読売日響・定期聴きどころ~08年11月

 10月定期はオスモ・ヴァンスカによるベートーヴェン交響曲シリーズの3回目、交響曲第4番と8番、フィルアップとして「コリオラン」序曲と「命名祝日」序曲が演奏されます。
「コリオラン」序曲については既に聴きどころで取り上げていますので、ここでは省略します。
予定されている曲順をみると、前半と後半の序曲+交響曲というセットが作曲年代で巧妙に組まれ、中々よく考えられた配曲だと思います。コリオランと第4交響曲が同じ1806年の作品。第8交響曲は1812年完成で、このときには命名祝日も作曲中でした。
それでは、第4交響曲から始めましょう。
この交響曲はシューマンが“二人の北欧神話の巨人の間に挟まれたギリシャの乙女”と評したように、第3交響曲と第5交響曲の間に挟まれた小振りな作品という解釈が主流でした。
最近ではベートーヴェンの恋愛に源泉を求める指摘もあります。ベートーヴェンの時代、如何にロマン主義が台頭してきたとはいえ、ベートーヴェンが交響曲に恋愛という私的感情を持ち込んだとは、少なくとも私には考えられません。ですから聴きどころも、あくまでも音による構築物という視点で進めたいと思います。
日本初演はこれです。
1924年(大正13年)9月26日 報知講堂 近衛秀麿指揮・日本交響管弦楽団
楽器編成は、
フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦5部。
通常の2管編成ですが、フルートが1本しか使われていないという所もポイントではないでしょうか。即ちこれはベートーヴェンの交響曲としては最も古典的な姿を湛えているということ。先輩ハイドンやモーツァルトへのオマージュと看做しても良いのじゃないでしょうか。
そういう前提で聴くと、この作品の姿がより明瞭に出てくるような気がします。
まず第2楽章の美しいメロディーに注目して下さい。私などは聴き過ぎていますので反って見過ごしてしまうのですが、これはモーツァルトの曲だと言われてもおかしくないほどの美しい旋律。今回改めてスコアを眺めていて、この楽章がモーツァルトのジュピター交響曲の第2楽章を連想させることに気が付きました。
楽章の最後にソロ楽器によるカデンツァが置かれているのも、何所か協奏交響曲の雰囲気を感じさせる要因です。ホルンやティンパニなどソロとして目新しい楽器が使われているのが如何にもベートーヴェンですがね。
このホルンは現代でも緊張する場所で、今でも時々音を外してしまうことがあります。1番奏者ではなく、2番奏者が担当します。
第1楽章の序奏とそれに続くアレグロ、ここはハイドンに手本があるような気がします。特に同じ調性で書かれたハイドンの交響曲第98番。
ベートーヴェンがこのザロモンセットを知らなかったはずはなく、構成だけでなく作品の精神も大先生から受け継いでいると感ずるのです。
第4交響曲に戻り、第1楽章アレグロの展開部。ここに前打音があり、この音の長さに関して二つの解釈があるのをご存知でしょうか(第223小節と第227小節)。ほとんどの演奏は譜面通りにティラッ、と短く切りますが、人によってはタラリラと、次の音と同じ長さで演奏するものもあります(フルトヴェングラー、カラヤンなど)。
後者の演奏法には、第4がベートーヴェンの古典的姿勢を反映した作品、という伝統的な解釈が基本にあるような気がします。
第4楽章のアウフタクト、喜悦に満ちた音楽も如何にもハイドンの孫という感じがしませんか。
一方でベートーヴェンの革新的な試みもあります。それは第3楽章。スケルツォとは表記されていませんが、通常のスケルツォ-トリオ-スケルツォという構成を一歩拡大し、ABABAという5部形式にしたこと。ベートーヴェンとしても最初の試みでした。
「古きをたずねて新しきを知る」。ベートーヴェンのそんな姿勢を確認することも聴きどころだと思います。
最近はフィナーレを極めて速い速度で、まるでファゴット奏者にアクロバットのようなテクニックを強いる演奏が主流のようですが、それでは第4楽章の精神から外れているように感じてしまいます。ヴァンスカはどうでしょうか。
後半の第8交響曲。
第8の日本初演は、1922年(大正11年)10月26日 大阪中央公会堂 G.クローン指揮・東京音楽学校 という記録があるようですが、これは第3楽章まで。
全曲の初演は、同じ指揮者とオーケストラによって、同じく1922年の12月2日、奏楽堂で行われました。
楽器編成は、
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部。
これも30分ほどの作品で、一見するとベートーヴェンが古典的スタイルに逆戻りしたような印象を与えます。これも第4交響曲同様、恋愛に結びつける解釈も出ています。
しかし私の第8に対する感想は、極めて斬新な音楽、というもの。ロマン派を通り越して近代音楽の衣装を纏っているように聴こえてきます。
その典型的な箇所は、第3楽章メヌエットのトリオです。この楽章はベートーヴェンの創意である5部形式によらず、古来のメヌエットの形式に戻っています。このことがベートーヴェンの後退と捉えられているようですが、どうして、このトリオのオーケストレーションの斬新なこと。
ホルンのデュオを低弦が彩る。クラリネットがそれに相槌を打つ。特に低弦をパート全員が演奏するのでなく、ソロまたは1番プルトだけで演奏してみると、ここはほとんどストラヴィンスキーの世界であることに思い至るはずです。そう考えてみると、この楽章がスケルツォでなくメヌエットであることにも何か意味があることのように思えてきます。
春の祭典を終えたストラヴィンスキーが、一転プルチネルラを書いた。ここには痛烈な皮肉と辛辣な自己批判する感じられるではありませんか。
それは第2楽章でも明らか。精神的に深い緩徐楽章を捨て、メトロノームの改良者メルツェルを皮肉った歌曲「タ・タ・タ・・・親愛なるメルツェルよ、ごきげんよう」 WoO 162 をそのまんま転用した音楽。
第1楽章再現部冒頭、第1主題を fff でコントラバスに演奏させる奇想天外。テーマとは呼べないような細かいモチーフを執拗に繰り返し、突如大らかな大メロディーを対比させて進む高笑いの第4楽章。
このフォルテを3つ重ねたフォルティッシシモ fff が第1楽章再現部(第190小節)とコーダ(第349小節)に出ること、更にピアノを3つ重ねたピアニッシシモも第4楽章コーダ(第370小節)に出現することも解説書などでしばしば指摘されることですね。ダイナミックスの幅が拡大されているところを如何に聴き手に意識させてくれるか、これも聴きどころの一つでしょう。
新鮮な耳を以って第8交響曲に接すれば、聴きどころ満載。ヴァンスカがどのような解釈でベートーヴェンを聴かせてくれるか、楽しみに待ちたいと思います。
最後に「命名祝日」序曲。
公式な日本初演記録は見つかりませんでしたので、日本のプロ・オケ定期初登場の記録。
1927年(昭和2年)4月28日 日本青年館 ヨゼフ・ケーニヒ指揮・新交響楽団第6回定期演奏会。
この回はオール・ベートーヴェン・プログラム。レオニード・コハンスキーのソロでピアノ協奏曲の第4番と第5番、マルガレーテ・ネトケ・レーヴェのソプラノで歌曲が2曲演奏されています。そのコンサートの冒頭での演奏でした。
楽器編成は、
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦5部。
作曲の経緯などはプログラムに載るでしょうが、構想から完成までに紆余曲折があった作品です。
最初の構想は1809年だそうで、その時は演奏会用序曲、調性は変ホ長調で4分の3拍子の主題がスケッチされていたそうですね。
更に1812年の夏には、シラーの讃歌「歓喜に寄す」 An die Freude を歌詞とする合唱付き作品として検討され、「Freude schoener Goetterfunke Tochter」序曲という書き込みもある由。
これとは別に、1814年10月4日、時のオーストリア皇帝フランツ2世の命名祝日に歌劇「フィデリオ」を上演する計画がありましたが、これは実現せず、替わりにコッツェブーという人の演劇「不滅の百年」が取り上げられることになり、ベートーヴェンのこの序曲のスケッチなどを基に急ごしらえの劇伴でしのいだという事跡が残っています。
最終的にベートーヴェンの「命名祝日」序曲は1815年12月25日、クリスマスの日にウィーンで初演されました。
タイトルの命名祝日はベートーヴェンが付けたものではなく、ベートーヴェンの死後、先に記した事跡を根拠に別人が「命名」したものです。この序曲はハ長調で書かれていますから、恐らく他のハ長調序曲(例えば「献堂式」序曲)と区別するために付けたタイトルでしょう。
ベートーヴェンの生前、別の機会には「狩の序曲」というタイトルで演奏されたこともあるそうですが、ベートーヴェンの許可を得たものではなく、ベートーヴェン自身が抗議していますから、このタイトルは不適切です。
序曲は壮大、かつ厳粛な序奏で始まります。この序奏部も、上記の命名祝日コンサートで使われた形跡があるようですね。
主部はハ長調の第1主題とト長調の第2主題で構成されています。エグモントやコリオランのような劇的な展開はなく、全体には明るくて軽い雰囲気に包まれているように感じます。この辺が、現在では演奏機会が少なくなっている原因でしょうか。
豪快なコーダ、最後の5小節はフォルティッシシモ fff が登場することに注目。第8交響曲との共通点です。

 

 

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