ジョンダリを衝いて、エクのラズモ全曲

何じゃ、そのタイトルは? と思われるでしょうが、まあ、順を追って書いて行きましょう。
若い頃はオーケストラや現代音楽ばかり聴いていた小欄ですが、歳を重ねてくると余りにも情報量が多いコンサートは身体に負担になってくる。そこでボチボチと通い始めたのが、弦楽四重奏を中心にした室内楽と言うジャンルでした。世紀の変わり目ごろからこの傾向が強くなり、今は鶴見や鵠沼への参戦は欠かせません。

で、鶴見に登場する弦楽四重奏団のスケジュールを調べると、その殆どがサルビアホールの後は名古屋の宗次ホール、あるいはその逆と言ったパターンなのですね。そこで当然ながら気になるじゃありませんか、宗次ホールってどんな施設なんだろう?
そうした疑問に答えてくれたのが、去年7月に出版された平井満・渡辺和共著「クラシックコンサートをつくる。つづける」です。宗次ホールに付いては当書に詳しいので各自読んでいただくことにして、この夏、興味津々の名古屋にいよいよ出陣と決しました。
名古屋は家内の出身地でもあり、今も彼女の音楽好きの学友たちが何人も在住。幸いその一人が宗次ホールのフレンズ会員であることが判り、早速7月28日に我らがクァルテット・エクセルシオが登場する一夜のチケットをゲットして貰い、念願が叶うことになったワケ。東京のエクフレンズ諸氏にも話を持ち掛け、幾手にか分かれて名古屋市中区、栄の繁華街を目指したのでありました。

ところがところが、何と数日前に発生したばかりの台風がこのコンサートを直撃するようなコースで通過するという予報。しかも寒冷渦とやらの影響で気象庁の観測史上初めて西進するという。つまり常識的な台風のコースとは真逆に進み、28日の朝に東京から西へ、名古屋へはコンサートの最中である土曜日の夜に最接近するというではありませんか。チョッと待ってくれ。
こんなに台風の進路を真剣に考慮したことはありません。件の変則台風、日本では12号と報道されているものの、正式な名称はジョンダリ Jongdari と言うのだそうな。つまり我々はジョンダリに追われるように東京を離れ、深夜にかけてはジョンダリに真正面から衝突するような形での名古屋日帰り往復。えい、ままよ、成る様に成れとばかりに傘を片手に新幹線に飛び乗った次第。それがジョンダリを衝いて、という文言の由来です。

朝方はかなり雨が激しく降っていた東京ですが、出掛ける9時頃には止んで陽射しも。新幹線も時刻通りに運行し、11時前には名古屋着。その名古屋も眩しいほどの天気でしたが、行き交う人たちはみな傘持参。やはり台風は予定通り来るのでしょう。帰りは怖い、ということで万が一交通機関がストップした場合も想定してスケジュールを考えます。新幹線が動いていれば出来るだけ早く東京に戻り、止まってしまったら家内の実家に泊めてもらう、その二者択一で宗次ホールを目指しました。
その前に、チケットを取ってくれた家内の友人たちとホール近くの東急ホテルで待ち合わせ。遅いランチと言うか早いディナーと呼ぶか、暫し互いの情報交換で開場時間を待ちます。

曰く、最近宗次ホールで聴いたニコラーエフというピアニストにどえりゃー感激したよ、とか、
改装された御園座は列の間隔が広く、出入りが楽、とか、
杮落し公演の松本幸四郎に行ったけど、態々東京から駆けつけたファンもおるんよ、とか、
私はスーパー歌舞伎のワンピースを訳も知らずに見たけど、唖然として面白かった、とか、
豊田市コンサートホールで五嶋みどり/広上/京響のチャイコフスキー、凄かったよ、とか、あっという間に開場の5時半を過ぎていました。繁華街のほぼ真ん中に位置する宗次ホール、ここまで雨は一滴も降らず、むしろカンカン照り。

で、肝心のコンサートですが、今回が去年に続いて二度目の宗次となるエクセルシオは、ラズモフスキー四重奏曲全曲演奏と言う堂々たるプログラムで勝負してきました。でも待てよ、これって二度の休憩があって2時間半、帰りは大丈夫かと心配になります。

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第7番ヘ長調作品59-1
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第8番ホ短調作品59-2
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第9番ハ長調作品59-3
 クァルテット・エクセルシオ

初見参の宗次ホールは、改修工事中の愛知芸術劇場から南に2ブロック、2007年春にオープンした310席の室内楽専用ホールです。話題はその稼働率で、午前11時半開演という自由席のランチタイムコンサートとスイーツコンサート、夜7時開演の指定席で聴く本格的なコンサートを併せて年間400公演というから凄い。正しく日本一の稼働率を誇るホールでしょう。
1階でチケットをもぎり、2階と3階がホールスペース、オーナーである宗次徳二氏夫妻は7階建てビルの最上階に居住されている由。創業された「CoCo壱番屋」とは懐は全く別で、あくまでも宗次氏の個人的な活動、ということは改めて認識すべきだと思いました。実際、ホール2階スペースにある関連グッズ販売コーナーで氏の「日本一の変人経営者」という書籍が売られているのを除けば、通常のホールと全く変わる所はありません。

私共は1階D列で聴きましたが、このホールは何処で聴いても素晴らしい響きとのこと。2階も覗いてみましたが、ステージがかなり下方に見える構造になっており、舞台の音が上方に混じり合いながら響く心地良さが想像できるようでした。
ラズモ第1の出だしこそ初めて耳にするような感覚でしたが、それも直ぐに耳がアジャスト。ホールのクリアーで豊かなアクースティックに馴染んでしまいます。4つのパートが明瞭に、かつバランス良く溶け合い、ここでは奏者の実力がストレートに出てしまうでしょう。エクセルシオが四半世紀に亘って培ってきた実績と経験がそのまま聴き手に伝わってくるラズモ全曲演奏会でした。

今回、エクはヴィオラとチェロを入れ替え、上手のセカンドも思い切り椅子を客席に向けて正面に据える配置。理由は聞けませんでしたが、恐らく舞台左右に張り出した楽屋裏とのドア構造を考慮し、両ヴァイオリンのバランスを考えての配置換えだったのではないでしょうか。これが奏功、いつも以上にクリアで、パートの動きが手に取る様に聴き分けられたような気がしました。
今回初めて聴いたという名古屋の友人たちからも、“エクセルシオを紹介してくれて感謝してます”というメールを頂きました。名古屋にもエク応援隊が出来るかもね・・・。

ところで、宗次ホールでは東京定番のビニール袋入りのチラシ配りは無く、チケットもぎりの際にプログラムと合わせて関連チラシが手渡されます。
これがご丁寧にもクリアーファイルに入れられており、宗次ホール関連チラシと、他の会場の演奏会チラシとに分けてあるという心配り。宗次関連でも、今回は弦楽四重奏関係が先ず最初に並び、その他がそれに続くという具合。直近3ヶ月のホール予定は月別に、両面印刷にビッシリと埋まっており、流石に最高の稼働率を実感できました。
中に「宗次フレンズ会員募集中」というペラ1枚もあり、会員なる利点が手際よく纏められています。これを見ていると、確かに従来の音楽一筋系のそれとは違い、経営感覚を持った宣伝効果が感じられるじゃありませんか。宗次の宗次たる所以でしょうか。チラシの手渡し一つにしても、オンリー・ワンの気概に満ちている。

更に、9月予定の中に14~16日の第4回宗次ホール弦楽四重奏コンクール(2年に一度のビエンナーレ)の案内がありました。14・15日は公開マスタークラス、16日が本選で、マスタークラスは原田禎夫(東京Q)、ヴァーツラフ・レメシュ(プラジャークQ)、百武由紀(Qピアチェーリ)が講師。本選ではその3人に齋藤千尋(ロータスQ)と西野ゆか(Qエクセルシオ)が審査員として加わる予定だそうな。本選のみ2000円で、あとは無料、3日間宗次で過ごす、という楽しみ方もありでしょう。
今年はほのかクァルテット、クレハ・カルテット、タレイア・クァルテット、ブラン弦楽四重奏団、カルテット・ポミ、カルテット・アマービレ、グレイス弦楽四重奏団の7団体が本選に進むことが決まっているそうで、当コンクールがクァルテットの登竜門の一つとして定着していることに期待しましょう。
西野氏の名前があることは、エクセルシオが宗次で定期的にコンサートを開く糸口となることを予想させるものでもありましょう。

宗次ホールが初体験だった、ということもあって雑多な感想を書き散らしましたが、最後に帰路。

コンサートが終わったのは8時半を回っていましたが、台風接近と言うこともあって早々に名古屋駅に向かいます。未だ雨は落ちておらず、無事に名古屋発21時12分のぞみに飛び乗りました。名古屋駅では一言のアナウンスもありませんでしたが、車両のニュース案内に掛川~静岡間は強風のため運転見合わせ、とのテロップが・・・。浜松駅で列車が停止し、やれやれどうなることかと思っていましたが、断続的に運転再開と停止を繰り返しながらも何とか30分遅れで品川に帰り着きました。
しかしその後の列車、今度は豊橋~静岡間が強風により運転見合わせとの告知があり、これは品川まで消えることはありませんでした。どうやら後続列車の運転が再開されたのは翌日の午前1時を回っていたようで、名古屋でぐずぐずしていれば私共も御前様になったかも。早目の撤収がラッキーだった、ということでしょう。品川では雨は既に上がっており、結局一日傘は持ち歩いただけ。何とも悪運の強い隠居カップルじゃありませんか、こんなことで良いのだろうか・・・。

 

 

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