ヴァイオリンはキアスティーネ・フトロップ。ヴィオラにマグダ・スティヴェンソン、チェロがトーケ・モルドロップ。第1ヴァイオリンとチェロが男性、内声部は女性で、今回が初来日です。
デンマークの団体で、弦楽四重奏専門ではなく、夫々がデンマークのオーケストラの団員という仕事も持っています。ヴィオラ意外はデンマーク人。(マグダの国籍は判りません)
「パイゾ」とはギリシャ語で「私は弾く」という意味なんだそうです。以上は全てプログラムからの引用。
この日の曲目は、

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第4番ハ短調 作品18-4
ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第1番「クロイツェルソナタ」
     ~休憩~
ニールセン/弦楽四重奏曲第1番ト短調 作品13

とにかく素晴らしいアンサンブルでした。「私は弾く」という名の通り、最初から気迫が凄いです。
ベートーヴェンの作品18は、これまでは先人たち(ハイドンとモーツァルト)の影響下に書かれたベートーヴェン最初の成果、と解説されてきましたし、実際そういうスタイルの演奏で馴染んできました。
しかし、最近の若手クァルテットに共通するのはもっとベートーヴェンの革新的、大胆な表現に光を当てるもの。パイゾも例外ではありません。実にドラマティック、速目のテンポで小気味良く構成美を引き立たせていく演奏です。

次のヤナーチェクは圧巻。最初の1小節目からベートーヴェンの世界とはガラッと変わった風景を描き出します。
作品のタイトルにもなっているトルストイの小説を、そのまんま音にしたような悲劇的な音楽。パイゾで聴くと、ヤナーチェクの「非西洋」がビンビンと伝わってくるような感じです。1枚1枚の悲劇を紡ぎながら楽章が進み、最終楽章に極まる破局の痛切さ。聴いていて、ほとんど時間の存在を意識しないほどの集中力がありました。
大きくため息をついて休憩。少し多目の20分は当然かも。

そして後半のニールセン。私は初めて聴くニールセンの弦楽四重奏です。そもそもニールセンのクァルテットなんて知らない。
前半とは空気の質が逆転し、明るく楽しい楽想が展開していきます。この劇的な転換こそ、パイゾが狙った効果なのでは、と勘繰るほどに、見事な転換です。
ニールセン、いいですねぇ。ニールセンは管弦楽曲こそ最近になって頻繁に聴けるようになりましたが、クァルテットという分野にも立派な作品があるんですね、改めて認識した次第。

この1番は若書きなのだそうですが、10年後には改訂を施しているそうです。ですから充分に個性的なニールセンの世界。特に私が惹かれたのは第3楽章ですね。スケルツォとトリオなのですが、躍動的なスケルツォもさることながら、開放弦と前打音を巧みに使って民族的な味わいを出しているトリオは秀逸。楽譜が欲しくなりました。
ニールセンの譜面は、現在新しい校訂作業が進んでいるそうですが、今回は旧来のウィルヘルム・ハンセン版による演奏とのこと。
ところがハンセン版ですら、クァルテットのスコアは1曲も手に入らない状況です。何とか一般にも入手し易い環境を整えて欲しいものですが。

無事に終了してからも尚、パイゾの本領が発揮されます。客席にいたディレクター女史をステージに通訳として呼び上げ、ニールセン以上に明るく楽しい楽曲を弾いていきます。喝采に応えて3曲。
スウェーデンの音楽から「移民の歌」と「スウェーディッシュ・ワルツ」、締めは彼等の出身地デンマークのダンス音楽「ホプサ」(Hopsa)でありました。
これらのアンコールは全て立って演奏します。ワルツに至っては足を踏み鳴らしてのパフォーマンス。チェロも、しっとりとした移民の歌だけは椅子にかけていましたが、最後の2曲はエンドピンを最高に伸ばし、コントラバスを弾くが如く3人に和するのでした。

パイゾは今回の来日で初めてアウトリーチを体験したようですね。アンコールを始める前に、子供たちとの触れ合いが如何に素晴らしい体験であったかを紹介していました。
それにしても昨今の若手クァルテットの快進撃には圧倒されます。ここ晴海でもこの1年ほど、無名ながら老舗高名団体を遥かに凌ぐ力量を持つ団体が続けて紹介されました。
そのビッグ・スリーとも言えるのが、パヴェル・ハース、パシフィカ、そしてパイゾでしょう。正に『3大P』。
このところ老舗団体の解散、引退が続いていますが、恐らく彼等もこうした若い団体を指導する中から、世代交代を実感しているのだろうと思います。これからの室内楽界、いや音楽界全体は若い力によって新たな展開を見せていくでしょう。3Pは、正にそのトップ・ランナーです。

最後に、これまでこのシリーズはプログラムの他に「どこまで行けば弦楽四重奏の時間・・・」という小さい読み物を提供してきました。
それが次のシリーズからは変わるようです。何でも「公式ガイドブック」なるものを用意し、シリーズ券などを購入した聴衆には事前に配布されるとのこと。ドリンク券というおまけも付く由。
来シーズンのラインナップを見ればウスウス感じられることですが、このシリーズにもそろそろ変化の足音が聞こえてきたようです。
室内楽ファンだけに特化することなく、もっと幅広い聴衆がここから育っていくことにも期待したいと思います。

パイゾ・クァルテット、これだけの実力を持つ団体が東京で唯1回だけ開催したコンサートにしては、あまりにも客席が寂しいでしょうが。
集え、耳ある聴き手たちよ!!

 

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