下野竜也、N響定期初登場

放送音楽

引き続きN響の放送を聴いた感想。とはいえ、これはナマでも聴きました。N響は3種類の定期全てが2日間公演で、テレビ収録が入るのは初日。私がP席で聴いたのは2日目ですから、若干演奏も違うのでしょうね。
実際、“テレビカメラが入る日は違和感があって本当の音楽はやれない” って、N響の某団員自身が語っていましたからね。この方大ヴェテランですが、真っ当な神経だと思います。

下野がN響の定期を振るのは、このサントリーホール定期が最初のはず。来期も振ることが予定されているそうですね。N響に限らず、初めての指揮者は結果を見て再招聘するか否か決めるものだと思いますが、まだ結果も出ていない段階で次の契約をしてしまった下野。N響はよほど期待しているのか、何かで共演して惚れ込んだのか。あのサヴァリッシュでさえ、最初の成果が良かったので長い関係に発展したんですよね。この間読んだ宣伝本にも書いてありました。

そういう意味で、下野はN響史上最初の快挙でしょう。次期音楽監督は彼ですかね。

曲目はフンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」序曲に始まり、珍しいプフィッツナーのヴァイオリン協奏曲。休憩を挟んでシュトラウスの「死と変容」、最後が再び「ヘンゼルとグレーテル」の音楽というもの。興行的に言えば、チョッと変なプログラムですね。クリスマスが近かったこともあるのでしょう。

実はこのコンサート、ナマで聴いてあまり感心しませんでした。感想も何もP席ですからバランスは悪い、下手くそな1番トランペットが興ざめ、ヴァイオリン・ソロは何にも聴こえん、客席は高慢ちき、という具合で、下野がどう、なんてことは言えませんでしたね。

ところが放送で聴いてみると、印象はずっと良くなりました。N響は難しいですわ。

一番注目していたのはプフィッツナー。実はコンサートの少し前、アカデミアでスコアを見つけて予習していたんです。楽譜をパッと開けたとたん、リヒャルト・シュトラウスそっくりの顔をしている。3部形式と見れば良いんでしょうが、中間部が終わって第3部に入るあたりの譜面の風景、転調する箇所なんか特にそうで、実際に聴いたらどんな感じかな、という興味がありました。ところがナマではヴァイオリンが聴こえずに興ざめ。大いに失望したものです。

今回放送で接してみて、やっとどういう曲か判りました。ソロのライナー・キュッヒル、ウィーンフィルのコンマスですが、さすが達者なもの。よくこういう珍品をレパートリーにしているもんだ、と思います。暗譜ですからねぇ。下野が使っていた楽譜は、私が買ったのと同じオイレンブルク版。これ、普通に演奏用としても使うんですね。

キュッヒルのアンコール。これは素晴らしかったなぁ。バッハの無伴奏ソナタ1番の第1楽章ですが、何とも味があっていい。恐らくバッハ権威筋からはブーイングが起きるんでしょうが、私はこういう自然で、学者ぶったところの無いバッハ大歓迎です。
従兄弟がウィーンの教会で録音してきたキュッヒルの全集があったことを思い出して、放送が終わってから1番を通して聴いてしまいました。録音は教会のせいもあって残響が多すぎるんですが、サントリーの響かない録音の方が、スッピンの分、私には好ましく聴こえました。
(キュッヒル氏、2日目のアンコールはパガニーニでした)

シュトラウスは随分張り切ってましたね。下野の良さは、音楽が素直で停滞せず、なおかつ大きな歌心に満ちていることでしょうね。「死と変容」の若さを前面に出して、骨太な一筆書きという風情。これはこれで青春の一編という感じ。

現在の下野は、いわば乱読の時代。とにかく売れっ子で、どこのオケでも下野を呼んでます。“下野 qua, 下野 la, 下野 su, 下野 giu, ” という具合。それはそれで良いんでしょうが、私から見ると、やや焦点が定まらない感じがします。勉強も早いのでしょうが、逆に、どれをやっても同じに聴こえるような気がしないでもない。
40代に突入したら、そろそろ腰を落ち着けて本流を定めた方が良いと思います。才能が大きいだけに、忙しさに殺されることがないよう、切に望むのです。

最後の曲。
序曲ではドーヴァー版の全曲譜を使っていましたが、ここでも同じスコアを持ってきました。「ヘンゼルとグレーテル」の音楽には、ハンス・シュタイナーが編纂したカーマス版や、指揮者のルドルフ・ケンペが編んだ組曲もあって、どれを使うのかな、と思っていたんです。
何のことはない、第2幕の幕切れ、ヘンゼルとグレーテルが祈りを捧げるところ(第2場の終わり)からフィナーレ(第3場)までを、声楽抜きで演奏するものでした。スコアの練習番号でいうと、92番の2小節目から最後まで。敢えてタイトルを冠すれば、「夕べの祈りとパントマイム」 ってことになりますか。
出だしのピアニシモによる弦合奏、瑞々しくて良かったですねぇ。これはP席では絶対に味わえません。N響もコンマスがゲストのせいか、アンサンブルも素晴らしく、下野に大きなエールを送っているように感じられました。

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