サルビアホール 第75回クァルテット・シリーズ

ここ数年、6月は嵐の様な室内楽月間で、今年も例外じゃありません。ことに2017年はサントリーホールが改修中とあって、最早「世界のクァルテットの殿堂」とさえ称賛される鶴見のサルビアホールはフル稼働。
その中心は今週の木曜日からスタートするベートーヴェン・サイクルですが、通常のシーズン公演も今月は2回も。梅雨入り目前の6月5日、第23シーズンの2回目を聴いてきました。サルビア初登場のグループです。

ハイドン/弦楽四重奏曲第30番(旧番38番)変ホ長調作品33-2「冗談」
ドビュッシー/弦楽四重奏曲ト短調作品10
     ~休憩~
ラヴェル/弦楽四重奏曲ヘ長調

今回の団体は、「フランス期待の新鋭」がキャッチフレーズのクァルテット・アキロン Quatuor Akilone 。去年のボルドー国際弦楽四重奏コンクールの覇者で、日本ツアーのあとはイギリス、イタリア、ドイツでのツアーが予定されており、どうやらコンクール優勝のご褒美旅行のようです。
日本ツアーは5月31日の上野(石橋メモリアルホール)から始まって名古屋(宗次ホール)、町田、晴海(第一生命ホール)と回ってサルビアが最後、5回のコンサートが組まれていたようですね。

サルビアの場合は当初発表のプログラムから二転三転、最終的には上記の内容で決まりました。確か当初はモーツァルト(初期)、ハイドン、ドビュッシーだったものがハイドンではなくラヴェルに代わり、更にモーツァルトが消えてハイドン復活、だったと思います。
メンバーの中には既に日本を体験した方もあったようですが、クァルテットとしてはもちろん初来日。ボルドーに出掛けた方でない限りは、ほとんどの聴き手が初体験だったと思います。ということで、先ずはメンバーのプロフィール。

ファースト・ヴァイオリンはエムリン・コンセ Emeline Conce 、セカンド・ヴァイオリンがエリーズ・ドゥ=ベンドゥラック Elise De-Bendelac ヴィオラはルイーズ・デジャルダン Louise Dejardins 、チェロがルーシー・メァカット Lucie Mercat で、全員が若きパリジェンヌです。
2011年にパリ国立高等音楽院在学中に結成され、去年の第8回ボルドー国際で優勝、併せてプロクァルテット賞なるものも受賞。各演奏会のチラシにも紹介されていましたが、満場一致の優勝は滅多にないことなのだそうです。受賞理由は簡潔に「色彩豊かで真摯な演奏」とのこと。
団体名のアキロンとは天と地を結ぶ「凧」を意味するイタリア語だとのことですが、手元の伊和辞典を引いても該当する項目はありませんでした。

彼ら、いや彼女らのホームページも出来たばかりのようで、コンクールの演奏などもシッカリ映像がアップされています。聴き逃した方はこちらで我慢してください。

http://www.quatuorakilone.com/

全員が黒で統一されたコスチュームで登場し、一見ボーイッシュ。舞台下手からファースト、セカンド、ヴィオラ、チェロとオーソドックスに位置し、立って弾いたり、暗譜で演奏するなどという変化球は投げません。
で、最初のハイドン。5日目とは言いながら日本は初めて、もちろん鶴見の聴衆がどんな反応を見せるかは未知数で、最初はアキロンにも緊張感が感じられます。

そのせいでしょうか、どうも私にはこのハイドンは感心しません。普通にドイツ風のハイドンとは違った表現を目指しているのか、速いテンポと取って付けたようなアーティキュレーション。繰り返しではチョッとした飾りも。
ファースト・エムリンばかりが目立って、下のパートは弾いても弾いても楽器が鳴らない印象。低音が支える和声の醍醐味が無く、音楽もハイドン一流のウイットとはほど遠い演奏と聴こえてくるのです。「冗談」を演奏することが冗談なのかと思ったほど。

これがボルドー優勝者の演奏か、と些か失望して次のドビュッシーが始まります。
ところがドビュッシー、これが余りにも素晴らしい演奏であるのに吃驚仰天。もちろん得意のお国モノと言ってしまえばそれまでですが、アキロンのドビュッシーはそんな安易レヴェルじゃありません。
コンクール評の「色彩豊か」とは正にこのことで、同族の弦楽器のみの演奏とは思えないほどに多彩で豊かな響きがホールを満たすのでした。縦のラインというより、4つの声部の流れが寄せては退いて行く。絵画的と言っても良いほどの音色の陰影は、これぞフランス音楽の精髄でしょう。
例えばオーケストラの世界でも、我々はウィーンやベルリンの著名団体こそが至上のものと考えていた時にクリュイタンスとパリ音楽院オケ、ミュンシュとフランス国立放送オケがもたらしたカルチャー・ショックが思い出されます。ドイツ音楽の大きく重厚で整然とした響きだけがクラシック音楽じゃない。

もちろんドビュッシーはグローバルに認められている作曲家で、ドイツの団体もアメリカの団体も、チェコのクァルテットも日本のクァルテットもレパートリーに入れています。しかしアキロンのそれは、明らかに違う。単にフランス人の感性だけで演奏しても、ここまでドビュッシーの本質に迫れないことも確かでしょう。

ハイドンとドビュッシー、余りの落差の大きさに心地良ささえ感じながら、後半のラヴェル。
ドビュッシーを聴いていると彼方此方に「ペレアストメリザンド」の余韻が聴こえますが、ラヴェルで耳を擽るのは「スペインの時」だったり「スペイン狂詩曲」、あるいは「道化師の朝の歌」や「マ・メール・ロワ」。
ドビュッシーに比べてずっと南国的と言うか、スペイン的な解放感も聴き取れます。

ラヴェルはサルビアでも激戦区で、これまでもアマリリス、アタッカ、カルミナ、ロイスダールが取り上げ、アキロンは5団体目。彼等のラヴェルはドビュッシーと同様なことが言えますが、これまでの名演たちに比べて一頭地を抜く、というワケにはいかなかったようです。
私の感想では、アキロンの資質は南国的なラヴェルより、どんよりと曇ったパリの、北部フランスの重い空気の方がピタリと合うのじゃないか。その意味で「アキロン」は、フランス語の「Aquilon」(北風)の方がシックリ来るように感じましたがどうでしょうか。

今回は感心しませんでしたが、アキロンはドイツ音楽、特にベートーヴェンも演奏するでしょう。しかし私が聴きたいのは、やはりフランス音楽。フランスにはドビュッシーやラヴェル、デュティユー以外にも優れた弦楽四重奏が少なからず残されています。サンサーンス、ダンディ、フォーレ等々、これ等を歴史の闇に埋もれさせてしまうのは余りに勿体ない。
次は是非、フランスの秘曲、佳曲を中心にしたプログラムで再登場して貰いたいと思いました。

堂々たるラヴェルに大喝采、舞台と客席の距離がグンと縮まって緊張も解けたアキロン。“アンコールはモーツァルトの、弦楽四重奏曲ケッヘル159から、第3楽章を、演奏します。”と、4人がファーストからチェロまで順に日本語で紹介。これは新機軸でしたね。
そのモーツァルト、今や絶滅したかと思っていたフランス風のモーツァルトで、若い頃に良く通人から聞かされた「モザール」。互いに目配せを交わしたり、ニコッと笑みも漏れるモーツァルトのロンドが、真にグラツィオーソに演奏されました。
未だCD録音の無いアキロン、恒例のサイン会は行われませんでした。チョッと残念。

 

 

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