サルビアホール 第58回クァルテット・シリーズ

サルビアホール開館5周年を記念する第18シリーズの2回目、花散らしの雨の止み間を縫って鶴見に出掛けます。今回はサルビア初登場、ヨーロッパでの評価が極めて高いキアロスクーロ・クァルテットでした。
前回のウィハンに続いてチケットは完売、室内楽ファンの期待の高さが伝わってきます。ヒストリカルで新鮮なアプローチをガット弦で演奏するという彼等のプログラムは以下のもの。

ハイドン/弦楽四重奏曲第23番へ短調作品20-5
モーツァルト/弦楽四重奏曲第16番変ホ長調K428
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第10番変ホ長調作品74「ハープ」
 キアロスクーロ・クァルテット Chiaroscuro Quartet

私も事前予習のCDでしか聴いたことの無いクァルテット、最初はメンバーを紹介しておきましょう。
ファーストはロシア出身のアリーナ・イブラギモヴァ Alina Ibragimova 、ソリストとしても活躍するヴァイオリン。セカンドがメンバー唯一の男性となるスペイン出身のパブロ・ヘルナン・ベネディ Pablo Herman Benedy 。
ヴィオラのエミリエ・へルンルント Emilie Hornlund はスウェーデン人で、Oにはウムラウトが付きます。チェロがフランス人のクラーレ・ティリオン Claire Thirion ということで、4人とも国籍が違います。ロンドン王立音楽院出身という点が4人の共通点で、幸松辞典では英国の団体として扱われている国際派。

ホームページは以下のもの。結成は2005年と言いますから、12年目に入った比較的新しい団体ですね。4人夫々が個別活動の場を兼務しているようで、所謂常設クァルテットではなさそう。お互いにスケジュールを合わせ、集中的にアンサンブルを創っていると聞きました。

http://chiaroscuroquartet.com/

ホームページでは演奏映像も見ることが出来ますが、チェロ以外は立って演奏。並び順は左からファースト、セカンド、ヴィオラ、チェロで、チェロはエンドピンを使わず、両足で楽器本体を挟んで演奏するスタイルです。
ガット弦を張り、バロック・ボウを用いる古楽器スタイルが特徴で、これまで発売されたCD3枚は何れも高評価。幸いなことにアパルテ Aparte レーベルはNMLでも試聴可能なので、私も3枚とも予習してこの演奏会に備えました。(CDと共通しているのはモーツァルトだけ)
今回のプログラミングでも判るように、1830年代までの作品がレパートリーで、ピッチもA=430ヘルツと低く調弦している由。ヴィブラートをかけない(弓が短いのでかけられない、と言うべきか)ので、純度の高いハーモニーが得られます。

団名の「キアロスクーロ」とは美術用語で、他の色を用いずにただ明暗を主とした画法のこと。CDで聴いた印象では正にキアロスクーロ、単彩の音色を音量の強弱だけで表現して行くスタイルは、正に団名をそのまま反映していると思いました。
女性が3人も登場する団体ですが、衣裳は黒一色。女性ならもっと色彩感に溢れた舞台を想像しますが、モノクロームに徹しているのが如何にも団名を象徴しています。

ガット弦そのものは戦前までは普通に使われていましたが、やはり調弦が難しいようで、楽章間でもこまめにピッチを合せているのが目立ちました。
最初のハイドン、作品20の中では最も良く演奏される作品で、サルビアではライプチヒQに続く2度目の登場だと思います。冒頭から弱音の純度の高さが印象的で、これまで聴いてきた様々なクァルテットとは一味も二味も違う響きに思わず耳をそば立ててしまいました。

一度舞台を下がり、再登場するまでにかなりの時間が。♭記号一つの差とは言え、やはり音程を合せるのにはそれだけの時間が掛かるのでしょう。
そのモーツァルト、ハイドン・セットの3曲目ですが、サルビアでは今回が初登場。これでハイドン・セット6曲は全てサルビアで完結したことになります。しかし演奏は鶴見では初めて体験するようなヒストリカル系モーツァルト。ハイドン同様に音量の濃淡に拘り、パッセージの微妙な変化を追及して行くのでした。
ただ、やはりライヴはライヴ。CDで聴かれる様な修道僧的な禁欲さは多少後退し、特に第3楽章ではナマ演奏ならではの大胆さ、シュピーレンする喜びが感じられたのも事実。勢い余ってガット弦ならではのノイズが出たり、掠れが聴き取れたのもご愛嬌でしょうか。

後半はベートーヴェンのハープ。いつかのサルビア・レポートでも触れたように、意外なことにハープはクァルテット・シリーズ初登場になる筈。ベートーヴェン全曲で残すは12番の作品127だけとなりました。トリを務めるのはどの団体になるのでしょうか。
ガット弦、バロック・ボウによるヒストリカルと言ってもベートーヴェンともなれば大人しくしている訳にはいかないでしょう。気の所為かも知れませんが、前半と後半では別の弓を使っていたように見えましたが、確認するのを忘れてしまいました。間違っていたら御免なさい。

演奏会のあと、前日の銀座で弾いたシューベルトの「死と乙女」は驚異的なスピードで演奏し聴き手を唖然とさせたと聞きましたが、ベートーヴェンは確かに速かったものの驚異的と言うほどでは無かったと思います。
第3楽章プレスト主部、ファーストが奏でる下降溜息音型も寧ろゆったりと感じられたほど。純粋にキアロスクーロなストイックさを予想していた小生としては、やや予想外だったかも知れません。4つの楽器のバランスも、イブラギモヴァが全体を引っ張る印象で、やや偏った画法か。これもまたライヴ演奏の醍醐味でしょう。

アンコールもありました。ベートーヴェンの変ホ長調からハ長調に移り、チェロからヴィオラ、セカンド、ファーストの順に調弦に時間を掛け、ハイドンの作品20-2番から終楽章。特に曲名のアナウンスはありません。
彼等は最近ハイドンの作品20をレコーディングしていて(全曲か否かは不明)、集中的に取り組んできた作品の一つなのでしょう。因みに上記ホームページによれば、CDは従来のアパルテではなく、BISから出るとのこと。BISも全てNMLで聴けますから、年内にはキアロスクーロのハイドンも音盤として聴くことが出来そうですね。
ところでヴィオラのエミリエ、出産間近ということが言われなくとも判る様子でしたから、次にキアロスクーロを聴けるのは暫く先になりそう。それまではCDでハイドンからメンデルスゾーンまでを楽しむことにしましょうか。

 

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