演奏活動20周年記念・小川典子/ピアノ・リサイタル

小川典子のピアノに初めて接したのは5年くらい前でしょうか。横浜市の小さな公会堂でムソルグスキーを聴いたっけ。
そもそも私はピアノが苦手で、誰かのリサイタルに出かけるという習慣はありませんでした。基本的には今でもそうなんですが、小川だけは機会ある毎に聴いてきました。その理由はまた後で。
彼女がサントリーホールの大ホールでリサイタルを開く、という噂を聞いたとき、疑問が一つ浮かびましたね。そもそもあんな馬鹿でかいホールでピアノ・リサイタルを聴く必要があるのか。でも、その日は遂にやってきました。
ドビュッシー/12の練習曲
     ~休憩~
藤倉大/リターニング(日本初演)
リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調
 独奏/小川典子
彼女の一ファンとしては「入り」が心配でしたが、随分入っていましたね。会場では小川の初めての著作「夢はピアノとともに」が先行発売されていましたし、ズラリ並べられたCDの中には新譜「ドビュッシー/ピアノ曲全集Vol4」もありました。演奏会終了後にはサイン会もあります。これもいつもの通り。
まぁ、それにしても度胸の座った人ですね。普通なら「晴れ舞台」で相当なプレッシャーがあるでしょうに、先ずマイクを持って登場、満面の笑顔で簡単な挨拶。この緊張感を楽しんでいる様子。彼女独特のキャラクターでしょう。
その緊張感を全てプラスの方向に作用させてしまう、その集中力。これにも圧倒されます。
私は最初の2曲はよく知りません。ドビュッシーの練習曲を全曲ナマで聴くのは初めてですし、レコードでもほとんど聴かないレパートリー。
しかしこれは素晴らしい演奏でした。そういうことだけは解ります。難解な作品ながら、どこを切り取ってもドビュッシーそのもの。ドビュッシーがドビュッシーとして聴こえるのは当たり前かも知れませんが、音楽として聴かせる技量と解釈は容易ならざる業でしょう。
藤倉作品は今回が日本初演。横長の楽譜を置いての演奏でしたが、極めて短く、かつ難しそうな小品。
小川は武満を筆頭に、日本人作曲家の作品を積極的に紹介してきました。それは「現代音楽」というジャンルにも共通なこと。その晴れ舞台に取り上げるに相応しい、ピアニスト・小川を代表する選曲ですね。
一度聴いただけではどうこう判断できませんが、中間部の細かいパッセージに藤倉の個性が垣間見えるような感じがしました。次の「協奏曲」が楽しみ。
最後のリスト。これはさすがに知っています。川崎のベーゼンドルファーで彼女自身の演奏で聴いたこともありますし、これまでも様々な機会で取り上げてきました。
私が最初に抱いた疑問、サントリー大ホールでピアノ・リサイタル? という懸念は見事に吹き飛びましたね。もともと彼女のピアニズムの大きな特徴に、その大音量と、音色の巧みなコントロールが挙げられましょう。それを極限まで駆使し、さしもの大ホールを圧倒した。彼女の集中力の凄さ、これまでの私の聴体験をはるかに上回るもので、やはり今日は「勝負!」という気迫が漲っていました。
それはアンコールにも滲み出していて、リストのラ・カンパネラとドビュッシーの「沈める寺」。どちらも彼女のトレードマークのような一品ですが、これを聴いて唸らない人はいないでしょう。
沈める寺を始める前に、両手をメガホンのようにして、“最後の1曲です。ドビュッシー作曲、沈める寺”とアナウンスしたのは、いかにもユーモアを忘れないイギリス流。この極限状態でのこの余裕。それこそが、小川典子が20年間で培ってきた英国流スタイル。
ピアノ苦手の私が小川典子に限って私淑してきたのは、実は彼女の英国流音楽スタイルにある、ということも、この夜気付いたことの一つです。
それは彼女の原点、リーズ国際ピアノ・コンクールのあり方でもあるのです。プログラムにも紹介されていましたが、“(リーズに聴きに来る人たちは)自分の耳を信じている。これは20年間イギリスに住んで、より強く感じたことですが、自身の感性に従って物事を判断する。他人の意見には惑わされないですね”という小川自身の言葉によって語られています。
私が彼女を聴いてるのはたった5年ですが、実はピアノを聴く、というよりも彼女の人間性に惹かれているからなんですね。恐らくそういう聴衆も少なからずいるのではないか。
それが証拠に、CDや著作を手に、サインを求める人たちの長蛇の列が出来ていました。当然、私共も並びましたね。

 

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1件の返信

  1. カンタータ より:

    >小川典子のピアノに初めて接したのは5年くらい前でしょうか。
    たしか2001年12月のことでしたね。つまり6年余り前の横浜の都筑公会堂。誰かさんに脅迫されて仕方なく聴きに行ったんでしたね。(笑)
    爾来、小川典子さんはメリーウイロウさんに敬意を抱き続けていると思います。

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