サルビアホール 第50回クァルテット・シリーズ

昨日のサルビアホールは第15シーズンの最終回、SQS2度目の登場となるシマノフスキ・クァルテットの演奏会でした。曲目は次のもの。

ハイドン/弦楽四重奏曲第31番ロ短調 作品33-1
バツェヴィチ/弦楽四重奏曲第4番
     ~休憩~
シマノフスキ/夜想曲とタランテラ(スコリク編)
メンデルスゾーン/弦楽四重奏曲第6番へ短調 作品80

前回は一昨年の11月でしたから、それから未だ2年ですが、メンバーが一人交替していました。前回は主にファーストを担当していたアンドレイ・ビーロフに代わり、今回は女性のアガタ・シムツェフスカ Agata Szymczewska を加えた4人。その他のメンバーは前回の記事をご覧ください。
シマノフスキQのファーストは彼女が3人目になりますが、このクァルテットは作品によってファーストとセカンドを分担しているようで、今回は前半の2曲はグジェゴシュ・コトフが、後半をシムツェフスカが弾きました。
冒頭のハイドンは前回でも取り上げた作品で、その時のファーストも今回と同じコトフだったことが判ります。↓

http://merrywillow.com/?p=3182

また前回の記事で紹介した彼らのホームページは、メンバーの交替があった為か既に閉鎖されていて、現在は新しいサイトに替っています。それはこちらを参照。
シムツェフスカは2014年9月に加わったとのことで、有名なピアニストのクリスチャン・ツィメルマンとの共演でも注目されている由。

http://www.szymanowskiquartet.com/

クァルテットの印象は、ハイドン・シマノフスキ・ベートーヴェンで構成されていた前回とほとんど変わりありません。速いテンポ、柔らかいタッチ、透明感のあるアンサンブルと、独自なスタイルとも言える表現力。
それはハイドンとメンデルスゾーンに特に顕著で、古典派の、そしてロマン派の時代スタイルに沿った演奏とは言い難いものがあります。

今回初めて聴いたメンデルスゾーンは、一般的には「ロマン派の意匠を伴ったクラシスト」と言われていますが、彼らのメンデルスゾーンは「ロマン派の意匠を伴ったモダニスト」という感想。メンデルスゾーンってこんな音楽だっけ、というような違和感があると同時に、新鮮な発見に驚くという側面もありました。
ハイドンにも共通することですが、敢えて楽譜には書かれていない表現(テンポの変化やアクセントなど)を取り入れながらも、その場その場の思い付きではなく、緻密に計算された上で綿密に練り上げたスタイル。
これを否定的に見る人ももちろんいるでしょうが、多くの聴き手は先ず彼らの個性的なスタイルに驚くはず。これはやはり、クラシック音楽、特に弦楽四重奏の分野では比較的歴史が新しいポーランドという国の地理的・歴史的な位置に由来するのではないかと思われます。

その意味では、長い伝統の上に生まれたハイドンとメンデルスゾーンの間に演奏されたポーランドの作曲家による2作が圧倒的な説得力を持っていたことは、恐らく誰もが認める所でしょう。
グラジーナ・バツェヴィチは1909年生まれの女流作曲家で、ヴァイオリニストとしてキャリアをスタートさせた人。1954年の交通事故以降は作曲に専念し、弦楽四重奏曲は7曲を残しています。残念ながら1969年に60歳の若さで亡くなりましたが、歳を加えるごとに前衛度を高めていった人で、今回取り上げられた第4番は彼女としては新古典的な性格を備えた音楽。
1951年の作品で、リエージュ国際コンクールに出品して優勝作となった名品でもあり、確かその後のコンクールなどで課題曲にも指定された、と聞いたことがあります。全体は明確に分かれた3楽章で、特に終楽章の切迫した迫力は聴き応え十分。近年急激に評価が高まっている、という解説も大いに頷けます。

余談ですが、私が彼女の音楽を初めて聴いたのは、ポーランドの国立オケが1963年に初来日した時に含まれていた「弦楽のための協奏曲」(ヤン・クレンツ指揮)で、これは放送で何とも紹介されていましたから、私もエア・チェックして何度も聴いた覚えがあります。第4四重奏と近い世界の音楽でしょう。
この初来日で取り上げられたポーランド作品は、ショパンを別にすればモニューシコ、ペンデレツキとバツェヴィチの3人だけでしたから、如何にポーランドでは期待されていた作曲家であることが判ろうというもの。

シマノフスキQの演奏は、正に水を得た魚。完全にスコアを読み切ったアプローチで、技術的にはかなり高度なものを要求されているはずですが、その難解さを全く感じさせない凄さに感服しました。
彼等は第4番を既にCDに録音しており、言わば決定盤と見做してよいでしょう。

もう一つのシマノフスキ作品は、オリジナルの弦楽四重奏曲ではないものの、彼等が録音済みの一曲。ヴァイオリンとピアノの原曲をウクライナの作曲家ミロスラフ・スコリクがアレンジしたもので、シマノフスキの特色である細やかな色彩感覚と、怪しげな雰囲気を醸し出し、原曲とは全く異なる一品と聴いて良さそうです。なおこの作品には管弦楽への編曲版(フィテルベルク編)もありますが、それとも違う世界。
題名の通り夜想曲とタランテラの2部分から成り、シマノフスキQの高度なテクニックに酔い痴れる時間でした。

アンコールは前回と同じく2曲用意されており、最初はアガタのファーストでベートーヴェンのラズモフスキー第3番からフィナーレ。これは前回のメインで取り上げた作品で、その時の速さに舌を巻いた思い出が蘇ってきました。
もう1曲は、ショスタコーヴィチの「ワルツ」。今回は何れもグジェゴシュが曲名を英語で告げましたが、二つ目に付いては日本語が堪能なチェロのマルチンが、“もっとやさしい曲”と補佐。「やさしい」とは「易しい」と「優しい」の両方の意味があるようで、場末のキャバレーから流れてくるような、卑猥な哀愁感漂うワルツが「やさしく」奏でられました。

ところでこのワルツ、出典が何なのか主催者に聞いてみましたが、彼等はただショスタコーヴィチのワルツとしか答えてくれなかったそうな。
幸い帰りがけに出会った常連氏から、ジャズ組曲(2曲あり)のどちらかにありますよ、と御教示頂きました。アマチュア・オーケストラでチェロを弾かれている氏によれば、オーケストラのアンコールでは良く演られるピースなのだとか。恐らくそれを弦楽四重奏にアレンジしたものでしょう、とのこと。
ジャズ組曲なら全音のスコアが手元にあったはずと早速調べたところ、なるほど通称第2組曲の第7曲「第2ワルツ」であることを突き止めました。

しかし全音版の解説で大輪公壱氏が詳述されているように、この作品は正しくはステージ・オーケストラの組曲というものだそうで、第2組曲自体は失われており、誤用されて第2組曲と呼ばれてきたもの。
組曲そのものが他作品の転用から成っており、第2ワルツの原曲は映画音楽「第一軍用列車」作品99なのだそうです。この映画音楽の編成は判りませんが、アンコールの曲名は、シマノフスキQが言う「ショスタコーヴィチのワルツ」で正しいのでしょうね。
ということで、素敵な出会いもあったコンサートでした。

 

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください