クァルテット・エクセルシオ第26回東京定期演奏会

季節外れの寒さが続いていた東京、昨日はこの時期本来の穏やかさが戻り、イチョウも色付き始めた上野公園でエクセルシオの定期が行われました。
「エク天気」を裏切る様な小春日和の午後、結成19年目の秋定期は以下のプログラム。

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲ヘ長調 Hess 34
ハイドン/弦楽四重奏曲第82番へ長調 作品77-2「雲が行くまで待とう」
     ~休憩~
シューベルト/弦楽四重奏曲第15番ト長調 作品161

これまでモーツァルトの初期クァルテットとベートーヴェンを中心に組んで来た彼ら、前回でモーツァルトを完奏、次から何を取り上げるのか楽しみにしていましたが、やや変化球的なプログラミングと言えましょうか。
最初は何気なく、“一時期は同じウィーンの空気を吸っていた3人の作品”を並べたのね、と眺めていましたが、どうしてこれはへヴィーな選曲じゃありませんか。しかも、私の知っている限りではエク初挑戦の作品ばかり。少なくとも私がエクで聴くのは初体験の3曲です。

既に公表されている通り、結成20周年となる来年の定期はいずれもオール・ベートーヴェン。今回は、その前に改めてここまでの19年を集大成するプログラムと見ました。
例によって大瀧サロンでの試演会、その前には第9回京都定期でも同じプロを経ての東京定期です。私は試演会を含めて二度目の体験、演奏する側はもちろん、聴く側にとっても試練を要求される2時間でしたね。

冒頭のベートーヴェンは「16作品+大フーガ」の規格からは外れた一品。ピアノ・ソナタ第9番からの編曲版ですが、ベートーヴェン自身がアレンジしたもの。周囲からの要請による編曲とは言え、ベートーヴェンを中心に据えるエクとしても避けて通れない1曲でしょう。演奏のタイミングとしてはジャスト・ヒットか。
これを聴いて感ずるのは、作品18の曲集を作曲するする小手調べ的な要素。ベートーヴェンの最も個性的な音楽は緩徐楽章でしょうが、この編曲クァルテットには緩徐楽章が存在しません。もちろんオリジナルのソナタに無いからですが、如何にも暗示的に感じられます。敢えてアダージョを避けて四重奏を試し書き、愈々本番に取り掛かろうではないか、と。

それても二つの版を比べると、色々面白いことが見えてきます。例えば第1楽章、展開部に入ってチェロに出るパッセージは、ピアノ・ソナタには出てきません。四重奏で新たに加えた部分。
第3楽章では、ソナタの左手に出る3連音符が、クァルテットではシンコペーションに変更。逆にピアノに出るシンコペーションは、四重奏版では3連音に替る。ベートーヴェンの作曲テクニックを検証するという意味でも、比較して聴いてこその作品14-1でしょう。

続くハイドンは、弦楽四重奏として完成された最後の作品。冒頭に聴いたベートーヴェンの小手調べより遥かに成熟した大作であることは間違いありません。
私がクラシックを聴き始めた頃、雲が云々というタイトルは無かったはず。何でも第3楽章のテーマが同じタイトルのイギリス民謡に似ているから付けられた名前の由。昔のように献呈者「ロプコヴィッツ」とした方がシックリ来ると思いますが如何。

試演会の際は敢えて感想を口にはしませんでしたが、“第3楽章が素晴らしかった。楽章全体が歌になっていた”。その感想がそっくりそのままプログラムに書かれていたのに驚愕。やはりエクの目指した方向は聴き手にもシッカリ伝わったのだ、と改めて感心した次第です。
正直に言わせて貰えば、文化会館小ホールの広い空間で聴くより、個人宅のサロンで接した時の方が、そのハイドン感はより強く伝わっていたと思います。ハイドンの時代、大きなホールでの演奏は未だ実験段階に過ぎなかったはず。大都会ロンドンならいざ知らず、田舎町ウィーンでの初演は、恐らくサロンの空間でこそロプコヴィッツ伯爵の琴線に響いたのじゃないでしょうか。

最後のシューベルト。これは試演会でも体力的な限界への挑戦という感想を持ちましたが、この大きな空間では一層スケール感が増し、ハイドンとは逆にホールならではの効果が上がっていたように感じました。
所謂大ト長調、エクの認識もプログラムの曲解もモーツァルトの拡大という表現ですが、私にとっては「四人で奏でる交響曲」という感想で、モーツァルトよりも直後にブルックナーが控えている印象を持つのです。恐らく多用されるトレモロ、その上に雄大なテーマが浮き上がるという曲想からの連想でしょう。

これをシューベルトの交響曲と比べれば、「死と乙女」が未完成の立ち位置であるのに対し、大ト長調は「ザ・グレイト」に擬えることが出来ましょう。特に第3楽章が同じ音の連続を持つこと、トリオがゆったりした子守歌風であるのも同じ。更に第4楽章も、同じリズムを延々と繰り返すところなど、良く似ていると思いませんか。
エクの大ト長調初挑戦、体力と集中力という大きな壁を克服した、と感ずるのは身贔屓でしょうか。聴き手の何人かが目頭を押さえるのを目撃しました。

結成19年目の実力と成果。これを武器にオール・ベートーヴェンで20年を祝し、本当の勝負はそれからの20年に掛かるのかも知れません。
今回のプログラムには、来年度の速報ガイドが挟まれていました。試演会でも作成秘話が披露されていましたが、クァルテット・エクセルシオを更にアピールする内容。これまでエクを支えてきた人も、これから聴いてみようと思うファンにとっても絶好のガイドになっています。来年発売予定のCD新譜についての案内もありますヨ。

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