第352回・鵠沼サロンコンサート

昨日4月19日は火曜日、月一回火曜日に開催されている鵠沼サロンコンサートに出掛けます。天候にも恵まれたので、いつものように鎌倉経由のコンサート紀行となりました。
最近ではレスプリ・フランセが会場となっているサロン、いくつかのシリーズが進行していて、昨日は「新しい波」と銘打たれたシリーズの第21回目。巨匠がこの小さなサロンに登場するのが鵠沼の「売り」でもありますが、一方で未だ無名ながらこれから大きく飛躍することが期待される新人の発掘に力を入れているのも当サロンの目玉。正にプロデューサーの鑑識眼が問われる場でもあると言えましょうか。

このシリーズは年1回のペースで開催されているようで、確か私は初めての参加だと思います。今回の主役は、ヴァイオリンの小林美樹さん、姉でピアニストの小林有沙さんとの共演でした。
プログラムは以下↓

ヘンデル/ヴァイオリン・ソナタ第4番ニ長調作品1-13
ワーグナー/アルバムの綴り(ロマンス)(ウィルへルミ編)
ヴィエニャフスキ/グノー「ファウスト」による華麗なる幻想曲
     ~休憩~
グリーグ/ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ短調作品45
ラヴェル/ツィガーヌ
 ヴァイオリン/小林美樹
 ピアノ/小林有沙

最初にコンサートとは関係の無い話から始めますが、これは何年も経ってから日記を読み返すとき、連想で記憶を鮮明に蘇らせることが出来るから。書いている本人には多少の趣もありましょうが、他人にはどうでも良いこと。この部分は読み飛ばしてください。
ということで、桜の季節は終わり、花は躑躅が咲き揃ってました。気の早い藤も咲き始め、紫陽花には未だ時期が早いというタイミングです。今回は扇ヶ谷の英勝寺と、松葉ヶ谷の安国論寺と欲張った選択をしてしまいました。
英勝寺は藤(白藤)が有名で、安国論寺は源平枝垂れ桃と称する紅白の桃花が見所なのだとか。結論を言えば、白藤は未だ開花手前で、枝垂れ桃は既に盛りを過ぎていました。それでも両寺の佇まいは静かで好ましく、特に安国論寺の奥深い造景は大いに気に入りました。別の機会に再訪したい場所でもあります。出始めの鎌倉蝶や、越冬したアカタテハに出会えたのも収穫。

さて本題。ヴァイオリニストの小林美樹は鎌倉在住?(前回平井氏がそう案内してくれたと思いますが、違うかも)ということでサロンコンサートにはグッド・タイミング。実は彼女はこれまでに二度聴いており、その実力に感服したこともあって間近に聴くヴァイオリンを楽しみにして来ました。
最初に接したのは、日フィル横浜定期でのコルンゴルトの協奏曲。晴海のミロQのコンサートを前半で切り上げて横浜に向かった時でしたっけ。山田和樹の指揮でしたが、彼女の大柄で堂々としたソロに驚いた記憶。
次も同じ横浜で、広上淳一と共演した神奈川フィルの定期。この時はステンハマルとシベリウス(協奏曲じゃありません)の比較的短い作品でしたが、ここでも伸びやかな音と外連味の無い音楽性に感服しました。

この2回の印象、今回の本格的なリサイタルでも変わらず、いや一層魅力に弾かれたという感想です。
プログラムはヴァイオリンのリサイタルとして本格的なもので、彼女の技巧と音楽性の全てを出し切る様な内容。コンサートホールとは違い、誤魔化しの効かない(表現は悪いけれど)小さな空間では本人もかなりプレッシャーがあったのでは、と想像します。
それを踏まえても、この日は完璧なテクニックとスケールの大きな音楽が圧巻。来場した紳士淑女諸氏たちも、心から満足した様子でした。

冒頭のヘンデル。当初の案内では単に「4番」となっていました。ヘンデル・ソナタの番号にはいくつか呼び方があるようで、この日渡されたプログラムで初めて調と作品番号が判った次第。
上記の様に「4番」は、ヘンデルのソナタでは恐らく最も有名なもの。緩急緩急の4楽章から成り、冒頭の3度上向から始まる前向きな作品です。
作品1は出版社の都合で振られた番号。この曲集には15曲が含まれ、フルート(リコーダー)・ソナタが7曲、ヴァイオリン・ソナタが6曲、オーボエ・ソナタが2曲という内訳で、作品1の3・10・12・13・14・15がヴァイオリン・ソナタです。夫々が1番から6番までの順番が振られているので、第4番は作品1-13となっているワケ。しかし最近では別の曲集の3曲を加え、CDによっては「7番」という番号になっているものもあるようですね。

御託はどうあれ、リサイタルを開始するバロックのソナタ。時代の特性などを考慮して慎ましやかに弾く人もいますが、小林は堂々、大胆に容赦なくヴァイオリンを鳴らします。“おい、おい、おい”と先ずこれに感心。もちろん良い意味で、ですよ。こういうヘンデル、好きだなぁ~。
続くワーグナーは、楽劇の大家とは思えぬコッテリ系のロマンティックな小品。元々はピアノ・ソロ曲ですが、バイロイト音楽祭のコンマスだったウイルへルミがヴァイオリン用にアレンジしたもので、最初からこの編成だったと思わせるほど嵌っています。ウィルへルミは「G線上のアリア」だけじゃありません。
これは、先日ひまわりの郷で行われたライジング・スター・シリーズでホルン三重奏(ホルン、ヴァイオリン、ピアノ)への再編曲でアンコール演奏されたものと同じで、比較的短い間に二度もナマで体験し、すっかり耳に馴染んでしまいました。

前半の最後は高度なテクニックを要求される小品、というより大曲と言っても良いでしょうか。小林はヴィエニアフスキ・コンクールで第2位になったことからも、彼女の中核を成すレパートリーの一つでしょう。
私は開演のかなり前に会場に着いてしまいましたが、未だリハーサル中。最後まで攫っていたのがヴィエニアフスキでしたから、彼女としても技巧的な完璧さを追求していたのだと想像します。それに相応しい見事な出来栄え。

後半は2曲。平井プロデューサーによると、現在グリーグで最も頻繁に演奏されるのはペール・ギュントでもピアノ協奏曲でもなく、このヴァイオリン・ソナタ第3番だそうな。
確かにミニチュア作品で知られるグリーグとしては異例なほどの構成力と長さを持った大作で、改めてこのソナタの魅力に触れた思い。2度、そして3度下降するというノルウェー民謡ならではのモチーフも度々登場して民族色も聴かれ、第2楽章の旋律美、フィナーレの躍動感も聴く人の心を揺さぶります。

そして名曲ツィガーヌ。ここまで譜面台に譜面を置いて演奏していた彼女ですが、ここでは譜面台ごと横に退かし、暗譜での演奏。サロンというほとんど残響を伴わない会場だけに、ヴァイオリンからは松脂が飛び散るほどの迫力に息を呑みます。
ツィガーヌは管弦楽伴奏版でも良く演奏されますが、やはりこの空間で聴くピアノ伴奏版の方が音楽的迫力では勝っていると感じました。有沙さんのピアノもこれ以上は無い程の迫力で、最後の「決め」には間髪を入れず聴衆から大拍手。これぞライヴ、サロンでの醍醐味でしょう。

大熱演の小林姉妹でしたが、未だアンコールする余裕も。先ずチャイコフスキーのヴァイオリン曲集「なつかしい土地の思い出」から第3曲のメロディー。
これだけでは拍手鳴り止まず、マスネの「タイスの瞑想曲」も。ここまでヴァイオリンの至芸を尽くした大曲を聴いてきた後でマスネを聴くと、正に食後のデザート状態。思わずホロッとさせられる暖かい時間を過ごさせていただきました。

良い音楽と素敵な環境、聴き終えて心豊かに家路に就く、という至福の刻がここにありました。

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