日本フィル・第690回東京定期演奏会

昨日は、日本フィルはもちろん、我が国クラシック楽壇にとっても大注目の日本フィル東京定期を聴いてきました。サントリーホール閉鎖中のため、会場は上野の東京文化会館。
今回は上野にして大正解でしょう。かつては日フィルもここを定期演奏会の会場にしていましたが、久し振りに上野で日フィルを聴いて暫しの感慨。あの頃はあの辺りで聴いていたっけ、天井桟敷で聴いていて平土間に空席を見つけ、後半はコッソリ移動してドキドキした思い出とか・・・。今は時効ですな。

ワーグナー/楽劇「ニーベルングの指環」序夜「ラインの黄金」(演奏会形式、字幕付き)
 指揮/ピエタリ・インキネン
 ヴォータン/ユッカ・ラジライネン
 フリッカ/リリ・パーシキヴィ
 ローゲ/西村悟
 アルベリヒ/ワーウィック・ファイフェ
 フライア/安藤赴美子
 ドンナー/畠山茂
 フロー/片桐純也
 エルダ/池田香織
 ヴォークリンデ/林正子
 ヴェルグンデ/平井香織
 フロスヒルデ/清水華澄
 ミーメ/与儀巧
 ファーゾルト/斉木健詞
 ファフナー/山下浩司
 演出/佐藤美晴
 照明/望月太介
 衣装スタイリング/臼井梨恵
 字幕/広瀬大介
 字幕製作/Zimaku ブラス
 コンサートマスター/扇谷泰朋
 フォアシュピーラー/千葉清加
 ソロ・チェロ/辻本玲

出演者を列記するだけで随分時間が掛かりました。字幕製作者まで記したのは、隅々の一人まで、いわゆる縁の下の力持ち諸氏まで皆、素晴らしかったから。
日本フィルとワーグナー、日フィルのオペラというと珍しい部類でしょうが、例えば「ペレアストメリザンド」を日本初演したのは日フィル(フルネ指揮)でしたし、演奏会形式ながら「コジ・ファン・トゥッテ」の日本初演(渡邉暁雄指揮、後年小澤征爾も取り上げたはず)も日フィルに委ねられたのでした。

私が定期会員になる以前にはラヴェルの「子供と呪文」の記録も残ているし、私が実際に会員として体験したものでもジェルメッティの「つばめ」、ルカーチの「青ひげ公の城」、ゲルギエフとの「サロメ」、沼尻は「フィレンツェの悲劇」と、決して同オケのオペラ全曲演奏は少ないとは言えません。確かこの春には、久し振りにピットに入って「カルメン」を上演。私は故あってパスしましたが、どんな公演だったのでしょうか。
しかしワーグナーとなると話は別で、如何にラインの黄金が2時間半という常識的演奏時間の範囲内とは言え、日本フィルの定期で聴けるとは正直思っていませんでした。日本フィル始まって以来の快挙と言えるでしょう。

今回はあくまでも定期演奏会の一環、オーケストラはピットには入らず舞台上に所狭しと並び、中でもワーグナーの指示通りハープが6台上手に鎮座しているのに目が釘付けになります。
以前に某オケが演奏会形式上演を試みた時も、10年以上前に初台の新国立で舞台上演した時も、ハープは若干削って4台ほどで演奏していたと記憶しています。“おぉ、6台もあるゾ”というのが私のリアクションで、胸の内では“予算、大丈夫か?”と、要らぬお節介も。

演奏会形式とは言いながら、今回は歌手たちは全て衣裳を纏い、オケの前で演技しつつ歌うスタイル。もちろん照明も効果を挙げ、例えばドンナーによる雷の場面もドキッとするような光の効果が巧みに使われていました。
オペラには余り縁の無い定期会員のために、歌手の衣裳も神々族は白の背広、巨人族はやくざ風の帽子、ニーペルング族は地味な土色で統一され、人物相関図を手助けするように工夫が凝らされています。

啓蒙という面でも熱心な日フィルは、私は参加しませんでしたが事前に評論家氏による講演会を開催したり、チラシにも音が出る工夫を施すなどで公演をアピール。プレ・トークやマエストロ・サロンなと一早く聴衆との垣根を取り払うことに努力してきた日本フィルならではの「おもてなし」も行われてきました。

今回は残念ながら事前に予告されていた配役の内、ローゲのウィル・ハルトマン、ミーメの高橋淳が共に体調不良のため、直前になって上記の二人と交替。オペラの場合は時折あることで止むを得ませんが、このアクシデントも、却って我が国オペラ界の水準の高さを証明したのではないかと思います。
本来の歌手の当役を聴けなかったので比較は出来ませんが、ピンチヒッターの西村/ローゲ、与儀/ミーメが大変な好演で、二人とも最初から予定されて準備していたのではないかと思われるほど。特に出ずっぱりに近い西村悟には終演後、大歓声が浴びせられていました。
西村氏は以前、インキネンとマーラーの大地の歌でも共演しており、互いの音楽を良く知っての代役だったのでしょう、道理でツーカーな訳だ。

今回の日本人歌手たち、私は二期会のオペラ公演で全ての歌手と何処かで接しており、馴染みの歌手ばかり。特にフロスヒルデの清水は、山田和樹とシュトラウスの最後の4つの歌を定期で聴いたばかり。彼女を含めて粒揃いの人選だったことも、公演の成功に大きく寄与していたと思います。
もちろん一発勝負のナマ舞台ですから、全員が100%完璧だったとは言いませんが、これだけハイ・レヴェルなワーグナーを歌える歌手が揃っているという事実、これを前向きに捉えましょうヨ。
3人の外国人歌手の中で、最も親しみが感じられたのがヴォータンのラジライネン。彼こそ、今世紀初頭に新国立が上演したキース・ウォーナー演出の「トーキョー・リング」でヴォータンを歌ったヴェテランで、私は毎年、初台に通ってラジライネンのヴォータンに拍手を贈り続けていました。そのヴォータンとの再会が懐かしく無いわ訳はないでしょ。

フィンランド国立歌劇場の音楽監督を務めるという、歌手だけではないパーシキヴィ女史は、N響のマーラー第2交響曲で共演したそうですが、私は初めて。もちろん歌だけではなく、演技も達者で如何にもフリッカ然たるところは流石。
しかし今回誰もが度肝を抜かれたであろう歌い手が、圧巻のアルベリヒを披露してくれたファイフェ。失礼ながらその名前も今回初めて聞きましたが、今回のMVPは、インキネンを除けばアルベリヒでしょう。
本来ラインの黄金の主役は誰かと問われれば、ある人はヴォータン、別の意見はローゲを挙げるかもしれませんが、インキネン/ラインでは文句なくアルベリヒにしましょう。もちろん個人的な感想ですから、別の見方もあることは百も承知。

オーケストラの定期で休憩なし2時間半! ということで最初は懸念した会員も多かったやに聞きましたが、終わって見ればあっという間の2時間半。
これが大好評で迎えられたことは、終演後の拍手大喝采、彼方此方に乱れ飛ぶブラヴォ~の歓呼、そしてスタンディング・オヴェーションの数々からも知れること。日フィル60年の歴史に新たな1ページが書き加えられました。

 

 

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