クァルテット・エクセルシオ第30回東京定期演奏会

2015/2016シーズンのエクセルシオ定期、秋の東京定期が11月23日の休日に上野の文化会館小ホールで行われました。雨が降りそうで降らない微妙な天候、3連休最終日の上野は人出でごった返しています。
今回もファースト西野が療養中のため、シーズン当初に発表されていた曲目から弦楽三重奏曲を中心とした以下のプログラムに変更されました。

ベートーヴェン/弦楽三重奏のためのセレナード 二長調 作品8
コダーイ/弦楽三重奏のためのインテルメッツォ
モーツァルト/オーボエ四重奏曲へ長調 K370
     ~休憩~
モーツァルト/弦楽三重奏のためのディヴェルティメント 変ホ長調 K563
 クァルテット・エクセルシオ
 オーボエ/古部賢一

弦楽トリオというジャンルは弦楽四重奏曲に比べれば圧倒的に作品数が少なく、常設の弦楽トリオという形態も成り立たないことから、臨時編成のメンバーで演奏される機会がほとんどでしょう。
クァルテット・エクセルシオは、20年を超える演奏歴の中で他の楽器を加えた「クァルテット・プラス」という形態は何度も経験してきましたが、今期の様に「クァルテット・マイナス」というのは貴重な機会。常設クァルテットによるトリオという聴き手にとっても極めてレアな時間だった思います。

春の定期ではドホナーニとベートーヴェンのトリオを取り上げた彼ら、今回はベートーヴェン、コダーイ、モーツァルトの3人。何れもウィーン古典派にハンガリーの作品を組み合わせたのが面白い点でしょうか。そしてセレナードとディヴェルティメントという、一見娯楽作品風な外見を有しているのも弦楽三重奏の特徴かもしれません。
今回のベートーヴェンは作品8。番号からして若書きの一品ですが、実際にナマで聴かれる機会はそんなに多くないでしょう。実際、今回のプログラムでは第4楽章と表記されていたポラッカが終わった時に少なからぬ聴き手が拍手していました。これはこの個所の演奏が特に優れていたからではなく(もちろん優れた演奏でしたが)、単純に多くの人が終わったと勘違いしたから。名曲ばかりのベートーヴェンにも、知られていない作品があるという証拠でした。

この曲に付いて少し拘ると、渡辺和氏が「普通の楽章番号はなく、冒頭と最後の楽隊行進を別扱いし全7楽章と表記されることも」と紹介されていた通り、ベートーヴェン自身は単に「セレナード」とのみ題しています。
7楽章という数え方で言うと、第3楽章のメヌエットが先ず耳を捉えます。普通のメヌエット・トリオ・メヌエットが終わった後に短いコーダがありますが、これが全員ピチカート。それも3人バラバラで弾くもので、最後はチェロの担当。今回は譜面通りに大友氏が締めましたが、最後の2小節を縮めてヴァイオリンとチェロをハモらせる演奏を何処かで聴いた記憶があります。

これに続くアダージョとアレグロが交互に奏される「第4楽章」もケッサク。ここはアダージョをA、スケルツォのアレグロをBとすれば、ABABAの5部形式。そのAはチェロの伴奏に乗ってヴァイオリンとヴィオラがオクターヴのユニゾンで歌うので、三重奏とは言え純粋に二声部の音楽になっているのですね。
このメロディーがまた何ともロマンチックで、私などは日本の歌謡曲を聴いているのかと一瞬錯覚するほど。適当な歌詞をくっつけて酒場で歌えるかも、ね。

ベートーヴェンと言えば真面目で深刻、取っ付き難い人間性を連想しますが、前の楽章にしても、この人を食ったようなアダージョにしても、ベートーヴェンって意外に冗談好きな男だったのじゃないかと想像させます。これは前回定期の作品9-1にも聴かれた楽しさで、弦楽三重奏というジャンルの特質でもありましょうか。
思わず皆が終わりだと勘違いした第5楽章のポロネーズ風アレグレットに続く第6楽章は、典型的なヴァリエーション、ヴァイオリンにスポットが当たる第1変奏、ヴィオラが主役の第2変奏と続き、第3変奏ではシンコペーションを用いて少し真面目顔。第4楽章ではチェロが変奏の主役となるという変奏曲の教科書のよう。ベートーヴェンには先人たちを茶化す気持ちが働いていたのでは、と勘繰ってしまいました。

前半の2曲目は、これまたコダーイの若書きとなるインテルメッツォ。タイトルの通り極めて短い作品で、演奏時間は5分ほど。あっという間に終わってしまいます。
全体を通してほぼ2拍子の音楽ですが、所々3拍子が挟まったり、5連音符や3連音符が聴き手の耳を擽ったりするのが、現代により近いコダーイならではでしょう。

前半を締め括るモーツァルトのオーボエ四重奏は、「トリオ・プラス」という形を取ったクァルテット。エク定期の名物になった「エク通信」の中でセカンド山田百子がこっそりプロフィールを書いてくれた古部賢一の美しいオーボエが華を添えました。
実はこのオーボエ四重奏、戦前の旧モーツァルト全集では四重奏曲の部で第30番と言う番号が与えられていました。現在でも通用する弦楽四重奏曲23曲のあとには、ディヴェルティメントとして知られている3曲(K136から138まで)が続き、弦楽四重奏による「アダージョとフーガ」が第27番。弦楽のみはここまでで、今日のフルート四重奏曲第1番と第2番がその後の番号で、四重奏部門の最後としてオーボエ四重奏曲が第30番となるワケ。
私は旧全集をカーマス社が復刻したミニチュア・スコアを持っていますが、そこには四重奏曲第30番、オーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための、とあります。立派にクァルテットの演奏会に加えられる佳品と呼ぶべきでしょう。今回、オーボエはヴァイオリンと向かい合う位置関係で演奏されました。

そして最後はモーツァルトの大作。これもディヴェルティメントと題されていますが、内容は寧ろ弦楽四重奏曲を上回るほど真剣なもので、3人の奏者にとっては人数が一人少ない分、負担も大きくなります。
全6楽章、特に最後のアレグロ楽章は見事で、私はト短調弦楽五重奏曲K516のフィナーレ楽章に通ずるものがあると思っています。天衣無縫というか、あらゆる困難を乗り切った後の全てを超越したような澄み切った世界が、形式の枠を越えて飛び回ります。
エクの3人も気合十分、冒頭楽章の p と f の交替からして気迫が漲り、言わば「攻め」のモーツァルトと聴きました。これまでの定期でモーツァルト初期にジックリと取り込み、その語法を体全体で覚えているエクならではの世界でしょう。

これで今期の定期は終了、来期からは復帰する西野を加わえて通常の活動に戻る予定のクァルテット・エクセルシオ。既にサントリー・チェンバーミュージック・ガーデンでのベートーヴェン全曲演奏会も公式に発表されており、一連のトリオでの経験も取り入れ、更に大きなクァルテットの世界を目指して行ってくれるものと期待します。

 

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