ハロウェー

これも30年前の原稿です。ヒンドスタンに続いて投稿したもの。
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 ハロウェーについて、私は長い間、誤った見方をしていた。若い頃この馬に抱いていた考えは、想像の産物であり、今、振り返ると、どこからこんな勝手な考えが生まれてきたのか、理解に苦しむ。
 ハロウェーはスピード馬でスタミナに欠ける。私はそう考えていた。しかし、ある時思い立って、種牡馬の産駒成績をまとめようと、成績書と血統書を調べ直してみると、この考えが誤りだったことに気がついた。
 『ハロウェー:1マイル半(2400メートル)では、ダービーを除いて無敗。素晴らしい末脚の持主。9ストーン4ポンド(59キロ)を背負い、アスコット競馬場で記録した1マイル半のレコード・タイムは未だ破られていない。』
 これは1948年の、彼の種牡馬広告である。
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 競馬は、時代と共にその様相を変えている。ハロウェーが競馬場で走っていたのは、わずかに30年前のことだが、それでも当時と現在とでは、レース体系や競走馬の理想像には大きな違いがある。
 ハロウェーの3歳時、1943年、ヨーロッパは戦火の中だった。この酷い時代にも競馬は行われていた。レース数は、現在の三千を越す数字はもちろん、戦前の数字ともくらぶべくもないが、1943年はわずかに471レース、戦時中でも最も少ない年だった。
 ダービー・ステークスは、1940年から1945年まで、ロンドン近郊のエプサム競馬場では危険なため、ニューマーケットのジュライ・コースで行われた。この間のダービーは、エプサムのそれとは区別して、ニュー・ダービーと呼ばれている。ハロウェーもこのニュー・ダービーに出走した。
 この頃まで、イギリスの一流と称する競走馬は、三冠レースを、そして古馬になってからはアスコット・ゴールドカップ(約4000メートル)を目標にしたものである。ダービー馬でゴールドカップにも勝った馬は12頭にすぎないけれども・・・・・。これは、ちょうど日本でもダービー馬が古馬になって天皇賞を目指すのと似ている。
 しかし、戦後、この形は変わってしまった。理由は、イギリス・フランス間の経済力のバランスが崩れ、フランスの賞金がイギリスとはくらべものにならないほど高くなってしまったこと、競走馬の輸送が発達したことなどから、フランのレースにイギリスの有力馬が数多く参加するようになったことがあげられるが、何といっても、距離の専門化(スペシャリゼーション)が進んだことが、最大の理由だろう。ヨーロッパでは、競走馬を四つのパターンに分けている。すなわち、
 1.スプリンター(1000メートル~1200メートル)
 2.マイラー(1400メートル~1800メートル)
 3.ミドルディスタンス・ホース(2000メートル~2400メートル)
 4.ステイヤー(2600メートル以上)
 誤解しないでいただきたいが、これはあくまで便宜上の区分であって、この四つのジャンルに明確な区分があるわけではなく、様々な距離に出走する馬もいる。最近では、チャンピオン・マイラーであり、チャンピオン・ミドルディスタンス・ホースでもあったブリガディアジェラードがよい例だ。
 さて、この四つのジャンルのうち、特に賞金面でミドルディスタンスを重視する傾向が強く、ミドルディスタンスのキング・ジョージⅥ&クイン・エリザベス・ステークスや、フランスの凱旋門賞と、ステイヤーのためのアスコット・ゴールドカップとの賞金格差は、著しく大きくなってしまった。
 このような条件で、ほとんどのダービー馬はセントレジャーやゴールドカップを捨て、キング・ジョージⅥ&クイン・エリザベス・ステークスや凱旋門賞を目指す。ダービーとゴールドカップの両方に勝った馬は、1944-1945年のオーシャンスウェル以来でていないし、ごく最近では、ゴールドカップに出走したダービー馬はブレイクニー位なものだ。参考のために、オーシャンスウェルとブレイクニーの出走した当時の両レースの賞金を表示しておこう。
           1946年    1969年      1975年
ダービー      8,415.5ポンド     63,108ポンド    106,465.5ポンド
アスコットGC   7,200ポンド      11,926ポンド    19,079.25ポンド
 話が大分、横道にそれたが、ハロウェーは戦前のタイプ、すなわち、ダービーからゴールドカップを目指した馬である。しかし、彼はそのどちらの勝馬でもない。彼が勝ったのは、条件クラスの小さいレースにすぎない。
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 ハロウェーの最初の勝鞍は、2歳時の6ハロンのレース。この年、コヴェントリー・ステークス、ミドルパーク・ステークスといった、いわゆる2歳の重賞競争にも出走したが、相手にならなかった。

 翌年、それでも2000ギニーとダービーに挑戦した。結果は同じ、どちらも着外。この年のダービーは、ユミダッドを交わして先頭に立ったナスルーラーがそのまま流れ込むかと思われたが、ゴール前スタミナをなくし、ストレートディールが一気に追い込んで、差し返すユミダッドを頭差抑えて優勝。ナスルーラーは3着、ハロウェーは23頭中、後ろから4番目で入線した。

 ハロウェーが本格化したのは、古馬になってから。ウィンザーで二度、アスコットで一度、いずれも1マイル半(2400メートル)のレースに勝ち、アスコットではトップハンデを背負ってレコードタイムをマークした。アスコット・ゴールドカップでは、この実績が評価され、二番人気に支持されていた。出走馬は5頭、本命は前年のダービー2着馬、ユミダッド。このレース、当初はペルシャンガルフが出走を予定していたが直前になって取り消したため、寂しい顔ぶれになってしまった。

 結果は実力通り、ユミダッドが優勝、ハロウェーは4着と期待を裏切った。所詮は二流馬だったのだろうか。

 彼はこのあと、2400メートルで1勝を加えたが、何のタイトルもないまま、引退した。通算5勝のうち、2歳時の1勝を除くと、あとはみな、4歳時、しかもすべて1マイル半でのもの。彼が歩んだ道は古いスタイルのローテーションだったが、結果的には、1マイル半のスペシャリストになっていた。彼にはゴールドカップで善戦するだけのスタミナが無かったのだろうか、それとも競走能力の限界があったのだろうか。

 彼のイメージをもう少し明確にするために、今度は彼の血統に触れよう。回りくどくなるが、もう少し我慢していただきたい。

 

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 ハロウェーの母はロージーリージェンド。フランソワ・デュプレが生産したフランス産馬だ。フランスで4勝、その距離は2400メートル、2500メートル(2回)、2600メートル。ミドルディスタンス・ホースだった。彼女は一年フランスで共用され、1936年にイギリスに輸出された。ハロウェーはその5番仔、3頭目の勝馬だった。

 しかし、ロージーリージェンドの名は、その後、2頭のクラシック馬を産んだことによって不朽のものとなった。ダンテとサヤジラオ。両馬ともネアルコの仔で、ネアルコはファロスの仔だから、ハロウェー(父・フェアウェー、その父・ファロス)とは非常によく似た配合だ。ダンテは1945年のダービー、サヤジラオは1947年のセントレジャーに勝った。その後このファミリーからは、スプリンターのサウンドトラックが出た程度で、大した活躍馬はないが、ポカハンタスに遡る牝系で、近親にはグランプリ・ド・パリのサンスーシーⅡがいる。

 これ以上馬名を列記するのは止めるが、要するに、この牝系は生産者フランソワ・デュプレに代表される、スタミナを重視してきたフランスの血なのであって、速さでなく、強さを特徴としている。イギリスの生産者があまりにも速さを追い求めたために、戦後、イギリスのクラシックはフランス馬に次々と蹂躙されていくことになるが、ダンテとサヤジラオがイタリア血統とフランス血統のブレンドによって、イギリスで生産されたというのは、いかにも皮肉な結果ではないか。

 

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 ハロウェーの父・フェアウェーについては実に多くのことが語られてきたし、ここで私がくどくどと書く必要もない。日本語で読めるものとしては、原田俊治氏の『世界の名馬』に詳しい。ここでは、要点だけを復習しておこう。

 要点は二つ。一つはフェアウェー独特の発汗であり、もう一つは彼が真のステイヤーであったかどうかだ。

 フェアウェー式の発汗については、彼の調教師だったフランク・バタース師の述懐があるので、それを引用しよう。

 『ダービー当日、フェアウェーは落ち着いていた。パドックでも具合よさそうに見えた。しかし、パレードしてコースに入っていくと、すぐに群集がワイワイ騒ぎ始めた。それ以来、彼はすっかり気力を失くしてしまった。パレードの間、汗がしたたり落ち、それはスタート地点に着くまで続いた。まるで池からあがってきたようだった。彼はスタートする前に、もう負けていた』。

 彼には元来、発汗癖があって、その産駒にもこの癖をよく伝えたそうだ。しかし、それは、特に牡馬の場合は、競走能力には影響しなかったという。

 第二の、ステイヤーとしてのフェアウェーについては、明確な答えは見つかっていない。セントレジャーや調教からは、関係者はステイヤーとしての確信を抱いていたようだが、それでも、彼がプレシピテーション、マッシーン、スーヴレイン、カラカラに匹敵するほどのステイヤーであったかどうか、疑問が持たれていた。種牡馬としてもミドルディスタンス・ホースにはブルーピーターやウォトリングストリートがあったが、ステイヤーとしては特に優れた産駒はなく、むしろマイラー系の産駒が多かった。中でも、この父系を直接発展させたのがフェアトライアルから発したマイラーたちだったことが、いっそうその感を深くしている。私が漠然と、ハロウェーがスピード馬だと考えていたのも、フェアトライアル→ペティション、フェアトライアル→コートマーシャルと続くサイアーラインが、まず目に飛び込んできたからであろう。

 しかし最近、特に70年代に入ってから、フェアウェー系、中でもフェアトライアルから多くのミドルディスタンス・ホースが輩出して注目を浴びている。いわく、プチトエトワール、ブリガディアジェラード、ハイクレア、クードフー、イングリッシュプリンス、ロワレアー、そしてグランディ。今後しばらくこの系統は、ハロウェーがそうであったように、ミドルディスタンスのスペシャリストの父系としても栄えていくだろう。スタミナと、それを支えるに充分なスピードを兼ね備えた父系として------。

 

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 これでハロウェーの履歴書も、大半を書き終えた。だが、彼が日本に来るのは、引退して、なお10年先のことである。

 ハロウェーは1945年、ニューマーケットのロングホールズスタッドで種牡馬になった。種付料98ポンドは決して高くないが、この評価
は、10年間変わらなかった。ヨーロッパの一流種牡馬の年間種付数は40頭前後だが、ハロウェーはそれよりやや少なく、30頭前後。その産駒には海外、特にインドやマレーシアで走った馬が多い。

 イギリスでは、二流の競走成績のミドルディスタンス・ホースは最も嫌われる種牡馬だが、ハロウェーも、その成績からは脚光を浴びるということはなかったのだろう。

 彼の産駒は平場で61勝している。彼に似て二流のミドルディスタンス・ホースが多かった。代表産駒として、ハーウィンを挙げておこう。3歳時ミドルディスタンスで活躍、ニューバリー競馬場のオックスフォードシャー・ステークス(13ハロン60ヤード)で、その年のオークス馬アンビグィティーを破っている。このあとローレル・インターナショナルに遠征したが、ワードンの着外に終わった。敗因は、小回りコースで実力を発揮できなかったためだ。

 このハーウィンに代表されるように、彼の産駒は父・フェアウェーの産駒よりも長い距離で活躍している。もちろん、種牡馬としての格は段違いだけれども・・・・。スタミナ・インデックスを例にとれば、フェアウェーは8.94、フェアトライアルが6.96であるのに、ハロウェーは9.66。牝系のスタミナが利いているのだろうか。参考までに、ハロウェーにはシンガポールのセントレジャー(2800メートル)に勝った馬(パーマイター)がいる。

 こうしてハロウェーは1954年、日本へ輸入された。

 

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 ハロウェーの日本での産駒については、前にヒンドスタンで試みたように、表にまとめておこう。時にささやかな一表は、百万語以上にものを言うものだ。

 何度も繰り返すが、私がこれまで書いてきたのは、ハロウェーの特質が単なるスピードでなく、ミドルディスタンスにあったことだ。そして、それをハロウェーの日本での産駒から知ったことも、最初に書いた。ハロウェー産駒のミドルディスタンスでの勝鞍だけを別表に書き出しておく。

 日本のレース体系は1600メートルと1800メートルを主体にしたもので、ミドルディスタンスは非常に少ない。この国では、2400メートルは長距離(ロングディスタンス)と呼ばれるし、ダービー馬はステイヤーということになる(もっとも、アメリカでは2000メートルに勝てば、それでステイヤーと呼ばれるくらいだから、こうした呼び方に、はっきりした定義はないのだが)。その中で、ハロウェーがこれだけの実績を残したのは、いかにも彼らしい。クラシックでの成績もそれを実証している。

 最後に、フェアウェー系といえば、ブルードメアサイアーとして成功することで知られている。この面ではハロウェーはまだ若いが、それでも夫々の方面でのチャンピオンを出している。これも表示した方がすっきりする。

 ハロウェーの直仔は、すでにターフを去ったし、その産駒の中でタニノハローモアほか何頭かは種牡馬になったが、生産者からはほとんど無視されている。しかし、もしハロウェーをブルードメアサイアーに持つ馬が、かつてイシノヒカルがそうであったように、発汗し、焦れ込んでいる姿を見たならば、それは間違いなくフェアウェーの、そしてミドルディスタンスのスペシャリスト・ハロウェーの極印なのである。

           

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