読売日響・名曲聴きどころ~08年8月

 8月は定期はお休みですが、名曲シリーズはあります。まだ大分先ですが、曲目が多いので、少しずつ書いていきましょう。
井上道義の登場、8月に相応しくラプソディー特集ですね。曲目は順に、
①伊福部昭/日本狂詩曲
②リスト/ハンガリー狂詩曲第2番
③エネスコ/ルーマニア狂詩曲第1番
④ディーリアス/プリッグの定期市(イギリス狂詩曲)
⑤ラヴェル/スペイン狂詩曲
です。狂詩曲による世界巡りでもあります。
ということで、野暮な聴きどころなどは無視して楽しむのが一番だと思いますが、折角続けている企画ですので、何とか無い知恵を絞って超私的聴きどころを纏めることにします。
順番は曲順ではなく、気の向くままです。悪しからず。
まずラプソディー Rhapsody そのものについて一言。これは元々ギリシャ語源ですね。古代ギリシャの叙事詩を朗誦して歩いた吟遊詩人、つまり rhapsode または rhapsaede の作品を意味する文言なのだそうです。ホメロスの「オディッセイア」や「イリアス」の一節がその代表。
敢えて「ラプソディー」という表題で作品を書いたのは、チェコのヴァーツラフ・トマシェクという即興の名手だったそうですけれど、文学は苦手なのでここまで。
さて音楽に登場するラプソディーの起源はハッキリしませんが、やはりリストのハンガリー狂詩曲が最初みたいですね。
基本的には単一楽章で、ポピュラー音楽や国民歌、民謡などをベースにした作品という定義になるようです。しかし全てがこの定義に当てはまるものでもなく、「ラプソディー」という原義からは逸脱したものも沢山書かれています。ラフマニノフのパガニーニ狂詩曲やブラームスのラプソディーなどはそうした事例でしょう。
ということでリストが出ましたので、これからスタートしましょうか。ところがリストのハンガリー狂詩曲第2番というのはチョッと解説が必要です。原曲はピアノ・ソロのために書いた「ハンガリー狂詩曲」集で、全部で19曲あるのは皆さんご存知でしょう。
今回演奏されるのは2番ですが、リストがフランツ・ドップラーの協力を得てオーケストレーションしたのは6曲。出来上がった順番に1番から6番まで番号を振ったのですが、その内訳はこうです。
第1番=ピアノ原曲では14番
第2番=ピアノ原曲では12番
第3番=ピアノ原曲では6番
第4番=ピアノ原曲では2番
第5番=ピアノ原曲でも5番
第6番=ピアノ原曲では9番
ピアノ原曲で最も有名なのは2番です。最初このオーケストラ版は4番だったのですが、「第2番」というブランドがあまりに有名になってしまったため、現在では4番と2番を入れ替えて、オケ版2番=ピアノ版2番となっているんですね。ただしレコードなどではオリジナルに拘って「4番」と表記されているものもありますから、予習する人は注意して下さい。
更にややこしいことに、第2番のオーケストラ版はリスト/ドップラー版だけじゃないのです。リスト版以上によく使われるのが、カール・ミューラー=ベルグハウスという人のアレンジ。レコードで耳にするものもほとんどがこれです。
前置きが長くなりましたけれど、今回の演奏がどの版かについて案内はありませんが、通称2番のミューラー=ベルグハウス版ということで聴きどころを進めます。大逆転があっても私の所為じゃありませんよ。
日本初演は判りません。日本のオーケストラ定期初登場はこれですが、それ以前に演奏されているのは間違いないような気がします。
1927年9月25日 日本青年館 近衛秀麿指揮新交響楽団第13回定期。
オーケストレーションはミューラー=ベルグハウス版のもの。
フルート2(1・2番ともピッコロ持替)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、打楽器2人、ハープ、弦5部。打楽器は小太鼓、トライアングル、大太鼓、シンバルです。なお、ピッコロは1本でも演奏できるように書かれています。
因みにリスト/ドップラー版ではフルートが3本、バスクラリネットやチューバも使う反面、打楽器はシンバルとトライアングルだけです。どちらの版かは、これで判断して下さい。
聴きどころは特に書くこともありませんが、ピアノ原曲にはハンガリー音楽の特徴である LASSAN と Friska という文言が書かれています(オーレストラ版には書かれていません)。正にラプソディーの原義である民謡やポピュラー音楽をベースにしているということですね。
LASSAN はゆっくりした音楽、Friska は速い音楽ですが、日本語解説では夫々「ラッサン」「フリスカ」と書かれます。ところがこれは誤りなのだそうで、正しくは「ラッシャン」「フリシュカ」と表記すべきだ、ということが横井雅子氏の「ハンガリー音楽の魅力」(東洋書店)に書かれていますので、是非お読み下さい。
また、リストがハンガリー民謡とロマの音楽を完全に混同していたという批判も、この書物に詳しく論じられていますので、この問題に興味ある方も是非。
リストに手こずってしまいました。足早にエネスコに行きましょう。
日本初演、これもオケ定期初登場記録ですが、
1943年2月9日 日比谷公会堂 東フィル第16回定期(当時は東京交響楽団)
ところがこの回での演奏は、平岡養一氏の木琴独奏だったようで、オーケストラ演奏としては、
1964年12月8日 東京文化会館 渡邉暁雄指揮日本フィル第90回定期。
これも初演ではなかったように思います。
初演がハッキリしないというのは世界初演も同じこと。作曲は1901年ですが、残っている演奏記録の最も古いものは、1908年2月7日にカザルスの指揮でパリで行われたということです。この時、2番も同時に演奏されています。
この1908年に注目して下さい。今年が丁度100年目に当たりますね。それだけじゃないんです。実はディーリアスのイギリス狂詩曲もラヴェルのスペイン狂詩曲も、初演は1908年。つまり初演から丁度100年という作品が3曲も選ばれているのですね。ミッチー、中々凝ってますね。100年聴き比べ、というのも聴きどころになるでしょうか。
また寄り道してしまいました。エネスコのオーケストラ編成。
フルート3(3番奏者ピッコロ持替)、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、コルネット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器3人、ハープ2、弦5部。打楽器はシンバル、小太鼓、トライアングルです。
この狂詩曲は原義に一番近いスタイルで書かれています。具体的に曲名は指摘できないようですが、民謡風なメロディやポピュラー音楽に近いものがメドレーのように次々に現われるのが特徴ですね。
後半の速い部分は、ルーマニアの民族舞曲である「ホラ・ルンガ」の精神を取り入れているそうですし、最初のおどけたメロディーは、酒場で一杯引っ掛けた時に歌われるメロディーだ、という解説を読んだこともあります。
理屈抜きに楽しみましょう。
次はディーリアスに行きましょうか。日本初演と思われるものは、
1939年5月31日 日比谷公会堂 ジョセフ・ローゼンシュトック指揮新交響楽団(現NHK交響楽団)第205回定期
オーケストラ編成は、
フルート3、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット3、バスクラリネット、ファゴット3、コントラファゴット、ホルン6、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器3人、ハープ(1台以上)、弦5部。打楽器は大太鼓、トライアングル、鐘。ディーリアスの作品は小編成で静かな曲という印象がありますが、これは極めて大きな編成です。特に鐘はシ♭・ド・レの三つが要求されています。更に弦5部も、スコアに16-16-12-12-12という数が示されています。コントラバス12本というのは、さすがの読響でも無理じゃないでしょうか。
このラプソディーは、タイトルにもなっている「Brigg Fair」というリンカーンシャー地方の民謡をテーマにした変奏曲で書かれています。変奏曲というより、パッサカリアと言ったほうが相応しいかも知れません。
「プリッグの定期市」と無理に日本語訳してしまうと感じが出ませんが、7節からなる歌詞の第1節目に「プリッグ・フェアー」という単語が出てくるんですね。8月中旬にフェアーに行って恋人に会う、という主旨の民謡です。
冒頭に朝の情景が描かれますが、これはヒバリの歌と聴いて良いと思います。オーボエが歌い始めるのが民謡「プリッグ・フェアー」です。何となく覚え難いのは、「レ」から始まるドーリア調で書かれているからです。
これが全部で17回変奏されますが、中間部とコーダが付きます。個人的な聴きどころとしては、鐘が実に効果的に使われているところでしょうか。イギリスの田園風景を描いた名画のような雰囲気が素晴らしいと思います。
あとは第11変奏。と言ってもどこか判り難いと思いますが、トランペットとトロンボーンのソロが pp で主題を吹くところ。ここにも遠景として鐘が鳴りますし、金管楽器の弱音の難しさ、美しさを堪能しようと思っています。

 

 次はラヴェルのスペイン狂詩曲。これが日本初演でしょうか。
1928年11月25日 日本青年館 ヨゼフ・ケーニヒ指揮新交響楽団(現NHK交響楽団)第38回定期。
オーケストラ編成は、
ピッコロ2、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット3、サルーソフォン、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器6人、ハープ2、チェレスタ、弦5部。打楽器は大太鼓、シンバル、バスク太鼓、トライアングル、タンバリン、タムタム、シロフォン、カスタネットです。
さすがに大編成ですが、私が注目したいのはサルーソフォンとバスク太鼓。
サルーソフォンというのは耳慣れない楽器ですが、現在はコントラファゴットで代用されるのが普通です。多分、今回もそうだと思います。
しかしラヴェルが指定したのはサルーソフォンですし、折角ですからチョッと紹介しておきましょう。
Sarrusophone は二重リードの木管楽器ですが、金属製です。1856年にフランスのブラスバンドで隊長を務めていたサルースさん Sarrus が発明。サイズはソプラノからダブルベースまで全部で9種類もあるのだそうで、E♭、B♭、Cの3種類のキーがあります。
ラヴェルの他には、サン=サーンスやディーリアス! もこの楽器をオーケストラ作品の中に使っています。
バスク太鼓に関しては、ラヴェルがスコアの冒頭でトレモロの演奏法について指示を書き込んでいますので、紹介しておきましょう。
一つは楽器そのものを揺すって出すトレモロ。もう一つは、親指でこすって出すトレモロ。打楽器を観察できる席に座られた方、バスク太鼓を見つけたら、どんな奏法でトレモロを演奏するかに注目して下さいね。これは見所。
スペイン狂詩曲は、狂詩曲の定義からは大分外れた作品で、特定の民謡や軽音楽などは使われていません。単一楽章でもなく、全体は①夜の前奏曲 ②マラゲーニャ ③ハバネラ ④祭り に分かれていて、あたかも交響曲のような姿をしていますね。④祭り が断然長い。
マラゲーニャはスペインの舞曲ですが、ハバネラはアフリカ原産のキューバの舞曲ですよね(ハバネラ=ハバナ)。もちろんスペインで大流行したのですが・・・。
スペイン狂詩曲では、冒頭の四つの音に注意して下さい。南国の夜を連想させるような-ファ・ミ・レ・ド-という気だるい音楽。これがハバネラ以外の全ての楽章に登場して、作品全体を循環するように統一しているところが聴きものでしょう。
特に第4曲では、他の音に隠れるように出てくるところがありますから、ファ・ミ・レ・ド探しが聴きどころと言えるかもしれません。

 

 最後に伊福部昭の日本狂詩曲です。この作品は伊福部昭の原点とも言える作品なのですが、スコアが市販されておりません。日本の出版社の怠慢と言われても仕方がないと思いますが、どうでしょうか。
従って、オーケストラ編成などはネットで検索した情報によるもの。スコアを実見していませんので、お断りしておきます。
作曲の経緯についてはプログラムに詳しく載るでしょう。この作品がチェレプニン賞を受賞しなかったなら恐らく「ゴジラ」の音楽は無かった、という我々日本人にとってはとても大切な作品です。
世界初演は1946年4月5日にボストンで行われたそうですが、日本のオケ定期初登場はこれ。
1980年5月13日 東京文化会館 山田一雄指揮新星日本交響楽団第40回定期。
オーケストラ編成は、
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器多数、ハープ2、ピアノ、弦5部。打楽器は、大太鼓、スネアドラム2(スネアを外したものと通常のもの)、シンバル、タムタム、カスタネット、タンバリン、ウッドブロックです。
面白いのは打楽器のうち、シンバル、カスタネット、ウッドブロックについては東洋の打楽器で演奏しても良い、ということになっているらしいこと。
シンバルは鐃鈸(にょうばち)、カスタネットは拍板(はくはん)、ウッドブロックはラリという楽器が指定されているようです。
鐃鈸(にょうばち)は、仏教で法会に用いるドラのような楽器。2枚を打ち合わせて音を出す楽器の由。
拍板(はくはん)はパイバンとも「びんざさら」とも言い、中国・朝鮮半島・日本で用いられる打楽器。薄い板を打ち合わせて音を出すのだそうです。
以上二つは、広辞苑に解説がありますので、参照して下さい。
ラリというのはよく判りませんが、どうもフィジーの木製打楽器のようで、フィジーの5セント硬貨の図柄になっているそうです。これはネット検索で判明したこと。
まぁ、今回の演奏でこのような特殊打楽器を使うとは思いませんが、こういうこともある、という意味で紹介しました。
日本狂詩曲は第1楽章「夜想曲」、第2楽章「祭り」の2曲で構成され、ラプソディーの原則どおり、日本的民謡的主題をベースにした作品です。
夜想曲では冒頭のヴィオラ・ソロの切々とした歌。祭りでは主役になる各種打楽器の祝祭的な響きや、弦楽器の特殊奏法などが聴きどころになるでしょうか。
私も楽しみに待ちたいと思います。

 

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