サルビアホール 第87回クァルテット・シリーズ

ここ数日、メッキリ寒くなった首都圏。今シーズン初めてコートを引っ張り出して鶴見に出掛けました。サルビアホール・シーズン26の最終回、今年の第9回大阪室内楽コンクール第1部門(弦楽四重奏)に優勝したアイズリ・クァルテットの演奏会です。
このコンサート自体、公益財団法人・日本室内楽振興財団が主催する「グランプリ・コンサート」の一環で、通常のサルビア例会とは雰囲気が若干違っていました。先ずホール入り口で手渡されたプログラムがカラー印刷の立派なもの。私は思わず“カラーだ”と口走ってしまいましたが、“ええ、今日は特別なんです”ということで、改めて貴重な機会に遭遇したのだと実感した次第。常連の紳士淑女たちに交じって、関係者かな?と思われる珍しい顔もチラホラ。中には会場で販売されるコンクール実況CDをゲットするためにだけ来た、という熱心なファンもいたほどです。

8ページにも及ぶ豪華版プログラムを開くと、日本室内楽振興財団の会長・理事長お二方の挨拶分が掲載され、公演日程、演奏者のプロフィール、2種類あるプログラムについて演奏者自身のメッセージが並びます。これは永久保存版でしょう。
鶴見で演奏されたプログラムはBで、以下のアッと驚く選曲です。

ヒルデガルト・フォン・ビンゲン/鳩はじっと見ていた
ジェズアルド/ああ、暗い日よ
ジェズアルド/私は行くとしか言わなかった
ウィアンコ/リフト
     ~休憩~
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲 第10番Op.74「ハープ」
ベートーヴェン/大フーガ Op.133
 アイズリ・クァルテット Aizuri Quartet

グランプリ・コンサートは11月8日の高岡(富山県)からスタートし、大分→熊本→大阪→鳥取→広島→三重と回り、昨日の鶴見で首都圏にお目見えし、23日の東京トッパンホールAプロで完走する予定。トッパンのプログラムはハイドンの作品20-5、ベートーヴェンのハープが前半に弾かれ、後半はウェーベルンの緩徐楽章、シューマンの3番で締め括られます。
以下にメンバーを紹介しますが、日本人二人を含む今どきの若き乙女たちで、彼女らのホームページにはツアーの折々に撮った写真がインスタグラムに投稿されています。初めて経験した日本のプリクラやら、パエリアを囲む写真、新幹線到着にはしゃぐメンバー(動画!)などのインスタ映えする写真が満載で、直ぐに鶴見の様子も更新されるんでしょう。私のような隠居世代には目を丸くするようなクァルテットでもあります。実際にその演奏も、老人にはかなり刺激の強いものではありましたね。とりあえずはメンバーを紹介しなくては・・・。

ヴァイオリンはアリアナ・キム Ariana Kim と三枝未歩(さえぐさ・みほ)、ヴィオラが小笹文音(こざさ・あやね)、チェロがカレン・ウズニアン Karen Ouzounian 。キムはアメリカ・ミネソタ州出身、ウズニアンはカナダ・トロント出身で、もちろん三枝と小笹は日本人。三枝は北九州市、小笹は港区出身(挨拶では横浜にも縁があるとのことでしたが)で、二人共4歳の時からアメリカで生活し、英語はほとんどネイティヴと変わりません。
ヴァイオリンを敢えてファーストとセカンドに分けなかったのは、少なくともBプロでは曲によって分担を変えるからで、前半の中世・ルネサンス作品とハープ、それにアンコール(あとで書きます)はアリアナがファースト、ウィアンコと大フーガは未歩がファーストを受け持っていたからです。
またパート譜の選択も今どきのスタイルで、アリアナは徹底したタブレット派のようで、常に足元には足踏み式スイッチが置かれています(操作そのものはスカートで覆われているため見えませんが)。カレンは両刀使いで、冒頭の3曲のみタブレット、あとは紙ベースでの演奏。未歩と文音は昔ながらの紙派のようで、普通にページを手で捲っていました。
曲によってヴァイオリンが入れ替わるので、曲の合間には裏方に徹していたK氏が黒子の様に現れては、舞台をセットしていたのはご苦労様でした。そうそう、先に触れたホームページを紹介しましょう。

https://aizuriquartet.com/

ホームページには最近就任したというメトロポリタン美術館室内楽シリーズレジデンスとしての予定を紹介する動画もあって、4人が6月までのスケジュールを語っています。その中に2月には「日本が世界を回る」という回があって、西村朗氏の「シェーシャ」を取り上げる由。私はそそっかしく2月に日本ツアーがあると聞き間違えてしまいましたが、2月の極寒期にニューヨークを訪れれば、アイズリが演奏する西村作品を聴くことが出来ますよ、みなさん是非。
もちろん大阪のコンクールでの様子もこのホームページからユーチューブに移動することができます。今回のツアーを逃した方、大阪に出掛けて優勝の瞬間を見届けた方たちもこのビデオでアイズリを味わってくださいな。
ところで団名のアイズリ Aizuri は、日本の浮世絵画法である「藍刷絵」から採ったもの。江戸期に輸入されたペルシャン・ブルーが日本で浮世絵にまで進化したことに因み、輸入された異文化がその血で独自に発展・昇華していくことを象徴的に表現しているのでしょう。実際に彼女たちの演奏を聴いてみて、なるほど藍刷り、と納得しました。

アイズリのプロフィールはこれ位にして、弦楽四重奏のレパートリーとしては非常に珍しく、当然ながら初めて聴いた作品たちについて書いておきましょう。コンサートを聴かれた方(これから聴く方も)はプログラムに簡潔直截な解説がありますが・・・。
最初のヒルデガルド・フォン・ビンゲン Hildegard von Bingen (1098-1179) は中世ドイツのベネディクト派系女子修道院長であり、神秘家でもあった作曲家で、医学・薬草学にも通じたドイツ薬草学の祖とも呼ばれているそうな。今回弦楽四重奏に編曲された(編曲者名は判りません)「鳩はじっと見ていた」 Columba aspexit は、彼女の作品として残っているセクエンツィア(続唱)7曲の中の1曲。チェロのソロから始まり、各声部に聖歌が広がっていきます。

続いてはルネサンス期の巨匠、カルロ・ジェズアルド Carlo Gesualdo (ca.1560-1613) のマドリガル2曲。「ああ、暗い日よ」 O tenebroso giorno はマドリガル集第5巻に、「私は行くとしか言わなかった」 “Io Parto” e non piu dissi はマドリガル集第6巻に含まれているもの。どちらもペトルッチに現代譜に直した合唱用の譜面が掲載されており、今回もダウンロードして何となくイメージして臨みました。中世の音楽に比べ、ルネサンス期のものは声部も複雑に絡み合い、各パートの動きもより大きくなっていることが判ります。この間、500年弱の開き。

前半の最後は一気に時代が下って、去年作曲されたばかりの現代作品。今回演奏された「リフト」は、ウィアンコがアイズリ・クァルテットのために作曲した弦楽四重奏曲で、パート1からパート3までの3楽章構成。演奏時間は25分ほどかかります。ウィアンコは日系のハーフで、正式な名前はポール・賢司・ウィアンコ Paul Kenji Wiancko 。チェロ奏者でもあり、チェリストとしてルトスワフスキ国際コンクールで2位になった事もあります。ネットをググっていたらこんな記事にぶつかりましたから、そのままコピペしちゃいました。

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ポール 賢司 ウィアンコ Paul Kenji Wiancko
(チェロ奏者)
チェロ奏者兼、作曲家として米国、ヨーロッパ、中南米、日本、および南アフリカで広く活動するポール・ウィアンコは、チェロ奏者として、ルトスラフスキー国際コンクールで2位を獲得、マルボロ音楽祭、アスペン音楽祭にも招かれている。
世界各国のオーケストラとの協演も多く、ミドリ、ヨーヨー・マ、グァルネリ弦楽四重奏団のほか、テリー・リレー、エッタ・ジェームズ、ジョー・コッカー、スタンリー・クラークなど多彩なアーティストとも共演している。

作曲家としては、グラミー受賞者のパーカー・カルテットをはじめ、yMusic、メトロポリタン歌劇場のソプラノ歌手スザンナ・フィリップス、チェロ奏者ジュディス・ゼルキン、Aizuriカルテット、ブルックリンのBargemusicのために作品を提供している。また公開予定の映画「Heartlock」や、NASAのフェニックス計画の調査責任者ピーター・スミス氏の委嘱で新しい火星探査をベースとしたピアノ曲も手がけている。これまでにトウィッケナム、ニューベリーポート、メソウバレー室内楽フェスティバルのレジデントコンポーザーをつとめ、2016年夏にはカラムーア・フェスティバルの委嘱で作曲した。
チック・コリア、ECCO、マルボロの演奏家の他、エレクトロ・アコースティック室内アンサンブル「Bird’s Eye Trio」のメンバーとして定期的にツアーを行っている。趣味は木工、フライフィッシングの他、ギター、ベース、ヴァイオリン、ハーモニカ、ビリンバウ、三味線、テルミンの演奏もたしなむ。

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これ以上のことは彼自身のホームページを見た方が手っ取り早いでしょう。

http://www.paulwiancko.com/

このホームページからは、リフトの中から Maniacal Swing の場面(恐らく3部に分かれたパート3の第2部だと思います)の譜面が入手可能(8ドルで)。またウィアンコの「アメリカン俳句」を小笹文音と自身が演奏している動画も見ることが出来ます。今回のツアーに接して初めて知った作曲家でもありました。

さて今回の演奏、冒頭の3曲は一息に続けて演奏され、ウィアンコの前にヴィオラ文音が流暢な日本語(当たり前か)で挨拶、今回のツアー、プログラムについて紹介してくれました。
前半に付いては全て初体験の音楽。演奏についての感想はありませんが、やはり自身のために作曲された「リフト」がタイトルの様に高揚感に溢れ、彼女たちの素晴らしいテクニックに喝采が浴びせられます。

後半のベートーヴェン。アイズリの名の通り、これまでの伝統、ドイツ音楽の系譜からは完全に自由な発想で、正直なところ、旧世代に属する私の耳には今一つ良く判りません。伝統から自由、というよりも敢えて逆らって演奏しているのではないか、という印象も。
例えばハープの終楽章、ヴィオラが3連音符で奏するメロディーのアーティキュレーションは時にロマンティックでさえあったし、大フーガの冒頭、動機がアレグロで提示される(第26小節から30小節まで)ヴァイオリンの弾き方が譜面通り(?
)4分音符としてでなく8分音符2つとして弾かれたりと、私の耳には初めて響くベートーヴェンでした。面白いと言えば面白い、ベートーヴェンらしくないと言えばその通りで、聴く人によってかなり感想は違ってくるのではないでしょうか。

この感覚を料理に譬えると、小鉢3品の付け出しの後は魚料理。ただの魚ではなく、深海魚のムニエルでしょうか。
メインディッシュは肉料理(ベートーヴェン)ですが、普通に牛や豚ではなく、鳥でもない。今回は鹿肉を香草焼きにしたものに、付け合わせもセロリやニンジンなどではなく、温めたブドウとパイナップルにしてみました。そして未歩の挨拶に続いて演奏されたデザートは、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレを砂糖タップリで、ってな感じ、判って貰えるでしょうか? やっぱり無理ですよ、ネ。

12世紀から21世紀までの作品を並べたアイズリ、滅茶苦茶に広いレパートリーを誇る彼女らに不可能はない。今は目を白黒させるご隠居がいても、いずれはアイズリを聴かなきゃ室内楽のモグリだ、なんて言われる時代がきっと来ることでしょう。

 

 

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