読売日響・名曲聴きどころ~08年4月

 新シーズンの聴きどころを始めます。既に番外編をやっちゃいましたが、本来はこれが第一弾。4月は首席指揮者スクロヴァチェフスキ尽くしですね。楽しみです。
ということで名曲シリーズはロシアの名曲2本立て。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」とストラヴィンスキーの春の祭典です。
チャイコフスキーの悲愴、日本初演は、
1921年(大正10年)5月7日 奏楽堂 G.クローン指揮・東京音楽学校
日本のオーケストラ定期での初登場は、
1927年2月27日 日本青年館 ヨゼフ・ケーニヒ指揮・新交響楽団(現N響)第2回定期演奏会
オーケストレーションは、
フルート3(3番奏者ピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器2人、弦5部。打楽器は、大太鼓、シンバル、タムタムです。

                                       楽譜3 019

これはチャイコフスキー最後の交響曲ですし、初演から間もなくチャイコフスキーが亡くなってしまいましたから、いろいろ言われていますね。「悲愴」というタイトルも実しやかに語られていますが、自身は「死」を意識して書いたわけではないでしょう。
「悲愴」というタイトルは後世が作ったわけではなく、確か弟のモデストが名付けたんでしたよね。チャイコフスキーの求めに応じて、という。
ところでパテティック Pathetic (悲愴) とフランス語で呼び習わしていますが、ロシア語の Patetichesky パテティチェスキーというのは、悲愴というよりも、情熱的・感情的という意味だそうですね。チャイコフスキー自身、最初の提案だった Tragic トラジック(悲劇的) というタイトルは拒絶しています。これは注目してよい事実だと思うのですが・・・。
さて聴きどころ、今更という感じですが、順を追って気が付いたことを列記していきましょう。
第1楽章。
ゆっくりした序奏の後、分割されたヴィオラとチェロに第1主題が出ます。ここは俗に「ヴィオラ殺し」と呼ばれていて、静寂な中、アンサンブルをピタリと合わせねばならず、極めて緊張する場面です。実際にヴィオラ奏者が緊張のあまり心臓発作を起こしたという実例もあったそうです。
あまりプレッシャーを感じるのはどうか、とも思いますが、最初の聴きどころでしょう。
次いで極めて有名な、美しい第2主題が登場します。この歌わせ方も大変な聴きどころだと思いますが、注目点としてよく取り上げられるのはこの部分の最後ですね。クラリネットのソロがピアノ5つの最弱音に沈み、ファゴットが更にピアノ6っつで4つの音を呟くところ。
ここ、ほとんどの演奏ではバス・クラリネットが吹く習慣になっています。冒頭のオーケストラ編成には登場していないバスクラリネット、2番クラリネット奏者がこの楽器を持ち込んで吹くのですね。
聞く所によると、オリジナルのファゴットでは pppppp を出すのは難しく、何時誰が考えたのかは判りませんが、バスクラ代演が浮上してきたようです。
もちろん楽譜通りファゴットで演奏させる指揮者もいます(読響では、阪哲朗がそうでした)が、スクロヴァチェフスキはどちらでしょうか、注目したい所です。
第2楽章。
珍しい5拍子ですが、ワルツの変形と言ったらよいでしょうか。中間部を挟んだ三部形式。その中間部、ティンパニとコントラバス、ファゴットが「二」音を叩き続けるのが印象的ですね。まるで弔いの鐘のよう。
さて解説書によると、この楽章が、5拍子で書かれた音楽の珍しい例として挙げられることが多いのですが、ロシア音楽には5拍子は普通に出てきます。私は楽譜を見たことがないのですが、グリンカのオペラなどにも登場するそうですしね。
交響曲という分野に目を向けても、チャイコフスキーの第6交響曲(1893)以前に、リムスキー=コルサコフが交響曲第3番(1874、1886年改訂)で使っています。この第2楽章・スケルツォの主部は、終始4分の5拍子で書かれているのですね。チャイコフスキーよりずっと速いテンポですが。
更にボロディンの第3交響曲(1886)も挙げられるでしょう。これは未完成に終わったのですが、ボロディンの死後、グラズノフによって完成されました。この未完成交響曲はシューベルトと同じ2楽章だけですが、5拍子はスケルツォの第2楽章。こちらは8分の5です。ボロディン第3は、ロジェストヴェンスキーが読響でも演奏していますから、お聴きになられた方も多いでしょう。
以上、交響曲における5拍子はロシアでは普通、とは言わないまでも、例がないわけではなく、チャイコフスキーが最初なのではありません。
第3楽章。
ここは勇壮なマーチですね。ただし8分の12拍子が主体です。最後には大太鼓とシンバルも登場し、圧倒的な終結感を与えてしまいますね。この楽章が終わると拍手が起きてしまうことを何度も経験しています。
特に、クラシック音楽のコンサートに行き慣れていない聴衆が多いコンサートでよく起きます。しかし例えば、ベルリン・フィルの定期、カラヤンがこの曲を初めてベルリンの聴衆に披露したときは、第3楽章が終わった後で盛大な拍手が起きてしまいました。カラヤンはそれを渋々制して第4楽章を開始したのです。
かように、クラシック音楽のメッカとも言えるような聴き手の揃ったコンサートでも拍手が起きてしまう第3楽章。仕方がないのかもしれませんが、出来れば拍手は控えた方が良いと思います。
第4楽章。
何と言っても冒頭でしょう。メランコリックで美しい第1主題が弦楽器で歌われます。ここ、多くの解説書で指摘されていますが、メロディーそのものは第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが交互に受け持つように書かれているのですね。上手く説明できませんが、楽譜を見ていただくと良く判ります。耳で聴く印象と、目で見る実際の音符がまるで違います。
対抗配置、という並びでここを演奏すると、この感じはより明確に伝わるかも知れません。スクロヴァチェフスキ氏、どのようにこの旋律を歌わせてくれるのか楽しみです。
尤もこの主題、後で登場する際にはこのような手の込んだ書き方ではなく、普通にヴァイオリンがメロディー・ラインを演奏していくのですね。あくまでも最初の提示のときだけ。
もう一つ、最後のタムタム(ドラ)。この曲でドラが使われるのは最後の場面だけ、しかもピアノで微かに打たれるのです。いかにも意味深長、正に悲愴交響曲を象徴するような名場面ですね。
意外なことに、このタムタム、スコアには ad libitum と書かれています(第4楽章の最初、楽器編成の表示のところ)。アド・リブ、即ち無くても演奏可能、ということなんですが、これを指摘した解説、私はまだ見たことはありません。もちろんタムタム抜きの演奏というのも聴いたことがありません。

                                         楽譜2 020
以上、思いつくままに私的聴きどころを挙げてみました。皆様は如何ですか。

 

続いて「春の祭典」。日本初演はこれです。
1950年9月21日 日比谷公会堂 山田一雄指揮・日本交響楽団(現N響)。これも翌日演奏されています。

 

「春の祭典」、日本では「ハルサイ」と呼ばれていますが、欧米では「サークル」と愛称することが多いようですね。フランス語の「祭典」。Le sacre du printemps ル・サークル・デュ・プランタンですね。ロシア語では「ヴェスナ・スヴィアシュシェンナヤ」と言います。舌噛みそう。
さてこれも版がいろいろありまして、そのことを最初に紹介しておきます。実は混乱していて私にも良く判らないのですが、出版順に並べると以下の通りです。
1921年 初版(ロシア音楽出版所)
1929年 訂正版(ロシア音楽出版所)
1943年 いけにえの踊りの改訂版(AMP)
1947年 改訂版(ブージー)実際には誤りを訂正したもの
1965年 上記を更に訂正したもの(ブージー)
1967年 単に版を組み替えたもの(ブージー)
2000年 批判校訂版(クリントン・ニューウィグ校訂カーマス)
最も多く録音されているのが1947年版でしょう。初演者モントゥーやアンセルメが拘ったのが1929年版でしょうか。現物を見比べたことが無いので詳しいことは判りません。私がいつも見ているのは1947年版。

                                    楽譜3 020

最近では2000年のクリティカル・エディションが使われるのではないかと思います。特にそのことを謳ったコンサートやレコードはないようですが、新しい指揮者は新版に触れる機会が普通なのじゃないでしょうか。スクロヴァチェフスキはどうするのでしょう。尤も暗譜で振られるでしょうから、如何なるスコアを使用するか傍目では判りませんね。
編成は書くのもいやになりますが、折角だからやって見ましょうか。
フルート5(3番奏者は第2ピッコロに持替、4番奏者は第1ピッコロに持替、5番奏者はアルトフルートに持替)、オーボエ5(4番奏者は第2イングリッシュホルンに持替、5番奏者は第1イングリッシュホルンに持替)、クラリネット5(2番奏者は第2バスクラリネットに持替、3番奏者はSクラリネットと1番バスクラリネットに持替)、ファゴット5(4番奏者は第2コントラファゴットに持替、5番奏者は第1コントラファゴットに持替)、ホルン8(7番・8番奏者はワーグナーチューバに持替)、トランペット5(4番奏者はバストランペットに持替)、トロンボーン3、チューバ2、ティンパニ2、打楽器4人、弦5部。打楽器は大太鼓、タムタム、トライアングル、タンバリン、ギロ、シンバル、クロタル(アンティックシンバル)。
あぁ草臥れた。間違っていたら誰か訂正してくださいね。
聴きどころなんて捜す時間もありませんが、基本には民謡素材がありますね。初演のときは大変なスキャンダルになったそうですが、それは成功の証。現在では耳に快いと感ずるまでになっています。それは民謡素材がベースにあることと無関係ではないと思います。
変拍子が有名で、特に最後の「いけにえの踊り」は有名です。これも後世の研究では計算づくなのだそうですね。皆さんも法則を見出して暗誦してみては如何でしょう。頭の体操になります。これが聴きどころかな。
レコードはいやと言うほど出ています。各自お好みの演奏で、暗譜するまで予習してください。

 最後にスクロヴァチェフスキの指揮ということで、一言触れておきましょう。

 
立風書房から出版されている「オーケストラ、こだわりの聴き方」(金子建志編)という書物、その153ページにスクロヴァチェフスキ指揮の「春の祭典」に関する隠し技が紹介されています。
金子氏の解説では、「いけにえの踊り」後半の練習番号190で、弦の一部をピツィカートではじかせている、とあります。スクロヴァ氏がストラヴィンスキーから“ここを一度ピツィカートでやってみたかった”と聞いたのが根拠だそうな。
実例として挙げられているCDは、キングから出ているN響とのライヴ盤。このときはピツィカート版で演奏しているようですね。私はこの音源を持っていませんので、確認していません。
ただ、かつてミネソタ管弦楽団と録音したヴォックス盤では、オリジナルのスコア通り、弦はアルコ(弓で弾く)のままです。
今回はピツィカートかアルコか。スクロヴァチェフスキはその時々によって細かい指示を変更するようですから、ここを聴きどころとして注目するのも一興でしょう。
楽譜を見ていない方、問題の箇所は、最後の最後、変拍子が交錯し、いやが上にも興奮が高まっていく場面です。ここで弦楽器がピツィカートで弾く箇所があるか否か、目で見て確かめて下さい。オリジナルではピツィカートは出てきません。

 

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