大学のキャンパスでオーボエを聴く

4月18日の月曜日、大学のキャンパスで開催されるという日本では珍しいコンサートを聴いてきました。この回は3月の日本フィル横浜定期の際にプログラムに挟まっていたチラシで知ったものです。
内容は、日本フィルのオーボエ首席奏者・杉原由希子が東京工業大学の大岡山キャンパスで無料のコンサートを開く、というもの。

もちろん「無料」という点に目を留めたものの、演奏される作品の珍しさと、大岡山が拙宅から極めて近い点に気持ちを動かされました。
初めての経験なのでチラシにあった連絡先にメールで問い合わせてみると、「学内の者がふらりと来られる環境ということで、整理券制ではなく、先着順にしております。学内の者優先というわけではありません。おそらく17時の開場時に来ていただければ、問題ないと思いますので、よろしくお願いいたします。」という返答。

東工大と言えば、今年の入学式で学長が英語でスピーチしたことがテレビ・ニュースにもなっていましたが、理工系の大学ながら文化活動も盛んで、東京工業大学管弦楽団は大正14年(1925年)創立という歴史を持ち、現在でも年2回の定期演奏会を開催しているほど。
今回の東工大コンサートシリーズも多岐にわたる分野のイベントの一つとして計画されたもののようです。

大岡山はかつて勤めていた事務所の隣駅で、勝手知ったる町。5時に駅に降り立ち、会場の西9号館、ディジタル多目的ホールに着いてみると何と延々長蛇の列。先着300名の中に入れるのか、という不安も過ったほどでした。同時に着いた紳士とも“ここが列の最後尾ですかね? こんなに人が集まるとは思いませんでした。流石に杉原さんは人気がありますね”
ということで開場、すり鉢状の小ホールは既に人で埋まっていましたが、何とか前の方に一席をゲット。その後も来場者は続々、関係者や学生諸君が慌ただしくパイプ椅子を追加して並べたものの、最終的には立見の聴衆が簡易ステージをグルリと取り巻くという滅多に見られない光景の中でコンサートが始まりました。こんなプログラムです。

モーツァルト/オーボエ四重奏曲へ長調K370
ブリテン/幻想四重奏曲
     ~休憩~
プーランク/オーボエ・ソナタ
マルティヌー/オーボエ四重奏曲
 オーボエ/杉原由希子
 ヴァイオリン/坪井きらら
 ヴィオラ/村田恵子
 チェロ/辻本玲
 ピアノ/原田恭子

当初のチラシではジョリヴェのセレナード(オーボエとピアノ)が予告されていましたが、楽器編成の都合などでモーツァルトに変更されていました。
4曲の中で恐らく誰でも知っているもの、何処かで聴いたことがある作品はモーツァルトだけでしょう。それでもこれだけ聴き手が集まるということに一驚。

楽器編成を書いておくと、プログラム前半のモーツァルトとブリテンはオーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロによる四重奏。ピアノは前半はお休み。
ヴァイオリンとチェロは杉原と同じ日フィルのメンバーで、言わば仕事仲間。確か二日前には横浜でインキネンとヴェルディのレクイエムを演奏していました。
ヴィオラの村田氏は東京都響のヴィオラ奏者で、杉原とは同じ時期に東京芸大で学んでいたとか。杉原は彼女の後姿を見ながら、何時かは一緒に演奏したいと憧れていたのだそうです。

モーツァルトを終えた後、メンバー紹介も含め、杉原本人が作品解説も併せて挨拶するという進行。
ブリテンは何かのコンクールに応募した作品で、その条件が単一楽章による四重奏曲ということで、行進曲で始まり、4つの性格的な部分を経て冒頭と同じ行進曲で閉じる形になった由。CDなどでは聴いていましたが、ナマでは初体験だったと思います。若書きにしては聴き応えのある作品。

休憩中にピアノが設置されましたが、演奏会の中では紹介されなかったものの、曰く付の楽器・べヒシュタイン。1923年頃に製作された楽器だそうで、65年ほど前に東京芸大から東工大に移管された「お宝」だそうな。
確かにその音色は、普段耳にしているスタインウェイのキラキラと輝く鋼鉄の様な響きとは違い、落ち着いて温かみのある音色。これがフランス作品には特にマッチしているように感じられました。

後半の最初は、そのフランス作品の一つであるプーランクのソナタ。杉原氏の解説では、オーボエのための作品は決して多くなく、その中でプーランクは管楽器のための作品を多く残した作曲家。
オーボエ吹きにとっては今回のソナタと、ファゴットとピアノとの合奏によるトリオ、それに管楽合奏による六重奏曲は大切なレパートリーとのことでした。確かにトリオはファリャに捧げた作品らしく、ウィットに富んだ如何にも陽気なプーランクを代表する傑作でしょう。
それに反し、この日のソナタは真面目で真剣なプーランク。プロコフィエフの追憶に捧げられたということもあり、スケルツォの第2楽章は「ロメオとジュリエット」の引用がテーマになっています。杉原/原田の素晴らしい表現力に圧倒されました。

最後はマルティヌーの四重奏曲で、編成はオーボエ、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ。マルティヌー独特の個性的な作品で、玉石混交の感のあるマルティヌーの中では間違いなく傑作の部類に属すると聴きました。
4人の合奏も緻密、それでいて迫力に満ち、こんな贅沢な時間を大岡山で過ごせることに感謝しましょう。

会場から“アンコール!”という声が掛かり、“お言葉に甘えて”ということでアンコールも。熊本地震の被災者への想いと、災害がこれ以上進行しないことへの願いを籠めて、ラヴェルの逝ける王女のためのパヴァーヌから前半。オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの四重奏版で演奏されました。
無料というには極めてレヴェルの高いコンサート、少なくとも3000円の入場料を払っても充分に満足できる内容でしたネ。

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