サルビアホール 第48回クァルテット・シリーズ

鶴見駅前のサルビアホールで行われているクァルテット・シリーズも第15シーズンを迎えました。通常は3公演を1シリーズとしていますが、他に単独公演も開催されるため、今シーズン最初は通算では48回目となります。
昨日のコンサートは当シリーズ初登場のモーツァルトハウス・ウィーン・ストリング・クァルテット。幸松辞典にも掲載されていない団体で、当然ながら初体験。何の予備知識も無いまま、モーツァルト中心の例会を聴いてきました。プログラムは以下のもの。

モーツァルト/弦楽四重奏曲第15番二短調K421
ハイドン/弦楽四重奏曲第62番ハ長調作品76-3「皇帝」
     ~休憩~
モーツァルト/弦楽四重奏曲第21番二長調K575
 モーツァルトハウス・ウィーン・ストリング・クァルテット Mozarthaus Vienna String Quartet

チラシの文章によると、ウィーン国立音楽大学で学んだ4人が再会して結成した団体で、モーツァルトハウス(モーツァルトがウィーンで住んだ建物のうちで唯一現存する、現在は展示記念館)のレジデンスに任命された、とあります。
恐らく正統なモーツァルト、典雅で格調高いモーツァルトが楽しめると予想していましたが、これは完全に裏切られましたね。

何時もの様に手渡された簡易なプログラム。いつもとは少し違うことに気が付きます。内容は変わりませんが、何とカラー印刷で、裏面は富士ゼロックス社の家屋写真。見れば協賛が富士ゼロックスアドバンストテクノロジー(株)とあって、愈々このシリーズにもスポンサーが付いたようです。先ずは大きな前進、芸術にはそれなりの資金が必要ですからね。
今回の団体のメンバーを見ると、やはり一人ひとりの写真と共に手短なプロフィールが掲載されています。それによると、
第1ヴァイオリン/シャンドール・ヤヴォルカイ Sandor Javorkai 、第2ヴァイオリン/高橋和貴、ヴィオラ/アレクサンダー・パーク Alexander Park 、チェロ/アダム・ヤヴォルカイ Adam Javorkai の面々。セカンドが日本人であることは直ぐに判りますが、ファーストとチェロはハンガリー風の名前で、もしや・・・、という連想が浮かびました。

結成は2013年と言いますから、未だ2歳のクァルテット。幸松氏の書籍にも載っていない理由が判りました。小曾根真と共演したのが日本デビューだそうですから、初来日じゃありません。知らなかったのは私が情報音痴だったからに過ぎないようです。既に聴かれたファンも多かった筈。
ネットで検索してみましたが、未だ彼等自身のホームページは無いようです。

暗色系の衣裳で登場した4人、ヤヴォルカイ兄弟の巨躯が目に飛び込んできましたが、ヴィオラも明らかに東洋人。名前から見て日本人ではなく、パークはパクではないかと思ったほど。
取り上げられた3曲はどれも周知の名作で、作品については改めて記すことも無いでしょう。

冒頭の二短調、最初は然程強いビブラートはかけず、典雅なモーツァルトを目指しているようにも聴けました。しかしそれは最初の2楽章位まで。第3楽章のトリオでファーストのソロが歌い始めると、彼らの本性に火が点いたのか音楽は俄然熱さを加え、典雅さや優美さとは乖離したモーツァルトに変化して行くのでした。
続くハイドンは最初からエンジン全開。これがモーツァルトハウスの名を冠したクァルテットかと思われるような奔放なハイドンに終始します。

ハイドンとモーツァルトは同じ干支、丁度二回りの年齢差でハイドンが年上ですが、モーツァルトは早逝したため、この日の3曲で最も新しいのがハイドンの皇帝。つまりモーツァルトはこのハイドン作品を聴くことなく世を去っているのですね。もし知っていたら、モーツァルトが更なる創作意欲に駆られたことは間違いないでしょう。
モーツァルトは決してハイドンの後継者ではなく、ベートーヴェンこそがハイドンの作曲法を直接に継承したのです。ハイドンは21世紀の今日においても斬新で、その現代性は決して色褪せていません。この夜の演奏も、真っ先に感じたのはそのことでした。

楽器にもよるのでしょうが、サルビアホールの豊かなアクースティックも手伝って楽器の鳴ること、鳴ること!(特にチェロ) 一つの楽章が終わって次の楽章に移るべく譜面を捲る時まで、ホールには弦楽器の唸りを伴った残響が鳴り渡っていたほどでした。ホールも第5の楽器として参加しているよう。
演奏の熱さも尋常なものではなく、皇帝の第2楽章が終わった後、思わずファーストのシャンドールが手で顔に風を送る仕草も。その熱演に椅子は軋み、巨体に潰されるのでないかと心配になるほどで、シャンドールも客席に笑って誤魔化す場面も見られました。

モーツァルトハウス・ウィーン・ストリング・クァルテットは、良くも悪くも両端に座るヤヴォルカイ兄弟が引っ張るクァルテットで、特に兄貴分のシャンドールの芸風が聴きモノの団体と言えるでしょう。伝統的正統派ウィーン古典音楽からは大分食み出した演奏で、細部の緻密なアンサンブルより、流れとパワーを楽しむクァルテットか。
アンコールは同じモーツァルトから、「不協和音」のメヌエット楽章。これで無事にコンサートが終了し、会場の照明も明るくなってもシャンドール唯一人が舞台から下がらず、他の3人を呼び戻すジェスチャー(笑)。何やら相談していましたが、K575の第2楽章を再度演奏して締め。これは予定外のハプニングだったのでしょう。

帰宅してから調べたのですが、やはりヤヴォルカイ兄弟には純正ロマの血が流れているそうで、ウィーン大学で学んだ「知」と、血統から来る「血」とが微妙に混合された音楽家達であることに思い至りました。話せばいつまでも喋り、弾き出せば何時までも演奏し続けるテンペラメント。
序と言っては失礼ですが、セカンドの高橋氏は山形交響楽団のコンサートマスターも兼務している由。東北のクラシック・ファンには馴染の顔だったんですね。

演奏会を終えて会場を出、東の空をふと見上げると、そこには十六夜の月。月の軌道は楕円形のため、特に今年の月は通常より大きく見えるスーパームーンなのだとか。
月は時に人の理性を狂わせます。それでこの日のモーツァルトが1.14倍、通常の器には盛り切れない豊満なものだったことにも納得した次第です。

最後に、この日プログラムに挟まれていたSQS News から飛び切りの情報を二つ。一つは来年6月、シーズン19としてパシフィカQがショスタコーヴィチ・プロジェクトを開催するとのこと。通常3回の演奏会を4回に増やし、7日間で4回、ショスタコーヴィチの全15曲を一挙に取り上げる予定。ファン必聴のビッグ・プレゼントになること間違いナシ。
もう一つは噂の高いキアロスクーロQが来年4月に登場すること。中心になるイブラギモヴァは、先日のプロムスでも天下の名曲メンデルスゾーンで会場を沸かせた才媛。彼女を、いや彼女の演奏を眼前で楽しめるサルビアホールは、何とも贅沢な空間になりそう。これまた落とすことは出来ません。

主催者の横浜楽友会は、ホームページを開設したばかり。詳しい情報はこちらで確認して下さい。

http://musikverein-yokohama.jimdo.com/

 

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