日本フィル・第337回横浜定期演奏会

暫くブログを休んでいました。前の記事を見ると5月1日の更新ですから、実に12日振りということになります。まぁ、18連休に比べれば可愛いものですが、些か感覚も鈍ってしまった次第。
その間は寝ていたわけではなく、失われたデータの回復に邁進していましたが、追い付くには1年以上は掛かりそう。リハビリから回復するのは当分先のことになりそうです。

音楽ジャンルが途絶えていたのは書く気が起きなかったからではなく、単純に演奏会から遠ざかっていただけ。個人的に5月の大型連休期間中は食指が動くようなコンサートも見当たらず、昨日12日の横浜みなとみらいホールが2週間ぶりのコンサート通いでした。例によって定期会員である日本フィルの横浜定期から。

ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
シューマン/ピアノ協奏曲
     ~休憩~
チャイコフスキー/交響曲第4番
 指揮/アレクサンドル・ラザレフ
 ピアノ/阪田知樹(さかた・ともき)
 コンサートマスター/藤原浜雄(ゲスト)
 ソロ・チェロ/菊地知也

先月は首席インキネンとドビュッシー、ワーグナーに取り組んだ日フィル、5月は桂冠指揮者兼芸術顧問ラザレフを迎えて、ミッチリと扱かれる日々が続いています。話題の東京定期に先立って行われた横浜では、得意のチャイコフスキーと、マエストロとしては珍しいドイツ・ロマン派の組み合わせ。ラザレフのワーグナーってどんな演奏になるのか、怖いもの見たさの横浜行ではありました。
奥田佳道氏のプレトークも先ずはその話題からで、ラザレフが日本フィルとワーグナーを演奏するのは今回が初とのこと。我々は歴史の証人になりますね、とはいささか大袈裟かも。シューマンを弾く若手の阪田とラザレフの競演も初めてで、第337回は初めて尽くしのコンサートだそうです。私にとっては阪田知樹というピアニストも初めてで、個人的には初体験の三重奏でもありました。

その奥田情報によると、チャイコフスキーの第4交響曲はもちろんのこと、ワーグナーも自身のボウイングを書き込んだパート譜が持ち込まれ、ラザレフならでは玄妙なる世界が展開する由。プレトークから期待が高まるじゃありませんか。
シューマンについても専門家ならではの視点が語られましたが、それは後程。まずワーグナーによる愛の世界に身を委ねましょうか。

意外、と言っては失礼ですが、ラザレフが紡ぐワーグナーは、ドイツ系の演奏家以上に濃密なワーグナー。先月もインキネンでワーグナーを満喫しましたが、さすがにラザレフは一枚上というか、遅めのテンポでジックリとトリスタン和声を強調していきます。特にホルンを強調しながら音量を上げ、壮絶なクライマックスに導いていく過程はスリリングですらありました。
愛の死、ここでは最後の頂点に向かう弦の3連音符の連続が独特で、恐らくここなどはラザレフのボウイングが絶大な効果を挙げているのだろう、と確信しましたね。オーボエのレ♯が一人残り、最後の pp 和音がホールに消えていく。ラザレフはいつまでも両手をヒラヒラと漂わせ、客席に拍手をさせません。相変わらずのラザレフ・スペシャルですが、聴衆さえも指揮してしまう猛将のスペシャル・テクニックでした。

ところでトリスタンの最後の終わり方、プレトークで奥田氏が“あのドビュッシーでさえ、最初はワーグナー熱に冒されていた”と紹介されていましたが、牧神の午後への前奏曲の終わり方と、何となく似ていると思いませんか。トークの世界って、意外な発見に導いてくれるのかも。

さてシューマンで初体験の阪田和樹。年齢は判りませんが、多分20代の中頃でしょうか。名古屋出身で背の高い青年、2016年にフランツ・リスト国際ピアノ・コンクール(ブダペスト)でアジア人男性ピアニスト初優勝を果たしたという逸材。19歳でヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール最年少入賞した際の録音が、NMLでも聴くことが出来ます。横浜とハノーファーを往復しているようで、去年の横浜文化賞文化・芸術奨励賞を受賞したそうな。
今回が日本フィルとの初共演と言うことで、多少緊張している様子も窺えました。客席四方に丁寧に挨拶し、初々しい好印象。しかし繰り出すピアノの音色は実に美しく、何よりも若手とは思われないような堂々たるテンポに驚きます。最近は比較的アッサリ系のシューマンを聴くことが多いのですが、珍しくロマンティックで歌を大切にするピアノ。この1曲で判断するのは危険ですが、スケールの大きな表現を目指すピアニストかな、と感じた次第です。

事前のプレトーク、実は最近月2回のペースで奥田氏の講座を拝聴しています。シューマンでは予想通りクララの動機(c-h-a-a)が紹介されましたが、新たにフロレスタンの動機についても。クララ動機はベートーヴェンのフィデリオ、第2幕冒頭でフロレスタンが歌うアリアの最初のモチーフと同じなのですね。フロレスタンはシューマンが自身に擬えた架空のダヴィッド同盟の登場人物で、フィデリオ→フロレスタン→クララ動機→ピアノ協奏曲という繋がり。学者ってそこまで深読みするのか・・・。
クララ動機は協奏曲の全編に登場、特に第2楽章から第3楽章への橋渡しでは4回も「クララ」と叫んでフィナーレに突入する。ピアノ協奏曲は正にロベルトのクララへのラヴ・レターで、聴いている方が恥ずかしくなってくるほどじゃありませんか。ひょっとして阪田くんのアンコールは、同じくフロレスタン繋がりのトロイメライじゃないか、と予想してしまいました。

この予想、見事に外れましたワ。彼が弾き出したのは、同じシューマンでも歌曲「献呈」をリストがピアノ・ソロ用にアレンジしたもの。リストの手が入った作品をアンコールしたのは、リスト・コンクールの優勝者と言う自負もあるのでしょう。正に名刺代わりの一品です。
ところで献呈、これは歌曲集「ミルテの花」の第1曲で、この歌曲集もクララに献呈した愛の贈り物。献呈の最後(後奏)にはシューベルトのアヴェ・マリアが二度も登場する露骨なまでの愛の告白で、協奏曲以上に顔が赤くなってしまいました。阪田君にやられましたね。

ということで熱くなった前半でしたが、後半はラザレフの十八番チャイコフスキー。第4交響曲は大分前に東京でも聴きましたが、今回は更に進化、というかスピードアップしていました。これに圧倒され、実に痛快な名演。
ラザレフ節炸裂、と一言で言えば簡単ですが、面白いアイデアが次々と登場し、全部覚えていられるでしょうか。順に記憶をたどると・・・、

冒頭のファンファーレ、例の運命のモチーフをラザレフは、金管奏者に4小節目で一息入れさせ、後を続ける。テーマを全力で吹かせるという効果もあるのでしょうが、これが新鮮に響くから不思議。このテーマ、6小節のフルサイズで登場するときは全て4+2の感じなので、全曲の統一感がある。本来は序奏のテーマですが、展開部・再現部・コーダの冒頭、そして第4楽章にも出てくるので、強烈なインパクトあり。
第1楽章終結部の主題。ここで両ヴァイオリンに極端なピアニシモを要求。ティンパニの4度音程の方が大きく聴こえるほどで、3度目から弦が一気に音量アップ。多分ラザレフ版のボウイングが使われているのかも。
第1楽章コーダの繰り返し、徐々にテンポを上げて壮絶な頂点に至り、最後の fff では態と左足を踏んで大きなノイズを発生させ、聴き手の度肝を抜く。
第2楽章冒頭、メロディーはオーボエ・ソロ(杉原由希子)に任せ(実はラザレフの思い通り)、自身は首を縦に振る程度でほとんど指揮しない。
このテーマが戻ってくる再現部、主題は弦楽器に移るが、ここも極度な弱音に落とし、テーマに寄り添う木管のソロを浮き立たせる。こんな表現は初めて聴きました。
第3楽章の弦は、全員が弓を置いてピチカート。第3楽章と第4楽章を間髪を入れず指揮する指揮者が多く、その場合は最後の10小節は弓を取り上げながらピチカートを奏することが多いようだが、ラザレフは最後まで弓を持たせない。
従って第4楽章は一息入れてからとなるが、コンマスに“準備は良いか? さぁ行くぞ”とでも言わんばかり。猛烈なスピードでフィナーレ開始。
練習記号B、民謡「白樺は野に立てり」に基ずく第2主題。通常は若干の間を置いて始めるものだが、ラザレフはお構いなし。そのスピードのまま無慈悲に?突入。
練習記号C、第2主題に相槌を打つ弦のチャカチャカは弾くのではなく、弦に弓を当てるだけ。ラザレフのみに許される奏法か。
最後のクライマックスに向けて、ラザレフは指揮台を降りて低弦群に“もっと音を出せ”の指示。何度もラザレフを聴いているファンにはお馴染みなれど、初めての人は魂消るだろうなぁ~。
最後の最後はギアを3段階でアップし、客席に向きながらのフィニッシュ、どうだぁ~~。

オーケストラの皆さん、よくあの猛スピードに耐えましたね。特にフィナーレ、息つく暇もありませんでしたし、先の先まで読んでいないと演奏できないと思いました。プロフェッショナル、と言ってしまえばそれまでですが、ラザレフ共々、メンバー各位に敬意を表します。

アンコールは予想通り、くるみ割り人形のトレパーク。今回のコンマスは、元読響コンマスの藤原浜雄氏。ラザレフとの共演は初めてではないと思いますが、日本フィルの流儀にはやや不案内で、それがまた客席の笑いを誘っていました。
ということで、アァ、面白かった。

 

 

Pocket
LINEで送る

2件のフィードバック

  1. 椿四十郎 より:

    いつも楽しみに拝読しています。
    これは蛇足ですが、
    ラザレフと日本フィルは、
    とある学校の演奏会で、
    ニュルンベルクのマイスタージンガー
    の第一幕への前奏曲をやってます。
    奥田氏にミスリードをした
    事務局の記録と記憶違いですね。

  2. メリーウイロウ より:

    椿四十朗 様

    早速のコメント、ありがとうございます。
    マイスタージンガーの演奏記録は知りませんでした。ご指摘の演奏会は、想像するに学生さん向けの特別な機会だったのでしょう。一般ファンには公開されていなかった思われますので、その意味での初ワーグナーということですね。

    ワーグナー本人もロシアでコンサートを指揮しているくらいですから、ロシアにはワーグナー演奏の伝統もあります。ロシア人指揮者によるワーグナーも珍しい事じゃありませんよね。ラザレフも自身でボウイングを書き込むくらいですから、思い入れは相当なものだ、と聴きました。

    メリーウイロウ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください