日本フィル・第678回東京定期演奏会
2月は恒例の九州ツアーだった日フィル、2か月ぶりに東京定期を聴いてきました。3月の指揮者は横浜も併せて広上淳一。現在同オケの肩書はありませんが、かつては正指揮者として数々の名演を繰り広げた仲、今も定期的に日フィルの指揮台に登場しているのはご存知の通り。
2015-16シーズンに取り上げたのは、実に10年振りとなる日本フィル・シリーズの新作を超名曲のシンフォニーで挟んだサンドウィッチ・プログラムです。
シューベルト/交響曲第7番ロ短調D759「未完成」
尾高惇忠/ピアノ協奏曲(日本フィル・シリーズ第41作)(世界初演)
~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第5番ハ短調作品67「運命」
指揮/広上淳一
ピアノ/野田清隆
コンサートマスター/木野雅之
フォアシュピーラー/千葉清加
ソロ・チェロ/菊地知也
今回は新作の世界初演とあって、いつもは土曜日・定期二日目にだけ行われているプレトークが金曜日にも開催されると訊き、いつもより早目に家を出ます。
個人的な意見ではプレトークは毎回行う必要はないと考えますが、やはり新作の初演、滅多に演奏されない作品を紹介するとき、演奏者が強い思い入れを込めたプログラムを披露するときなどは、聴き手に資するという意味からも行うべきだと考えます。
その意味では、私が知っているオーケストラでは日本フィルの取り組みが最も熱意ある姿勢と思慮しますがどうでしょうか。
ホワイエに入ると先ず目に付いたのが、数基設置されていたフラワースタンド。何事かと思って近付いてみると、「湘南学園同窓会」からのもの。改めて出演者の顔ぶれを見ると、作曲家の尾高、指揮者の広上、ソリストの野田3氏は何れも湘南学園の卒業生なんですね。
ネットでより詳しく検索すると最年長の尾高氏は第10回の卒業生、以下広上氏は25回、野田氏が37回と、プログラムにも掲載されていたように「同じ釜の飯を食った」3人によるコンサートでもあったワケ。プレトークの中で尾高氏も触れていたように、今は無い同学園の音楽コースを担当されていた名教師・小川尚子先生の息が掛かった教え子たちの競演の場でもありました。
広上氏はその後東京音大でも尾高氏の弟子でしたし、野田氏は尾高氏のピアノ・ソナタを初演するという卒業後の縁でも結ばれています。
ということで第678回定期、最大の聴きモノは新作のピアノ協奏曲でしょう。日本フィル・シリーズはこれまでに40作、直近の野平一郎作品(オーケストラのための「トリプティーク」)が初演されたのが2006年7月、第582回定期でのことでしたから、実に10年振りの新作となります。
私が実際にこのシリーズの初演を聴いたのは第14作、松村偵三の交響曲(1965年6月)からですから、その半分以上の初演に立ち会うことが出来ました。もちろん全てが傑作だったとは言えませんが、このシリーズから生まれ、日本のオーケストラ界にレパートリーとして定着した作品は少なくありません。現在では下野竜也を中心として再演シリーズも定着しています。
今回の尾高惇忠氏は、日フィル・シリーズは初登場。今回はかねてから書きたかったというピアノ協奏曲を模索中に日フィルからの委嘱が舞い込んだ由。産まれるべくして誕生した大作と言えそうです。
全体は明確に区切られた伝統的な3楽章構成で、演奏時間は30分ほど。プログラムに紹介された楽器編成だけでも転記しておくと、
独奏ピアノ、フルート2(ピッコロ持替1)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2(コントラ・ファゴット持替1)、ホルン4、トランペット2、トロンボーン2、バス・トロンボーン1、テューバ1、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、シンバル、タムタム、トムトム、ウッドブロック、グロッケンシュピール、シロフォン、ヴィブラフォン、マリンバ、ハープ1、チェレスタ1、弦5部。
となります。見て判るように、多数の打楽器を別にすれば、標準的な2管編成。特殊楽器などは登場せず、現在の通常スタイルのオーケストラであれば標準装備で演奏可能。これって作品の普及には重要なことで、実際この新作は7月に札響定期でも演奏される予定になっています。
札幌の再演は清水和音の独奏、指揮は作曲者の弟でこれまた湘南学園の卒業生でもある尾高忠明の手に委ねられる予定。私が聴いた金曜日の世界初演では、尾高忠明夫妻も聴衆の一人として参加されていました。正に湘南学園クァルテット。
作品は冒頭から「傑作」の雰囲気充分。ゲンダイオンガクに有り勝ちな奇を衒った技法に頼ることなく、重厚で伝統的な形式感を漲らせた「聴き易い」現代音楽と聴きました。
第1楽章では様々なモチーフが次々に登場し、如何にも高度な技巧を要求しているであろうソロ・パートと、重厚な管弦楽がスリリングな対話を交わします。冒頭のフレーズが楽章の最後で再登場する所など、作曲家が意識したであろう構成感を確認させるのに十分。
第2楽章はピアノ・ソロとクラリネットの対話から始まる抒情的な楽章ですが、カデンツァを挟んで暗く重いオーケストラの響きが炸裂。ピアノの超低音が轟音を響かせる場面が特に印象的。
5拍子を主体にした第3楽章はトッカータ的な性格を保持し、変拍子の乱舞には手に汗を握ります。第2楽章のカデンツァがチラリと再現し、作品はクライマックスに。
時にバルトークを連想させる充実した協奏曲は、新たな名曲の誕生を実感させてくれました。自身で譜捲りをしながらの大熱演を披露した野田、オケを確実にドライヴして一歩も譲らぬ広上。二人の作品に掛ける情熱が、先輩尾高の新作をより高みへと引き上げていたことは間違いないでしょう。
個人的な感想ですが、題名に「ピアノ協奏曲」という正攻法のタイトルを付した日本人作品では矢代秋雄、松村偵三の第2番と並び、尾高作品は「三大ピアノ協奏曲」と評価して良いのではないか。もう一度聴きたい、と強く感じた日本フィル・シリーズの新作でした。
因みに、「ピアノ協奏曲」というタイトルを持つシリーズ作品は、意外なことにこれが最初でしょう。
今定期は尾高作品の初演がハイライトでしたが、両端に置かれた運命・未完成も往年はLPの定番カップリングだった2曲。とかく現代音楽の演奏会と言えば「現代音楽オタク」だけが集まって何となく終わってしまう、という傾向に配慮した広上の選択とのこと。
普通に名曲を聴いていればそれで充分と言う定期会員にも、新しい作品を味わってもらおうという選曲でもありました。
シューベルトとベートーヴェン、いつもの様に広上のアプローチは極めてオーソドックスで、正攻法。流行のベーレンライター版を使って奇抜な解釈を披露したり、極端なテンポで度肝を抜いたりする解釈は一切ありません。
それでいて名曲を堪能した、という聴後感を味あわせてくれるのが広上マエストロのマジック。若干遅めの第1楽章と、逆に速目のテンポを採って作品そのものの歌心を十二分に弾きだしたシューベルト、丁寧にフレーズを歌い切り、ジワジワと高揚感を高めたベートーヴェン。
両曲とも繰り返しは全て実行し、演奏時間の上からもお腹一杯、御馳走を満腹した定期でした。
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