日本フィル・第323回横浜定期演奏会

日本フィルの12月横浜定期はベートーヴェンの第9、とほぼ決まっています。1973年から始まった当シリーズですが、同団の創立60周年記念の特別サイトで確認してみると、12月定期が開催されなかった年もあります。
また第9以外のプログラムだったことも2度ほどあるようですが、今世紀に入ってからは17連続となりました。開始当初はチェコ系指揮者の独占状態が続いていましたが、2000年からは日本人指揮者が記録を更新しています。

今年は日フィル第9初登場となる下野竜也、今年の九州ツアーも担当し、日本フィルとの絆も益々深まってきたようです。第9と言えば組み合わせに何を選ぶかも話題になりますが、何と下野が選んだのは恐らく史上初の試みでしょう。

ボアエルデュー/歌劇「バグダッドの太守」序曲
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第9番
 指揮/下野竜也
 ソプラノ/吉原圭子
 アルト/小林由佳
 テノール/錦織健
 バリトン/宮本益光
 合唱/東京音楽大学
 コンサートマスター/木野雅之
 フォアシュピーラー/千葉清加
 ソロ・チェロ/辻本玲

恒例のプレトークも聞きましたが、今回は初めて接した齋藤弘美氏(男性)。第9には他の指揮者とは違うサプライズがある、と頻りに関心をそそっていました。スタッフから詳細は口止めされているとのこと。日曜日も芸劇でコンサートが行われるそうですが、より驚きたい方はここで読むのを止めてください。
もちろんボアエルデューにも触れ、プログラムには「ボイエルデュー」と表記されているものの、フランスでは「ボワルデュー」と読むのが正しいとも。下野がこの作品を選んだのは、“いつか、バグダッド周辺の国々にもベートーヴェンの『思い』が届けば、という一音楽家の願い”からとのこと。如何にも下野らしい選択だと思います。

組み合わせのサプライズは他にもあって、ベートーヴェンと5歳年下のボアエルデューは誕生日が同じで、二人共この演奏会が行われた前日の12月16日生まれ。これは選曲の時点では気が付かなかったことだそうで、正に偶然の由。
更に加えれば、ボアエルデューの序曲はニ長調で書かれ、第9の主調はニ短調ながら有名な第4楽章のテーマはニ長調という共通点。プレトークでは語られませんでしたが、色物打楽器としてシンバルとトライアングルが使われるのも同じ。私の見間違いでなければ、オリジナルの譜面には無い大太鼓も含めた3人の打楽器奏者が舞台下手に揃っていたように見えましたが・・・。

今日ではほとんど忘れられたボアエルデュー、歌劇「白衣の婦人」が最も有名で、それに次ぐのが「パリのジャン」と「バグダッドの太守」でしょうか。下野によるとジュニア・オケやマンドリン・オケでは現在でもバグダッドの太守序曲はよく演奏されるそうで、教育にも熱心な下野ならではのレパートリーと言えそうです。
この序曲、下野は暗譜で振っていましたから、隅々まで熟知しているのでしょう。当時はベートーヴェンより有名だったというフランスの一品は前菜としてピッタリでした。

15分の休憩があって、いよいよ第9。コーラスが登場して、プレトークで紹介されたサプライズが現出します。それは、合唱団がパートごとに固まるのではなく、男声・女性・そして多分パートも混然一体となって歌う、ということ。
合唱団が声部の垣根を取り払って歌うという光景は、以前にジャン・フルネがドビュッシーの聖セバスチャンの殉教で披露したのを聴いたことがありましたが、第9では初めて。これは全く下野のオリジナルでしょう。

それは第1楽章の開始から登場したソロ四重唱も同じで、この日は下手からソプラノ、テノール、アルト、バリトンの順に合唱団の前で歌いました。最初から全奏者が舞台に乗っているというのも、下野サプライズの一つでしょうか。
この効果は確かにあり、これまで以上に「全ての人々は兄弟になる」というベートーヴェンのメッセージがより強く感じられました。男女の垣根、パートの区別を超えた響きということでしょうか。(どうせならオーケストラも、と思いましたが、それは技術的に困難か)

プレトークでは全ての楽章にサプライズということでしたが、私にはその全ては判りませんでした。気が付いたことを記しておくと、

第1楽章ではベーレンライター版の新解釈が一部取り入れられていたこと。下野は全曲を暗譜で振りましたが、指揮台にはカーマスの指揮者用スコアが置かれていました。これは多分旧ブライトコブフ版でしょう。ブライトコブフ+ベーレンライター=下野。
第2楽章では、スケルツォ主部の後半部も指定通り繰り返していたこと。最近では完全演奏も増えているので、特段サプライズは言えますまい。
第2楽章ではもう一点、スケルツォの第2主題に相当するテーマが木管に登場しますが(練習記号C)、これを伴奏する弦のオクターヴは、提示ではパートの表(客席に近い方)だけ、再現部(練習記号I)では裏だけが弾くこと。つまり音量は半減するわけで、その分木管のテーマが明瞭に聴き取れることになります。これは実演に接しなければ判らないことでしょう。
第3楽章のサプライズはよく分かりませんでした。第1主題に基づく中間部、クラリネット2、ファゴット、第4ホルンの四重奏が他の演奏以上に室内楽的に聴こえましたが、何か隠し技があったのでしょうか。
第3楽章と第4楽章の間にはそれなりの休止があり、アタッカでフィナーレという流れではありません。バリトン・ソロが最後にメリスマ風のアドリブを歌ったようでしたが、これがサプライズでしょうか。
フィナーレのプレスティッシモ以降(第851小節から)はほとんどテンポを落とさず、マエストーソ(第916小節から)も一気に突き進む超快速もサプライズと言えばサプライズですが、かなり以前に下野が読響を振った時もそうでしたから、私には旧知のこと。下野版第9に初めて接した人は、恐らく肝を潰したことでしょう。

以上、これが当ブログ今年最後の演奏会レポートです。このあと年内は2回ほど演奏家に出掛けますが、感想を書く予定はありません。思えば、下野のベートーヴェン(フィデリオ)に始まり、下野のベートーヴェン(第9)で終わった1年でした。

 

 

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください