サルビアホール 第40回クァルテット・シリーズ

師走目前にして冷たい雨が降り続く首都圏、シッカリとコートを着込み、躰を暖かくして鶴見のサルビアホールに出掛けます。この日のコンサートを聴けば、躰だけでなく心も温かくなるだろうという期待も込めて。
そう、2年半振りに彼等に会えるのですよ、シューマン・クァルテットに・・・。

一昨年の2月、鶴見に衝撃が走りましたね。初めて接したシューマン3兄弟を核にした若手のグループは、ハイドン・ヤナーチェク・シューベルトというプログラムを引っ提げ、圧倒的な音楽を披露してくれました。その時の感動は当時の日記を見て下さい。
読み返してみると、「3年後が楽しみ」と書いてありましたっけ。それより早く再会できたのは、やはり世界が認めるペースがもっと速かったということかも。
彼等のプロフィールは前回詳しく紹介しましたので、2012年2月以降の主な出来事を拾うと、

帰国した8月には最初のCDを録音しています。そう、前回は未だ市販されているCDが無く、会場では長兄エリックのソロ盤のみが展示されていましたっけ。
前回はシューベルト&現代音楽コンクールに優勝した直後でしたが、これに続いて2013年にはボルドー国際弦楽四重奏コンクールに優勝しました。
バンフのコンクールにも出場したようですが(この時のビデオがユーチューブで見れます)、どうやらこの頃にヴィオラが現在のエストニア出身、リザ・ランダル Lisa Randalu に交替したみたいです。
今年の1月には公式ホームページを立ち上げましたが、ここでは金髪のランダル嬢がアップされています。以下

http://www.schumannquartett.de/

この秋にはユルゲン・ポント財団の室内楽賞受賞が発表されたばかりで、これに伴うツアーが受賞のご褒美にもなっているようですね。
今回はリリースされたばかりというCD第2弾をドイツから持ち込んでの日本ツアー、鵠沼から始まり昨日は鶴見、このあと名古屋・埼玉を回って最後に晴海でも演奏会が予定されています。
さて鶴見のクァルテット・シリーズの曲目は、

モーツァルト/弦楽四重奏曲第21番ニ長調K575「プロシャ王第1」
ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏曲第1番ハ長調 作品49
~休憩~
シューマン/弦楽四重奏曲第1番イ短調 作品41-1

改めてメンバーを書いておくと、ファーストがエリック・シューマン、セカンドはケン・シューマン、ヴィオラは今回からリザ・ランダルに替り、チェロが末っ子のマーク・シューマン。
一昨年は右端にヴィオラが座っていましたが、現在はヴィオラとチェロを入れ替え、チェロが右端に座る形に代わっていました。

しかし音楽は変わりません。チョッと見ると目玉が無いようなプロ、1番繋がりと言えなくもないけれど、普通の意味で言う「1番」とは大分趣を異にした1番を三つ並べたもので、中々に通好みの選曲とも感じます。
最初のモーツァルトは、既にハイドン・セットを書き上げた後の作品で、チェロを弾くプロシャ王のために慌てて書いたもの。これまでモーツァルトにしては若干インパクトに欠ける曲だと聴いてきました。

ところがシューマンQに掛かると、これが豹変。冒頭の透き通ったテーマに続き、7・8小節目の付点4分音符+8分音符の3連音のリズムが鋭くも快く耳に突き刺さります。そして25小節のフォルテからは突然音楽が生き生きと躍動し、単なる4声部の作品から大きなドラマが生まれていくのでした。
ソット・ヴォーチェのアンダンテも、何と気持ちの入った歌であることか。メヌエットとトリオの表情付けが微妙に変わり、踊りの楽章が予想を超える立体的な音楽に生まれ変わって行く。
モーツァルトが書き残したのはインクを紙に書き付けた譜面でしかありませんが、これに命を吹き込むのは演奏家の仕事である、ということを改めて強く意識させてくれるのがシューマン・クァルテットと言えるでしょう。

続くショスタコーヴィチも同じ。高名な第5交響曲を書いた後で漸く弦楽四重奏に手を染めたショスタコーヴィチ、1番とは言いながら内容は相当に複雑と考えるべきでしょう。
「春」というタイトルで呼んでも良いと作曲家自身が言ったとかで、比較的大人しい演奏が目立つ1番ですが、やはりシューマンはもっと深く読み込んでいる、と聴きます。
特に第1楽章から休みなく続けた第2楽章は、pp と ff の振幅を大きめに取り、如何にも暗示的。たった一人(ヴィオラ)で歌われる冒頭の革命歌風の主題が、後半でチェロとセカンドという二人の同士を加えて再現する直前、チェロのピチカートが何とも意味深に鳴り響きます。「春」とは、ショスタコーヴィチ一流の皮肉ではと思わせる名演。

最後のシューマン。これまたプログラムの最後に置かれるにしては余りにも個人的な日記の様に聴こえてくる音楽ですが、シューマンが四重奏を纏めて書いたのは32歳の「室内楽の年」。所謂若書きではなく、ベートーヴェンのスコアを深く読み込んでいたことが推測できるような演奏でした。
スケルツォの第2楽章、タカタッ、という p のリズムで開始されますが、次のタカタッ、にはクレッシェンドの指定。そして mf となって本格的にテーマに入りますが、シューマンQの2度目のタカタッ、には驚かされました。主題が遠くから近付いてきて、直ぐに本性を現すかのよう。ここをこんなに活き活きとした表情で聴いたのは、初めてかも知れません。
思わず第9の痕跡を聴いてベートーヴェンを意識するシューマンを思う第3楽章を経て、威勢の良いハ長調のプレストに入りますが、これは第4交響曲フィナーレの弦楽四重奏版でしょう。コーダ直前でイ長調に転調し、静かにコラールが奏される個所も、真に印象に残る演奏。最後にシューマン? という疑問は完全に晴れましたね。

やや短めの3曲が終わり、待ってましたのアンコール。前回は日本人ヴィオリストの挨拶で「浜辺の歌」を演奏しましたが、今回はエリック君が一言。ドイツ人の父と日本人の母を持つ彼、完璧な日本語で、
“日本は皆が本当に暖かく接してくれます。世界でも特別な場所で、また来て演奏したい”--ここで拍手--“今日は会場に特別なゲストをお招きしています”ということで、これまでヴィオラのメンバーだった後藤綾子さんを紹介。彼女のために、ということでハイドンの「ラルゴ」から文字通りラルゴの第2楽章がプレゼントされました。
何とも素晴らしいサプライズ。私はこのラルゴこそハイドンの最高傑作と考えていて、このアンコールは本当に涙が出るような素晴らしい贈り物。それはケン君の表情を見ても、単なるアンコールじゃないことが判る程でした。

以上で鶴見は終わりましたが、日曜日には晴海で次のコンサートが待っています。アンコールでサワリを弾いたハイドンにアイヴスとベートーヴェンの131。もちろん私も行きますよ。次も、その次も、そのまた次も、シューマンQが来るなら何処までも行っちゃいます。

最後に上記ホームページ、ここでも彼らのコメントが「ドイツ語」で聞けます。恐らく2枚目のCDを録音したヴッパータールの教会での収録でしょう。モーツァルトの595等のリハーサルを見ることが出来ますので是非に。
また彼らの第一弾のCD、これにはベートーヴェン、バルトーク、ブラームスが収録されていますが、これは後藤綾子さん時代の録音です。独Ars 盤ですからNMLでも聴けますが、DSD方式の録音が超優秀なので聴きもの。ブラームス(第1番)の終楽章など録音であることを忘れて聴き入ってしまいました。同曲のベストCDに挙げましょう。

 

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