読売日響08年3月・名曲シリーズ聴きどころ

 3月の名曲シリーズ聴きどころです。オール・ベートーヴェン、指揮は下野竜也、ピアノ・ソロには人気のボリス・ベレゾフスキーということもあって、このチケットは既に完売だそうです。やはりこういうプログラムなら人は集まるんですねぇ。チョッと複雑な気持ちです。
気を取り直して聴きどころですが、ベートーヴェンの「コリオラン」序曲に第5ピアノ協奏曲「皇帝」と第7交響曲。今更聴きどころでもない、という方も多いと思われます。と言って何も書かないわけにもいかないでしょうから、暫しご辛抱を。
オール・ベートーヴェンですからまとめてやります。まず日本初演情報。
「コリオラン」序曲。1919年(大正8年)11月29日 奏楽堂 G.クローン指揮・東京音楽学校。
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 1910年(明治43年)5月29日 奏楽堂 H.ペッツォールド(ピアノ)、A.ユンケル指揮・東京音楽学校
交響曲第7番 1925年(大正14年)4月29日 歌舞伎座 山田耕作指揮・日露交歓管弦楽団
であります。これほどの名曲ともなると、プロのオーケストラが定期演奏活動を開始する以前に初演がなされているのですね。序にプロ・オケの定期初登場も紹介しちゃいましょう。これ。
「コリオラン」序曲 1928年6月10日 日本青年館 近衛秀麿指揮・新交響楽団(第31回定期)
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 1927年4月28日 日本青年館 レオニード・コハンスキー(ピアノ)、ヨゼフ・ケーニヒ指揮・新交響楽団(第6回定期)
交響曲第7番 1927年5月1日 日本青年館 ヨゼフ・ケーニヒ指揮・新交響楽団(第7回定期)
ということで、これも予想通り、全て新交響楽団(現在のN響)によるものでした。
楽器編成もシンプル。3曲全て同じで、いわゆる通常の2管編成です。即ち、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部です。もちろん協奏曲にはピアノ・ソロが入りますが・・・。ということで、このコンサートは最初から最後まで同じメンバーで演奏されます(の、はずです)。
復習のために各曲の作曲年代を記しておくと、コリオラン/1806年(36歳)、第5ピアノ協奏曲/1809年(39歳)、第7交響曲/1812年(42歳)となりまして、このコンサートはベートーヴェンの作曲順に演奏されることになります。どれも円熟期の作品、夫々に3年の間隔があります。 
      

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聴きどころを挙げればキリがありませんが、いくつか。
「コリオラン」序曲。冒頭の弦楽器による主音のユニゾンにインパクトがありますね。これをオーケストラ全奏の和音が断ち切る。第5交響曲と同じハ短調です。これが3度繰り返されてから、主題が入ってきます。第2主題の美しいメロディーも印象的。
冒頭も聴きどころですが、最後も真に印象的。弦のピチカートによるピアニシモで終わる、というのは、当時としても意外性があったような気がします。コリオラン以降、弱音で終わる名曲が多く書かれますが、原点はこの作品じゃなかろうか、とさえ思ってしまいます。
メンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」、シューマンの「マンフレッド」、R.シュトラウスの「ドン・ファン」等々、皆コリオランをヒントにしているように思えなくもありません。
続いてピアノ協奏曲第5番。これには「皇帝」というニックネームが付いていますが、ベートーヴェン自身の命名ではありません。何時、誰が名付けたかは判っていないようですが、言い得て妙というべきでしょうか。
聴きどころは、解説書にも書かれるように、①いきなりピアノがカデンツァ風の楽句で入ってくること、②第1楽章のあるべき位置にカデンツァがなく、ベートーヴェン自身が書き込んだソロ・パートを演奏するように指示があること、③第2楽章から第3楽章はそのまま続けて(アタッカ)演奏されること、 ④第3楽章のコーダにティンパニ・ソロが使われること、などが挙げられます。
これ全て、ベートーヴェンの、この協奏曲での創意でしょう。ベートーヴェンは、この協奏曲で「ピアノ協奏曲」というジャンルを極めてしまいました。実際、これ以後、ベートーヴェンはオリジナルのピアノ協奏曲を書いていません。
私個人としては、第2楽章の素晴らしさに最も惹かれますね。ここは一種の「祈り」の音楽のような感じがします。形式としては変奏曲と見て良いのでしょうが、アダージョ・ウン・ポコ・モッソという速度記号。ベートーヴェンが「アダージョ」と書き付けた音楽には特別な感情が篭められているように思いますが、如何ですか。
ここはヴァイオリンは全て弱音器を付けて演奏されますし、最初にピアノが入ってくるところは「エスプレッシーヴォ」です。次の変奏では「カンタービレ」と書かれていますね。この表情記号を守って、心を篭めて演奏されることに期待したいと思います。
さて最後は第7交響曲。
これ、中々考えられた選曲ですね。というのは、第5協奏曲の第3楽章ロンドは、「タッタタ」(音符を書ければ良いのですが、こういう書き方で勘弁して下さい)というリズムが頻りに出てきます。協奏曲では8分の6拍子を「タッタタ・タタタ」というリズムが支配しますが、次の第7交響曲の第1楽章ではこれを更に突き詰め、「タッタタ・タッタタ」というリズムで押し通していきます。ワーグナーやリストが、「舞踏の聖化」とか「リズムの神化」とか評価した根拠ですね。
皇帝→第7という繋がりは、実に上手く考えられていると思いませんか。下野氏に拍手、かな。
その第7交響曲、第1楽章はもちろん、そのフィナーレでも同じリズムを執拗に繰り返すことによって聴衆を興奮の坩堝に巻き込むところが聴きどころの一つでしょう。第4楽章では「タッタ・タタ」とか、「タッタ・タッタ」というリズム。
私が注意を喚起したいのは、その同じリズムにも2種類あるということ。第1楽章の「タッタタ」について言えば、間に休符を含む、よりアクセントの強く効いたリズムも出てきます。楽譜を引用すれば、強いアクセントのあるリズムは、第222小節辺りから再現部の冒頭(第273小節)まで何処かのパートに必ず出現して、いやが上にも興奮を煽り立てていきます。主題が再現するときのバスもこのリズムですね。コーダでも当然ながら、間に休符を挟んだリズムの大饗宴になります。
聴きどころの一つとして、同じような2種類のリズムを指揮者がキチンと区別して演奏してくれるかどうかにも注目ですね。これ、どちらも同じに扱ってしまう「名指揮者」が意外に多いんです。
同じことは終楽章にも当てはまります。ここでは「タッタ・タッタ」というリズムが盛んに出ますが、第2主題部の伴奏に出るときは、やはり休符が間に挟まっており、他とは区別して演奏して欲しいもの。指揮者の譜読みの力量が問われる箇所ではあります。
長くなりますがもう一点、第2楽章のチェロに注目しています。ここは冒頭から中間部に入るまで、即ち第98小節までの間、チェロは二つのパートに分かれ、第1チェロは主にヴィオラと、第2チェロは主にコントラバスと行動を共にします。ベートーヴェンはこれとよく似た手法を「田園」交響曲の第2楽章でも用いています。田園の方は時々解説される方もいるようですが、第7のケースを取り上げる解説は滅多にありません。
ベートーヴェンの意図はよく判りませんが、この部分でのバスの動きを注意して聴いてもらいたいと思います。
更に音量にもシッカリ気を配りましょう。テーマは p で始まりますが、19小節目に pp に落ちます。テーマが第2ヴァイオリンに移っても同様で、43小節目に pp 。51小節目にテーマが第1ヴァイオリンに登場するところから p 。ここから徐々に音量を上げ、67小節目に f 、75小節目で遂に ff にまで上り詰めるのです。この間、実に24小節に亘って「少しづつクレッシェンド」という指示が書かれています。
その他、第3楽章トリオでは ppp も出現しますし、第4楽章のコーダ、興奮が最高潮に達するところでは2度に亘って fff が鳴らされます。ピアノ3つ、フォルテ3つは、ベートーヴェンとしても初めて使用した音量記号じゃないでしょうか。
こうした楽譜の指示を忠実に守り、ベートーヴェンが書いた通りの音符を演奏すれば、それは即ち名演となること間違いなし。
皆様も是非スコアを丹念に眺め、細かい箇所にも注意しながら予習されると、コンサートの聴きどころも自ずと見えてくるのではないでしょうか。
最後にスコアに付いて肩の張らない話題。
ベートーヴェンの第7交響曲は、人気アニメをテレビ化したドラマで大変有名になりましたね(のだめカンタービレ)。私はこのドラマを見ていないのですが、それ以来、若者の間でこの曲のスコアを持つことが流行したのだそうです。音楽の友社版の同スコアはたちまちの内に売り切れ。こんなことは同社始まって以来の快挙!?だった由。そこで出版部の社員が社長に大量増刷を稟議したところ、“いずれブームは去るでしょう” ということで却下されたそうな。
実際、ある時期、楽譜店の店頭から「べト7」のスコアが消えた時期がありました。今は復活しているようですからご安心を・・・。ベートーヴェンもビックリ、というエピソードでした。

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2件のフィードバック

  1. mynona より:

    お忙しいところ恐れ入ります。ハンカ ペッツォールド女史乃演奏なさった録音を探しております。何処で入手できるかご存じでしたらお教え願います。宜しくお願い申し上げます。

  2. メリーウイロウ より:

    mynona 様
    申し訳ありません。私の知っている範囲では見つけることが出来ませんでした。
    その代りと言ってはなんですが、下記ホームページを見つけましたので参考になりますか・・・。
    http://www.gunlake.bc.ca/petzold/

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