2017クラシック馬のプロフィール(7)

今回は先週の日曜日、フランス・オークスであるディアーヌ賞を制したセンガ Senga のプロフィールを紹介します。
センガは父ブレイム Blame 、母ベータ・レオ Beta Leo 、母の父エー・ビー・インディー A.P.Indy という血統。

父ブレイムは日本では余り馴染みが無いと思われますが、サンデー・サイレンス Sunday Silence と同じロベルト Roberto から派生している父系。スティーヴン・フォスター・ハンデやホイットニー・ステークスといったGⅠ戦に勝ちましたが、何と言っても2010年のBCクラシックで牝馬ながら挑戦したゼニヤッタ Zenyatta を破って優勝したのがセールスポイント。
一般的には女傑ゼニヤッタを破った只1頭の馬ということで解説されていくと思われます。

父に付いては以上にして、早速牝系に入りましょう。母に触れる前に、このファミリーはギリシャの海運王で名画のコレクターとしても知られるスタヴロス・ニアルコス氏が長年育ててきた牝系で、その基礎になったのはセンガの4代母であることに触れておきます。フランスの2歳戦、マイル路線で名馬を数多く輩出しており、クラシック馬を産んで当然、とでも言うべき名血統です。
センガは生産者がフラクスマン・ホールディングス、オーナーがフラクスマン・ステーブルとなっていますが、これらは何れもニアルコス・ファミリーの法人名で、ゴッドファーザーであるニアルコス氏は1996年に亡くなりました。氏の競馬事業は娘のマリアが引き継いでいます。

母ベータ・レオ(2007年 黒鹿毛)ももちろんニアルコス・ファミリーが生産・所有し、ニアルコス家の調教師であるパスカル・ヘイリーが調教した馬で、センガと全く同じ陣営。
ベータ・レオは2歳から3歳にかけて5戦し、勝鞍はデビューのメゾン=ラフィットの1100メートル戦でのもの。2歳時は4戦、最終戦となったオマール賞(GⅢ)では8頭立ての7着に終わり、3歳時には7月ドーヴィルの一般戦(1200メートル)8着のみで現役を退きました。繁殖牝馬としては、
2013年 ボルティング Bolting 鹿毛 牡 父ウォー・フロント War Front オーナーはフラクスマン・ホールディングス。現役で現時点では9戦3勝。2歳時はジャン・ピアース厩舎で4戦2勝、勝鞍はデビューの1100メートル戦とシャンティーの条件戦(1300メートル)。3歳からはフランシス=アンリ・グラファール厩舎に移籍し5戦1勝。シャンティーのレステッド戦(ポン・ヌフ賞、1400メートル)に優勝。
2014年 センガ

センガはベータ・レオの2番仔で2頭目の勝馬ですが、面白いのは妹のセンガが仏オークスに勝った同じ日、兄のボルティングがアメリカでポーカー・ステークス(芝GⅢ、ベルモント競馬場)に出走し、5頭立ての最下位になった事でしょう。大西洋を挟んで兄妹が命運を分けたことになります。
オーナーのマリア・ニアルコスさんとしては、フランスで歓喜し、アメリカからのニュースでガッカリということか。尤もアメリカの結果には余り期待していなかったとは思いますが。

2代母デネボラ Denebola (2001年 黒鹿毛 父ストーム・キャット Storm Cat)もニアルコス・ファミリーのオーナー・ブリードで、パスカル・ベイリー厩舎に所属。2歳時にこのファミリーの伝統でもあるカブール賞(GⅢ)に優勝し、モルニー賞(GⅠ)で3着した後マルセル・ブーサック賞(GⅠ)に勝ってフランスの2歳牝馬チャンピオンに選ばれます。
3歳時には距離不安もあってクラシックには向かわず、短距離のフォレ賞(GⅠ)2着で現役を終えました。彼女の産駒も念のため一覧表にしておくと、
2006年 キープ・シンキング Keep Thinking 黒鹿毛 牡 父エー・ピー・インディー 1勝馬、ヴェネズエラで種牡馬。
2007年 ベータ・レオ
2008年 ハイ・リュミノシティー High Luminosity 黒鹿毛 牝 父エルーシヴ・クオリティー Elusive Quality 未出走。
2009年 デルタ・スクーティ Delta Scuti 黒鹿毛 牡 父エー・ピー・インディー 未勝利。
2010年 ゾスマ Zosma 黒鹿毛 牝 父ストリート・クライ Street Cry 未勝利。南アフリカで繁殖入り。
2012年 モヒン Mohin 鹿毛 牝 父ガリレオ Galileo アイルランドで未勝利。
2013年 ティピィック Tipique 鹿毛 牝 父ガリレオ 未勝利。
2014年 ラティオシネーション Ratiocination 鹿毛 牡 父エクスセレブレイション Excelebration 現役。パスカル・ベイリー厩舎で現在まで4戦2勝。リステッド戦(ポンタルム賞)3着。仏オークス前日のポール・ド・ムーサック賞(GⅢ)で5着。

以上、デネボラ以降ではセンガを除いて目立った活躍馬は見当たりませんが、凄いのは3代母からです。
その3代母クー・ド・ジェニー Coup de Genie (1991年 鹿毛 父ミスター・プロスペクター Mr.Prospector)は2歳時にモルニー賞(GⅠ)、現在は廃止されているサラマンドル賞(当時はGⅠ)に勝ったレッキとしたGⅠ馬で、ニューマーケットの1000ギニーでも3着に入りました。

彼女は名前の通り(Genie は仏語で天才的な、の意味)繁殖牝馬としても天才的な活躍をし、センガの2代母デネボラを出した他にも娘ムーンライツ・ボックス Moonlight’s Box が凱旋門賞、パリ大賞典、ジャン=プラ賞、ガネー賞、クリテリウム・インターナショナルとGⅠ5勝のバゴ Bago と、イスパハン賞とムーランド・ド・ロンシャン賞のGⅠ2勝馬マクシオス Maxios を産み、
アンプルーダンス賞(GⅢ、当時はリステッド戦)に勝った別の娘グリア Glia も、孫にアメリカでアシュランド・ステークス、アメリカン・オークス、スピンスター・ステークス、ロデオ・ドライヴ・ステークスとG戦勝ちは全てGⅠという牝馬エモリエント Emollient を出しました。因みにエモリエントはハーリッド・アブダッラー氏が購入し、ウイリアム・モット師が調教。
クー・ド・ジェニーには他にも、スタイヴァサント・ハンデ、クイーンズ・カウンティー・ハンデ、アケダクト・ハンデとGⅢ戦3勝のスネーク・マウンテン Snake Mountain 、カブール賞(GⅢ)に勝ってモルニー賞3着のラヴィング・カインドネス Loving Kindness もいます。

そして4代母クー・ド・フォリー Coup de Folie (1982年 鹿毛 父ヘイロー Halo)こそが、冒頭で紹介したようにニアルコス家の基礎を築いた重要な牝馬。ニアルコス氏は同場馬を高名な競馬人E・P・テイラー氏から購入したのですが、馬名のクー・ド・フォリーとは「狂気の沙汰」とでも言った意味。
これは私の想像ですが、彼女は父ヘイローと母レイズ・ザ・スタンダード Raise the Standard (1978年 鹿毛 父ホイスト・ザ・フラッグ Hoist the Flag)とが共通の2代母アルマムード Almahmoud に遡ることが出来、3×3という強烈なインブリードを持っているのですね。つまり、狂気の沙汰とも呼べる血統であることから命名されたのではないでしょうか。

クー・ド・フォリーはオマール賞(GⅢ)に勝ってマルセル・ブーサック賞(GⅠ)は3着でしたが、繁殖牝馬としては娘のクー・ド・ジェニーを上回るほど。
即ち、クー・ド・ジェニーの全兄マキャヴェリアン Machiavellian はモルニー賞とサラマンドル賞に勝って英2000ギニー2着の大種牡馬。次の半兄イクジット・トゥー・ノーホエア Exit to Nowhere もジャック・マロワ賞(GⅠ)などG戦に4勝した名種牡馬。

娘のサルチョウ Salchow はグラン・クリテリウム(GⅠ)のウエイ・オブ・ライト Way of Light を産み、アスタルテ賞(GⅢ、現在はロッシルド賞GⅠ)に勝って仏1000ギニーでは2着だったハイドロ・カリド Hydro Calido が日本にもこの牝系を広げているのです。
ハイドロ・カリドは我が国に繁殖牝馬として輸入され、セントライト記念に勝って皐月賞は4着だったシンコウカリドを輩出。またアメリカで産んだヘラキラ Herakila という牝馬も、輸入された息子(後にせん馬)フィフティーワナーがアンタレス・ステークス(GⅢ、京都ダート1800メートル)を制するという具合です。

上記5代母ライズ・ザ・スタンダードは、あの名馬ノーザン・ダンサー Northern Dancer の半妹。別の娘ボニータ・フランチータ Bonita Francita からはモルニー賞勝馬で愛2000ギニー3着のオーペン Orpen (エイダン・オブライエン厩舎)、仏1000ギニー馬ブルーマンバ Bluemamba (パスカル・ベイリー厩舎)も出ています。
以上のように、ニアルコス・ファミリーを体表するこの牝系の特徴は、3歳よりも2歳で活躍する馬が多く、従って距離は1マイルを得意とする馬が多いこと。長距離では凱旋門賞を制したバゴくらいのものでしょう。(バゴが勝ったパリ大賞典は、当時2000メートルでした)
ベイリー師が、ファミリーの伝統であるマイル路線に拘り過ぎた、と反省していたのも頷けます。センガが制した仏オークスは2100メートル、このあとはヴェルメイユ賞や凱旋門賞というより、マロワやムーランと言ったマイル路線に戻るのが自然の様にも思われます。

ファミリー・ナンバーは2-d。1817年生まれのエンマ Emma を基礎とする牝系です。

 

 

 

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