ひまわりの郷 第5回ライジングスター・シリーズ

2月の最終日、予定していなかった演奏会に参加してきました。当初は聴くだけのつもりでしたが、珍しい作品が聴けたり、何より演奏が素晴らしかったので、記録のために記事を更新しておきましょう。
京浜急行の上大岡駅に隣接しているウィング上大岡4階、港南区民文化センター「ひまわりの郷」で行われた以下のもの。このホールと横浜楽友会が主催する若手音楽家を紹介するシリーズのようです。

「水谷晃 & 日橋辰朗」ドイツ・ロマン派の音楽
シューマン/ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調 作品105
ラインベルガー/ホルン・ソナタ変ホ長調 作品178
     ~休憩~
ブラームス/ホルン三重奏曲変ホ長調 作品40
 ヴァイオリン/水谷晃
 ホルン/日橋辰朗
 ピアノ/加藤洋之

何から書き始めるか迷いますが、先ず上大岡。
現在は横浜市営地下鉄も乗り入れている同駅ですが、ここは昔から京浜急行が止まる横浜市でも有数な生活拠点。子供の頃は親戚の家が八津坂(現在は能見台と改名)にあって、毎年夏になると海水浴と昆虫採集を目的にせっせと京急を利用したものでした。
当時は横浜を過ぎると辺りは竹藪とセミの大合唱しか無いような田舎で、通過点の上大岡にも自然の臭いしか記憶に残っていません。ひがなオオムラサキやギンヤンマを追いかけ回していたものです。

ということで、上大岡に降り立っても近代都市が広がるばかり、記憶の引出しを叩いても何も出てきません。
実は「ひまわりの郷」というホールは初めてではなく、大分以前に小川典子のリサイタルを聴いたことがあります。私がブログなどを始める以前のことで、少なくとも10年以上は経過しているでしょう。ホールのホームページで検索できるアーカイヴは2006年以降で、そこには記載が無いので、2005年以前のことだったと思われます。
ウィング上大岡が出来たのが1996年10月ですから、私が前回聴いたのは今世紀の変わり目前後だったでしょうか。その時は「沈める寺」の轟音が鳴り響いた直後に携帯電話の音が鳴り出し、しかめ面をした記憶があります。

横浜で京急に乗り換え、拙宅からは40分程度で上大岡着。ウィング4階にある受付からホールまでは、階段かエレベーターで更に上を目指します。一度来ている筈なのに、何も思い出せません。
ホールに入ると座席はかなり急な階段で、座席の列がアイウエオ順に並びます。客席からは舞台を見下ろす印象で、2階席も含めて381席。この風景には見覚えがあり、小川は1回のやや後方で聴いたことを思い出しました。
舞台から後方座席に向かって伸びる階段がやや高いのが特徴。私は未だサクサクと登れますが、この日は杖持参の年輩諸氏も多く、上り下りは難儀そう。この辺りに時代を感じさせ、ホールの課題かと思われます。
演奏開始前に、左右に分かれた案内嬢が“携帯電話の電源はお切り下さい”と触れて回ります。それが終わると同時に携帯がプルプルプル~~と鳴って、全員苦笑。余程携帯電話と縁のあるホールなのでしょうか、電波防止設備も導入した方が良さそう。

ホールの響きそのものは、適度な残響を伴って心地良いもの。今回私に回ってきたのは「キ列」の左端でしたが、室内楽を聴く分には過不足の無い響きでした。客席が舞台より低くなっている最前列辺りではどう響くのでしょうか。案外2階は、音が昇って良くブレンドされるかも知れませんね。
さて今回の演奏会は、ライジングスターと銘打たれているように、これから更に活躍が期待される若手音楽を紹介して行くシリーズ。今回が第5回目だそうで、もちろん私は初体験。
ヴァイオリンの水谷は、群響のコンマスを経て現在は東京交響楽団のコンマス。一方ホルンの日橋(にっぱし)は日フィルの首席から読響の首席に転身したばかり。私は両オケでその妙技を楽しんできました。二人を支えるピアノの加藤は、室内楽では欠かせない中堅クラスの名人と言えるでしょう。

プログラムには「プロデューサーから」と題した演奏家のプロフィールと曲目解説が挟まれており、これが肩の凝らない読み物となっており、内容も真に判り易く簡潔。
これによると、2年前に行われた名曲でありながら普段演奏されることの少ない曲の演奏、という企画の第2弾でもある由。ドイツ・ロマン派の中でも最盛期に属する(演奏されることの少ない)作品が選ばれていて筋が通っています。
今回の3曲は、ライジングスターという演奏会のもう一つの柱とも繋がりがあり、その意味でも楽しめるコンサートでした。

最初のシューマンは、二つあるヴァイオリン・ソナタの内では先に書かれたもの。3楽章構成で、特に後半の二つの楽章は如何にもシューマンと言った感じの幻想味溢れる楽趣が魅力。水谷も巧く、爽やかな音楽性が素晴らしい。特にフレーズの最後をキチンと閉じるので、楽曲が活きるのです。
シューマンのヴァイオリン・ソナタと言えば、丁度1年前にも都内某所で若手の演奏で2番を聴いたことがあり、その時も作品のカッコ良さが話題になっていましたっけ。

続くラインベルガーはかなり珍しい部類に属するでしょう。ブラームスより6歳年下のリヒテンシュタイン出身の音楽家ですが、シューマンとブラームスに比べれば知名度は低い作曲家。
そのプロフィールと作品は平井氏が解説されていますが、ここに書かれていないことを若干付け加えれば、ラインベルガーは7歳でピアノを公開演奏したという早熟の天才。同じ7歳で生地の教会のオルガニストに指名され、翌年にはミサ曲を作曲したというのですから、正に当時のライジング・スターだったわけで、天才度では二人を上回っていたのかもしれません。

また作曲の教師としても実績があった人で、平井解説ではフンパーディンクとヴォルフ=フェラーリが挙げられています。他にチャドウィックなどアメリカの黎明期を担った作曲家たちも教えていますし、何よりその生徒の中に後の大指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーがいたことに大注目。
ラインベルガーは、同様にライジングスターだったフルトヴェングラーの師でもあり、そのホルン・ソナタを日本を代表するホルニストになるべき日橋が堂々と演奏する。ブラームスの影響が大きいと言われるラインベルガーのホルン・ソナタは、聴いた印象ではシューマン風の感性の方が勝っているように聴かれました。

最後のブラームスも、またシューマンを訪ねたのが20歳の時。師シューマンこそライジングスターたちを積極的に紹介した評論家でもあった人で、ブラームスこそそのスターの代表選手でしょう。
ベートーヴェンを意識する余り、若きブラームスは敢えてベートーヴェンが傑作をモノにしていない分野の作品を積極的に書いてきました。ホルン三重奏曲もその一つで、ベートーヴェンの影を意識することなく自由に発想を広げられた佳曲。今回の演奏では、特に第3楽章の深い抒情を湛えた表現が真に素晴らしく、名演でした。

比較的時間の短いコンサートの後は、アンコール。ヴァイオリンの水谷は雄弁なタイプのようで、そのアンコールに付いても詳しく紹介してくれました。
この3人で演奏出来る編成の作品はほとんどなく、加藤氏によればリゲティにホルン・トリオがあるとのことですが、とてもアンコール向きじゃありません。ブラームスから何処かの楽章をもう一度という選択もありますが、何か別の物をということで決まったのがワーグナーの「アルバムの綴り」。
ワーグナーにはアルバム・ブレッターという作品がいくつかありますが、ここで紹介されたのはメッテルニッヒ侯爵夫人のアルバムに作曲したものを、バイロイト音楽祭でコンマスを務めたヴィルへルミがヴァイオリンとピアノに編曲したもの。それを更に加藤がピアノ・パートをホルンにも振り分けたという極めて美しい珍品で、恐らくこれが世界初演だったのじゃないでしょうか。

改めて思ったのは、水谷にしても日橋にしても、若き実力者たちがオーケストラのメンバーとして中心的な活躍をしている日本オーケストラ界のレヴェルの高さ。そして、若い二人をサポートするヴェテラン加藤の存在も忘れてはなりません。
私の周りにも「最近は音楽家のレヴェルが低下している」と論ずる音楽評論家がいますが、彼等は何を聴いているのでしょうか? そうした懐疑派にこそ聴いて貰いたい、そんなハイ・レヴェルの室内楽でした。

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