日本フィル・第239回横浜定期演奏会

昨日から勝手に広上淳一祭りを始めました。このところ恒例になった感のある7月の日本フィル・広上月間です。
で、昨日は横浜定期。名曲プロですが、ただの名曲じゃない。
ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第1番ハ長調作品46-1
ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第2番ホ短調作品46-2
ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第3番変イ長調作品46-3
ドヴォルザーク/スラヴ舞曲第10番ホ短調作品72-2
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番ト長調
     ~休憩~
ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調
 指揮/広上淳一
 ピアノ/河村尚子(かわむら・ひさこ)
 コンサートマスター/豊田弓乃
昨日も30度を超える蒸し暑い一日、こういう時は涼しいコンサートホールで暫し涼を取るに限りますな。
横浜定期は、開演前にホワイエで音楽評論家による聴きどころ解説があります。今回は奥田佳道氏の担当。
入場すると、ゲートの横でその奥田氏と指揮の広上氏が何やら談笑してます。広上によると、“奥田ってのはボクの悪友で、いろいろ悪い噂を書いてる・・・”んだそうです。
土曜の夕方、皆がリラックスして名曲を楽しむ。横浜定期のクラシック音楽スタイルが、個性を持って定着してきたのが傍目にもよく判る光景でした。お客さんもみなにこやか。
今回のプログラムは、ベートーヴェンの素晴らしいピアノ協奏曲を挟んで、ドヴォルザークの名曲が囲んでいます。奥田解説によれば、ベートーヴェンはアレグロ・コン・ブリオの人。対してドヴォルザークはアレグレット・グラツィオーソの人の由。なるほど誰でも知ってるスラヴ舞曲の10番はアレグレット・グラツィオーソで書かれているし、第8交響曲の素晴らしいワルツも同じです。評論家、中々目の付け所がいいですね。
そのスラヴ舞曲集、アンコールなどでよく演奏される作品の他に、今日は2番と3番が聴けたのが収穫。それも広上淳一の指揮で。相変わらず切れの良さ抜群。特に2番の懐かしくもダイナミックな表情に、改めてドヴォルザークの魅力を満喫しました。
そしてベートーヴェン。いや、これは凄かった。
弦楽器はぐんと編成を落とします。コントラバスが1プルトしかない。即ち10型というスタイルですね。
ソロの河村尚子。兵庫県西宮出身ですが、“乳飲み子?”の時に家族とドイツに移住、ピアノを始めたのもドイツで、なのだそうです。道理で日本人独特の「教わった」音楽、「お勉強」の成果といった画一的な所が全くありません。ベートーヴェンの第4協奏曲は、協奏曲の華やかさというより深く内面に沈潜していく音楽。河村のソロは、この作品の真髄に迫る哲学的な演奏だった、と言えるでしょう。
第1楽章のカデンツァはベートーヴェン自作の大きい方。テクニックも素晴らしく、久し振りに“ベートーヴェンを聴いたぁ~”という大きな感銘を受けました。
また広上のベートーヴェンの堂々たること。勘違いしないで下さい。馬鹿デカイ音でピアノを圧倒するような愚は、決して犯しません。
弦の数を落としているということは、必然的に木管楽器のニュアンスが明快に浮き上がってくるということ。第1ヴァイオリンにフルートがユニゾンで重なっているのがハッキリ聴き取れますし、クラリネットが加わって和声に微妙な変化が起きるのも、ドキッとするほどに耳を打つのです。
そう、これは完璧な室内楽なのです。特に第2楽章冒頭の弦合奏とピアノ・ソロの対話の素晴らしかったこと。これはもう哲学です。
みなとみらいホールに参集した聴衆も、この対話がいかに深刻で、かつ毀れるほどの愛情に満ちているかを敏感に察知。息を詰めるように聴き入っているのが、舞台にもヒシヒシと伝わったのでしょう。
第2楽章が終わり、アタッカで始まる第3楽章のロンド。河村は前楽章の演奏姿勢を崩さないまま、軽やかなロンドに開放感を託す。
広上はここも慌てず騒がず、大家ベートーヴェンの足取りを丁寧に再現して行きます。“乗りに乗った”演奏は、聴衆と共に創り出すもの。その典型がここにありました。
見事なバックと素晴らしい聴衆に支えられて興が乗った河村、さりげなくベートーヴェンの「エリーゼのために」をアンコール、鳴り止まぬ拍手に応え、更にモーツァルトの「トルコ行進曲」も。
この2曲、アマチュアだって弾くような曲だと思うでしょうが、実はプロが「音楽として」弾くのは至難の業。河村は、その音楽性の豊かさをここでも聴衆にシッカリと印象付けたのです。
前半の2曲で盛り上がった広上淳一と日本フィル。後半は手が付けられません。広上の感性にはピッタリの第8交響曲。この曲で聴きたいものは全てテンコ盛り、極めてオーソドックスに最初の3楽章を料理した後、驚嘆の第4楽章が・・・。
ファンファーレをややゆったりと始め、チェロに出るテーマに被さるヴィオラのスフォルツァート sf の強調が極めて新鮮。ここから徐々にテンポを上げて行く仕掛けは、ドヴォルザークがチャンとスコアに書いていること。
交響曲でヒートアップした会場を、更に熱くしたのがアンコール。スラヴ舞曲の第8番、作品46の8でした。
この日は横浜シーズンのファイナルに当たっていて、演奏後、ホワイエで簡単なパーティーが行われました。いつもは適当なところで退散するのですが、今日は広上・河村両氏もマイクを持って参加。特に広上マエストロの薀蓄ある爆笑トークに耳を傾けていたら、お開きになったのは9時を大きく回っていました。
今月はまだまだ続きますよ、私の超私的広上祭り。

 

追記: 

 昨日のトークなどで得た情報。忘れないうちに書いておきます。
広上淳一が河村尚子の名前を聞いたのは、地獄耳・奥田佳道からだったそうです。
広上がスロヴェニア・フィルに客演した際、予定されていたソリストの中村紘子が急病になりキャンセル。その時中村紘子が“若いけれど、弾けるピアニストがいるから” という推薦で初共演したのが彼女。
その時広上は、“あ、これが奥田が褒めていたピアニストか、”と思ったそうな。その共演で広上は河村の音楽性に一目ぼれ。
奥田によれば、広上も下野もモーツァルトかベートーヴェンを共演するとき、真っ先に指名するのが河村とのこと。
広上淳一と下野竜也が太鼓判を押すピアニスト、それが川上尚子です。彼女は将来、ベートーヴェン弾きとして世界をリードするピアニストに成長していくでしょう。いや、今でも既に素晴らしいベートーヴェンを聴かせてくれる。一度は聴くべし。

 

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