読売日響・名曲聴きどころ~08年6月

 6月名曲のプログラムも、定期と共通したコンセプト。即ち、メインにロシアの大曲交響曲を据え、前半は共通したテーマを持つ2曲を並べる、というもの。前半の共通項、チョッと苦しいかも知れませんが、「子供」ということになりましょうか。
最初の作品、ドヴォルザークの交響詩「真昼の魔女」はかなり珍しい部類に入りますね。日本初演の記録を探してみましたが、何処にも見つかりませんでした。
オーケストラ編成はこんな具合です。
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、バス・クラリネット、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器3人、弦5部。打楽器はトライアングル、シンバル、大太鼓と鐘が使われます。鐘がミソ。    
                                   楽譜6

さてドヴォルザークの交響詩が演奏される機会はそうあるものではありません。交響曲を9曲書き終えた後、ドヴォルザークが力を注いだのが交響詩とオペラでした。私の予想では、この二つのジャンル、将来はもっと頻繁に取り上げられるようになるのではないでしょうか。その作風はかなり斬新な方向に変化し、後期ロマン派を先取りしたような響きが聴かれます。
私としては、6月の名曲シリーズ最大の聴きものが、この「真昼の魔女」です。で、聴きどころですが、貴重な機会ですので、アナリーゼ風に作品を紹介しておきましょう。
ドヴォルザークは晩年、ボヘミアの詩人エルベンのバラードを題材に交響詩を連作しますが、「真昼の魔女」はその2番目。内容はかなり不気味なもので、ボヘミアに伝わっている魔女伝説がテーマだそうです。
全体は10数分の短いもの。単一楽章ですが、四つの部分に分けられ、あたかも交響曲の4楽章のようにバランス良く構成されています。音楽はストーリーに添って描写風に書かれていますから、構成が理解できれば、とても解り易い音楽と言えるでしょう。
① 1小節~251小節  アレグレット 交響曲の第1楽章に相当。
② 252小節~311小節 アンダンテ・ソステヌート・エ・モルト・トランクィロ 交響曲の緩徐楽章に相当。
③ 312小節~456小節 アレグロ 交響曲のスケルツォに相当。
④ 457小節~500小節 アンダンテ 交響曲のフィナーレに相当。 
①では母親が食事の支度をしています。のどかな牧歌風音楽。子供が傍で遊んでいますが、オモチャの鳥の笛を吹くと、母親は “うるさい!” と子供を叱ります。笛はオーボエで、タタタターという音が何度も出ますから、直ぐに判ります。また母親の叱る様子も、まるで “タタタター、ってうるさいね。静かにおし、でないと魔女に連れてってもらうよ” と言っている台詞ソックリに描写されます。「魔女」という言葉が出るところで、クラリネットとファゴットがいかにも、という感じで「魔女の主題」を出します。
よ~く聴いて下さい。子供が泣き喚いた後、大人しくなる様子もバッチリです。
これが繰り返されますが、最後にはトロンボーン、チューバ、チェロとコントラバスが不気味な音で魔女の登場を暗示します。ここから②
②は魔女と母親のやり取りです。弱音器を付けたヴァイオリンが、靄が立ち込める様子を描く中、バス・クラリネットが近付いて来る不気味な魔女を見事に音にしています。
クラリネットとファゴットが “子供を渡せ” と迫る魔女の台詞。①で出た「魔女の主題」の変奏ですね。トランペットが更に威圧するように母と子に迫ります。“どうかそれだけは勘弁して下さい” と子供を必死に抱きしめて嘆願する母の台詞はヴァイオリンの切々としたメロディー。
③は魔女の踊り。「魔女の主題」が変形され、木管のトリルを伴いながら踊ります。母親は狂ったように叫びますが、子供はシッカリと離しません。金管合奏による魔女の恐怖と、必死に訴える木管合奏の母親。
遂に母親が気を失って倒れた時、遠くで鐘の音が聞こえます。全部で12回、そう、真昼になったのですね。これを合図に魔女は姿を消します。
④軽やかな弦楽器のマーチ風音楽に乗って、父親が帰ってきます。ドアを開ける様子が弦楽器で見事に描写されています。父親がそこに見た光景は、気絶して倒れ伏している母親(オーボエ)、介抱する父親(フルートとクラリネット)。次第に意識を取り戻す母親は、弦楽器のアルペジオで巧に描かれますが、死んだ子供を発見した両親の驚きと嘆きは劇的な転調で。
最後にトランペットとトロンボーンが「魔女の主題」を高らかに奏し、この不気味な交響詩の幕を閉じます。

 

 子供つながりの2曲目はプロコフィエフ。誰でも知っている交響的物語「ピーターと狼」には、ドヴォルザークのような細かい紹介は必要ないでしょう。それでも恒例の初演と楽器編成について。
日本初演はハッキリしませんが、プロのオーケストラの定期で最初に登場したのは、
1951年1月11日 朝日会館 朝比奈隆指揮・関西交響楽団(現大阪フィルの前身)、語りは石黒達也。というものです。
これの次は、
1960年1月18日 日比谷公会堂 ウィルヘルム・シュヒター指揮・NHK交響楽団、語りが中村メイ子。
後者は、古いファンは聴いた記憶があるのじゃないでしょうか。私も微かながら放送で聴いた覚えがあります。
オーケストラ編成は至ってシンプル。
フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン3、トランペット、トロンボーン、ティンパニ、打楽器1人、弦5部。打楽器は、大太鼓、小太鼓、カスタネット、シンバル、トライアングル、タンバリンです。
ホルンを除き、管楽器は全て1本づつというところが、ミソ。
打楽器についてはスコアに指定があって、第1奏者がティンパニ、タンバリン、トライアングル、シンバルを、第2奏者が小太鼓、カスタネット、大太鼓を受け持つことになっています。
そうそう、もう一人大切な役目。ストーリーを語るナレーターが必要でしたね。今回は伊倉一恵さん。
なおアマチュア・オケや学生オーケストラで管楽器が足りないときのために、管楽器をピアノ・デュエットに置き換えた版も準備されていることを付け加えておきましょう。    
                                     楽譜7
                                                           
聴きどころを特に挙げる必要はないでしょう。語りが楽しく音楽を解説し、楽器の特徴や登場人物たちを描写してくれますから。
でも一応、楽器と主役たちを列記しておきますね。復習のため。
フルート → 鳥
オーボエ → あひる
クラリネット → 猫
ファゴット → おじいさん
ホルン → 狼
弦楽合奏 → ピーター
ティンパニ → ライフル射撃の音
という具合です。
これで終わりにしてもいいんですが、ラザレフのプロコフィエフということで少し余談を。マエストロが日本フィルのマエストロ・サロンで語ってくれたプロコフィエフに関するエピソードです。
若きプロコフィエフはアンファン・テリーブル(恐るべき子供)でした。激しい不協和音を伴った作品を書き、クラシック音楽の本場パリに乗り込みます。「アラとロリー」というバレエは、パリでスキャンダルになるのではないかというプロコフィエフの期待。これは見事に裏切られ、何事も起きませんでした。
この少し前、同じロシアのストラヴィンスキーが「春の祭典」でスキャンダルを創り出した後だったのです。
がっくり来たプロコフィエフ、今度は卓越したピアノの腕前で世界一を目指し、アメリカに渡ります。各地でピアノの名人芸を披露するのですが、ほとんど評判になりません。
実は、同じロシアのラフマニノフが、既にヴィルトゥオーゾとして大喝采を博した後だったのです。
再びがっくり来たプロコフィエフ、政治体制が社会主義に変わったソ連に戻ります。新生ソ連には交響曲は珍しかろう、ということで次々に大作の交響曲を発表します。ところがこれも大した評判にはなりません。
何と、同じソ連のショスタコーヴィチが、既にシンフォニストとして大成功を収めた後だったのです。
ということで、いつも二番手に甘んじなければならなかったプロコフィエフ。しかしラザレフ氏は彼を極めて高く評価しています。そのラザレフが振る「ピーターと狼」をジックリ味わいたい、というのが私の聴きどころですね。
なんでもない子供向けオーケストラ紹介作品のように見えますが、楽器の特徴を最大限にまで引き出し、美しく楽しいメロディーと物語で子供だけでなく、大人たちも音楽の虜にしてしまうプロコフィエフの天才。是非そこに気が付いて欲しいと思っています。

 

さてボロディンですが、交響曲第2番は前々シーズンの定期でロジェストヴェンスキーが取り上げていましたね。その感想を「回想の読響」シリーズに書いた覚えがありますので、そちらも参考にして下さい。ということで基本的なデータ。日本初演は、
1928年11月11日 日本青年館 ヨゼフ・ケーニヒ指揮・新交響楽団第37回定期演奏会。
この会は冒頭にボロディンが置かれ、そのあとラヴェルのシェエラザードから2曲、ルーセルの4つの歌曲と歌が続き、最後がブラームスの大学祝典序曲という、現在では珍しいプログラム構成になっていました。
楽器編成は、
ピッコロ、フルート3(3番奏者は1番ピッコロに持替)、オーボエ2(2番奏者はイングリッシュ・ホルンに持替)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器4人、ハープ、弦5部。打楽器はトライアングル、タンバリン、シンバル、大太鼓です。
イングリッシュ・ホルンは第3楽章だけですし、ティンパニ以外の打楽器も第4楽章が主体、わずかにトライアングルが第2楽章に登場します。
これを書いていて気が付いたのですが、タンバリンが出てくる交響曲というのは、かなり珍しいのではないでしょうか。これが初演されたのは1877年ですが、この時点で既にタンバリンを使ったのは、同じロシアのリムスキー=コルサコフの第2番「アンタール」くらいのものだと思います。思い付きなので間違っているかも知れません。    
                                     楽譜5

ボロディンの第2は、ロシアの交響曲としては最初に成功した大シンフォニーでしょう。初演は失敗だったそうですが、ロシア5人組の同僚もチャイコフスキーもこれを大変高く評価していました。
オーソドックスな4楽章制。第1楽章冒頭の堂々たるテーマが聴きどころですね。実はこの主題、大昔の日本テレビのニュース番組で盛んに使われていたのをご存知でしょうか。暗い内容のニュースの定番でしたね。殺人事件、火事など。私はどうもそういうことを思い出していけませんが、批評家のスターソフが「英雄交響曲」(Heroic)と命名した由来でしょうか。
第2楽章はスケルツォです。ボロディンは金管楽器を随分と研究したそうで、初演の時は指揮者(有名なナプラヴニク)がテンポを遅く取り過ぎた為、評判が悪かったんだそうですね。当時のオケでは演奏が難しかったのでしょう。
ところでこのスケルツォ、拍子が1分の1となっているのをご存知ですか。聴いた感じは4拍子のように聴こえますが、表記は1分の1。1拍子なら例えばレスピーギのローマの祭り(6月の芸劇マチネーで演奏されます)にも出てきますが、1分の、というところが珍しいでしょ。要するに全音符1つを単位として、ということです。
スケルツォのトリオは美しいメロディーですが、第3楽章もとろけるような美しいメロディーで書かれていますね。メロディスト・ボロディンの面目躍如。彩るハープの幻想的なアルペジオ、クラリネットとホルンの素晴らしいソロ。この楽章だけ登場するイングリッシュ・ホルンも、もちろん聴きどころ。
第4楽章へはアタッカでそのまま流れ込みます。賑やかに打楽器が登場しますが、4人が並んで叩くパーカッション、見所でもあります。
この楽章は2拍子と3拍子が交互に出てくる、つまり5拍子感覚の主題にも注目して下さい。いつかチャイコフスキーの悲愴の聴きどころでも紹介したはずですが、ロシア音楽では5拍子は定番。いかにもオリエンタルな雰囲気が印象的ですよね。途中で登場するトロンボーンのファンファーレ風パッセージも印象に残ります。
第2交響曲は、全体に同じボロディンの歌劇「イーゴリ公」を連想させる箇所が随所に出てきますが、それもそのはず、長い時間をかけて作曲していたオペラの素材を、ボロディンは交響曲にも転用しているんですね。第1・3・4楽章。
ボロディンはロシアのプリンスの私生児、どことなく音楽には高貴な雰囲気が感じられますね。5人組はみな他に職業を持っていましたが、ボロディンは化学者としても名を成した人で、その業績は未だに現役なんだそうです。
アマチュア作曲家として本業と両立させ、その生活を生涯貫き通した生き方。これって凄いことだと思いませんか。

 

 

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