サルビアホール 第33回クァルテット・シリーズ

鶴見サルビアのクァルテット例会、第10シーズンは先々週のカザルス、来週のパシフィカと短期集中型の3回。今回のプラジャーク共々、全てが鶴見登場2回目という共通点もあります。
2012年5月以来の再会となったプラジャーク、今回のプログラムは、

モーツァルト/弦楽四重奏曲第22番変ロ長調K589「プロシア王第2」
ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」
     ~休憩~
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第14番変イ長調 作品105
 プラジャーク・クァルテット

前回も感じたことですが、プラジャークのプログラミングは真に渋い。取り上げる3人の作曲家は誰一人として知らない人はないほどの大作曲達ですが、その作品は必ずしも常に演奏されている定番ではない。しかし作品の質は他の有名曲に比べて決して劣るものではないという構成。
一言で言えば玄人好みということでしょう。
2年前にも取り上げたモーツァルトは、前回のプロシア王第1に続いて第2。2012年はこのあとスメタナ(第2番)とベートーヴェンでしたが、今回はヤナーチェク(クロイツェル・ソナタではなく)とお国物ドヴォルザーク。メインはアメリカじゃなく、事実上ドヴォルザークの最後の室内楽作品となった作品105。

この前は全員黒装束でしたが、今回は黒シャツの上にお揃いのグレーのジャケットという出で立ち。この統一感はそのまま音楽にも貫かれていました。

モーツァルト。冒頭2本のヴァイオリンに1小節遅れてヴィオラが加わって第1主題が奏される。6小節目でチェロが初登場して同じ主題を受け継いでいく。こうした音楽の流れが真に自然で、音色も恰も一つの楽器が奏でているような均質感に包まれていくのでした。
展開部に入って3連音符が決然と弾かれる場面も、音形の受け渡し、呼吸、サッとピアノに音量を落とすタイミングなど、理想的な「大人の」クァルテットという感動を誘います。

ヤナーチェクも独特な音楽語法を際立たせるというより、作曲家の本心、それこそ「内緒の手紙」を一通づつ読んでいく様な親密感に満ちた表現。チョッと難しい現代的な響きではなく、懐かしささえ感じさせるような温かみのあるヤナーチェクとでも言っておきましょうか。
全曲の最後に全員がスル・ポンティチェロで奏する fff の心の叫び。ここも聴き手の耳に衝撃を与えるというより、当然の帰結として響いてくるのでした。

最後のドヴォルザーク、何故この作品がもっと頻繁に演奏されないのかと不思議に思うほど音楽的な喜びに満ちた40分でした。序奏が自然に情熱的なアレグロに流れ込む第1楽章。心弾むリズミックな第2テーマ。
作曲家ならではの舞曲風第2楽章と、時折4連音が耳を擽るトリオ。そして三部形式で歌われる美しいカンタービレ。主部の再現でセカンドが囀る鳥の歌の何と音楽的なことか。チェコの鳥たちはこんな風に啼くのでしょうか。
やや太めにチェロが開始し、コーダに向けて白熱の度を増していく圧巻のフィナーレ。どれ一つとして難度の低い作品は無く、それを決して難しく感じさせないプラジャークのテクニックには脱帽です。もちろん技巧が克つような場面は微塵も無い。

前回はアンコール曲をヴィオラ(ヨセフ・クルソニュ)が告げていましたが、今回はファーストのパヴェル・ヒューラの担当。
同じドヴォルザークからワルツを一曲。オリジナルはピアノ・ソロ曲の作品54からですが、その第4番はドヴォルザーク自身が弦楽四重奏用にアレンジしたもの。
鳴り止まぬ拍手に応えて、“もう一つドヴォルザーク、誰でも知ってるヤツ”。そう、懐かしき「ユーモレスク」。速目のテンポで弾き出す小品、こうでなくちゃネ。これにはほとんど泣きそう。

これぞチェコの弦、を満喫した夕べでした。

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