英国競馬1966(4)
エプサム競馬場のもう一つのクラシック、ダービーの翌々日に行われたオークスです。
牝馬のプレミエ・クラシックは、ダービーとは異なり、話題は今一つ盛り上がりませんでした。本番の3週間前にブックメーカーが出したオッズ上位5頭の中で、実際に走ったのは1頭もいませんでしたし、結果1着から5着までの馬は3週前の有力候補リストには1頭も挙がっていなかった、という惨憺たるもでした。
1000ギニーを制したグラッド・ラグス Glad Rags にはオークスの登録が無く、1000ギニー出走組からオークスに参戦したのは2着のバークレー・スプリングス Berkley Springs 、6着のハイディング・プレイス Hiding Place 、10着のクリスタル・ライト Crystal Light の3頭のみ。因みに当時は追加登録の制度はありませんでした。
ギニー終了時点でバークレー・スプリングスはエプサム向きではないと判断されてたため、3着でフランス馬ミリザ Miliza が取り敢えず5対1の1番人気に挙げられます。しかし移動禁止令の発令で全てはゼロからのスタートとなり、この時点で漸く英国の馬にも注目が集まることになったのでした。
チェスター競馬場のチェシャー・オークスはルカーヤ Lucaya が優勝し、ソフト・エンジェルス Soft Angeld と同じ厩舎(マーレス厩舎)のヴァリナイア Varinia が2着。ルカーヤにはオークスの登録が無く、ヴァリナイアのマーレス師も同馬のエプサム参戦には懐疑的でした。
5月11日、ヨークのミュージドラ・ステークスにはソフト・エンジェルスとルカーヤが登場して注目されましたが、結果はまたもやクラシックに登録の無いオラベラ Orabella が優勝し、ルカーヤが2着。ソフト・エンジェルスは1000ギニーの様なスタートのトラブルは無かったものの3着と敗れ、気性面より能力面に疑問符が付きます。このレースには1000ギニー4着のシー・ライケン Sea Lichen も出走していましたが6着と敗れ、オークス回避が決まりました。
一日置いた13日には大陸の馬に対する移動禁止が決まり、翌14日に行われたリングフィールド・オークス・トライアルはチェシャー・オークスで2着だったヴァリナイアが優勝。この勝利でマーレス師は同馬のオークス参戦を明言し、オッズは6対1が出されます。この時点での1番人気でした。
そして5月16日、遂に「今年のオークスはこの馬!」という中心馬が登場します。それが愛1000ギニーを3馬身差で楽勝したヴァロリス Valoris 。3歳の初戦で初勝利ながら1000ギニー馬グラッド・ラグスを問題にしなかった強さは本物と見做され、オッズは3対1が出されて改めて本命に上がります。
そしてこの直後、今シーズン最大のドラマが起きます。ヴァロリスはジョン・パワーという騎手が騎乗して愛ギニーを制しましたが、オークスではレスター・ピゴットが騎乗することに決定。ピゴットは1955年以来ゴードン・リチャーズの後任としてノエル・マーレス厩舎の主戦騎手を務めてきましたが、オークスでは自厩のソフト・エンジェルスではなくアイルランドのヴァロリスに騎乗することを主張し、マーレス師と決裂することになったのでした。この結果、以後ピゴットはフリーランスのジョッキーとなります。
この年マーレス厩舎はオークスにソフト・エンジェルスとヴァリナイアと2頭の候補がありましたが、ソフト・エンジェルスは結局回避。マーレス師は当然ながらヴァリナイアにピゴットを予定していたのですが、ピゴットはヴァロリスへの騎乗依頼を優先。二人は決裂し、ヴァリナイアにはスタン・クレイトンという若手が騎乗することになります。
この報道により、ピゴットはヴァロリスに相当な自信があると受け取られ、オッズは2対1から更にイーヴンにまで急上昇することになります。
最終的にオークスに出走してきたのは13頭。ヴァロリスの断然本命は揺るがず、11対10の1本被りで1番人気。バークレー・スプリングスが6対1で2番人気に支持されたましが、ハンデ戦に2連勝して挑戦してきたサンドレー Sandray にギャンブル票が集中し、当日になって一気に6対1の2番人気に並びます。続いてはヴァリナイアと、ギニー6着から直行したハイディング・プレイスが100対7で続きました。
スタートからヴァリナイアが逃げ、半ばで66対1の伏兵シャムロック・クイーン Shamrock Queen が落馬。この時点で抑えたまま6番手に付けていたヴァロリスはブラック・ゴールド Black Gold と共に進出を開始し、ゴール前2ハロンで先行するヴァリナイアを捉えると、ここで全ては終了。
連れて上がったブラック・ゴールドが一杯になると、ピゴットは相手を探す余裕。後方から追い込むバークレー・スプリングスだけが大本命の相手と見えましたが、ヴァロリスを脅かすには至らず、ヴァロリスがバークレー・スプリングスに2馬身半差の楽勝でオークスを制します。3馬身差で逃たヴァリナイアが3着に粘り、ボンバザイン Bombazine 4着、ブラック・ゴールドが5着。今年のクラシックでは、オークスが初めて写真判定にはなりませんでした。
レスター・ピゴットはオークス3勝目。管理するヴィンセント・オブライエン師は前年のロング・ルック Lomg Look に続くオークス2連覇で、同じ年に1000ギニーとオークスを別の馬で制したのは20世紀に入って初の快挙となりました。
ヴァロリスはフランスでロベール・フォージェ氏が生産し、銀行家で実業家でもあるチャールズ・クロア氏が購入した鹿毛馬。父はイタリア・セントレジャーのティツィアーノ Tiziano で、ヴァロリスはティツィアーノの初年度産駒に当たります。
2歳時は2戦して未勝利。3歳初戦の愛1000ギニー、2戦目に英オークスとクラシックを連勝しましたが、勝鞍はこの2鞍だけで終わります。
愛オークスは固い馬場に悩まされて10頭立て5着(ライアン・ワード騎乗)に終わり、秋はフランスで2戦。ヴェルメイユ賞と凱旋門賞は何れも着外で、明らかにピークを過ぎていました。
そのまま引退して繁殖牝馬となりますが、母としても成功し、娘のヴァンセンヌ Vincennes は愛オークスで2着、ヴァルズ・ガール Val’s Girl も英オークスで2着。私が初めて英国競馬を観戦した年のオークスはピゴット騎乗のジュリエッタ・マーニー Juliette Marny が鮮やかに内から抜けて楽勝しましたが、その時の2着がヴァルズ・ガールでした。ヴァルズ・ガールはカドラン賞に勝ったル・ミラクル Le Miracle の4代母でもあります。
更に年代を下り、1982年生まれの娘サヴァンナ・ダンサー Savanna Dancer がデル・マー・オークスに勝ち、アメリカで繁殖牝馬としても成功しています。
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