読売日響・第582回定期演奏会

10月26日、久し振りに読響定期を聴いてきました。サントリーホールには少なくとも月に一度は通っていますが、この日は周辺の景色が様変わり。ホール前のアーク・タワーズと言うのでしょうか、飲食施設が入っているビルか改修工事中で、コンサート前の時間を潰せるオー・バッカナールや名物だったスープ屋さんなどが軒並み閉店していました。一方で新たにドイツ・ビールを供する店舗が開店するなど、赤坂界隈にも地域開発の波が押し寄せているのでしょうか。

読響定期のブログを更新するのは5月定期以来。6月にマイスターが振ったリヒャルト・シュトラウス・プロは聴くには聴いたのですが、風を拗らせて咳が止まらず、堪えるのに必死で音楽は全く耳に入ってきませんでした。ブログどころじゃありません。
7月は小林研一郎のチャイコフスキーがメインでしたが、この日は高校の同窓会とバッティング。同窓会ではチョッと話したいこともあり、コバケンのマンフレッドは日フィルでも聴いたばかりでしたからパス。そして先月、9月定期はカンブルランと諏訪内晶子の共演と言う聴きモノがあったのですが、この日も鶴見で連日開催されていたウィハンQのドヴォルザーク最終日が重なり、迷った末(実際には即決でしたが)にチケットを知人に譲ってこの回も欠席してしまいました。

ということで久し振りの読響定期、10月はかなり珍しい作品が並ぶ以下のもの。

J・M・クラウス/教会のためのシンフォニア ニ長調VB146
モーツァルト/交響曲第39番
     ~休憩~
メンデルスゾーン/オラトリオ「キリスト」作品97
メンデルスゾーン/詩編第42番「鹿が谷の水を慕うように」作品42
 指揮/鈴木雅明
 ソプラノ/リディア・トイシャー Lydia Teuscher
 テノール/櫻田亮
 合唱/RIAS室内合唱団(合唱指揮/ジャスティン・ドイル Jusin Doyle)
 コンサートマスター/日下紗矢子(特別客演)

個人的には、モーツァルト以外はナマ初体験の曲目です。作曲家の名前を見た限りでは、早逝の天才作曲家特集とでも呼びましょうか。古楽器の雄・鈴木雅明が振る読響は、かなり以前にバッハのマタイ受難曲をメンデルスゾーン版で聴いたことがあり、多分その時の続編という意味合いもあろうかと考えました。プログラムの影にバッハあり、ということでしょう。

鈴木の登壇ですから、プログラム誌の特集も「モダン・オーケストラを振る古楽系指揮者たち」。奈須田務氏が簡潔に纏めていますが、読響は鈴木の他にもへレヴェッヘやロトなど古楽器系の指揮者とも結構共演しているんですね。この辺りはチョッと意外な感じもします。
オーケストラの並びはもちろん弦が対向配置で、前半は10型(コントラバスは3挺)、後半は1プルト加えて12型と、チェロとコントラバスが下手に座る典型的なパターンでした。ティンパニはバロック・ティンパニですが、管楽器は普通にモダン楽器だったと思います。(違っていたらごめんなさい)

最初に演奏されたヨゼフ・マーチン・クラウス Joseph Martin Kraus は、知る人ぞ知る作曲家。生没年がモーツァルトとほぼ同じと言う偶然で、北欧のモーツァルトと異名を取った人でもあります。モーツァルトは1756年1月27日生まれですが、クラウスは6月20日。日本風に言えば学年は一つ下に当たります。亡くなったのはモーツァルトが1791年12月5日で、クラウスは翌1792年の同じ12月の15日。満で言えばモーツァルトが35歳、クラウスは36歳ということになりますね。ドイツのミルテンべルグ・アム・マイン生まれのドイツ人ですが、スウェーデンで有名なグスタフ3世に仕えたため、スウェーデンの作曲家に分類されることもあるようです。亡くなったのはストックホルムでした。
グスタフ3世は後に暗殺されますが、この実話がヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」の舞台。このオペラとクラウスとを重ね合わせて聴くのも、クラシック・ファンの密かな楽しみ、かな?

今回演奏されたニ長調のシンフォニアは、1789年にスウェーデンで初めて国会が開設された機会に初演された(3月9日に聖ニコライ教会にて)ために「教会のための」というタイトルが付いていますが、当時のスウェーデンは戦争に明け暮れていました。どうやら戦費調達と戦意高揚の目的もあったようで、10分にも満たない作品ながら、最後は金管やティンパニが華々しく鳴らされる序奏付きの単一楽章シンフォニア(今で言う序曲の方が相応しいかも)です。
編成はフルート、オーボエ、ファゴットが各2本で、ホルンが4本も使われているのが如何にも戦争交響曲という趣でしょうか。後はトランペット2本とティンパニ。スコアはアルタリア社(今でもこの出版社が存在するのか)から出ているようですが、10分弱に42ドルもするので年金生活者には手が出ません。無料サイトにもアップされていないようだし・・・。

クラウスが終わって2番フルート、オーボエの二人とホルン二人が退場し、二人のクラリネットが登場してのモーツァルト。弦の編成は同じです。
このプログラムで唯一の知っている作品ですが、冒頭の序奏からして速いのなんの。一転して主部のアレグロは普通の速度ですが、私には苦手な古楽器系演奏。反復記号は全て実行しますが、第3楽章のメヌエット再現部でもリピートするという徹底ぶり。確かにスリムで、モーツァルト当時の演奏を復元するという意図は理解できますが、私はこういう演奏は大嫌いです。個人的にはお義理の拍手で済ませましたが、ブラヴォ~を飛ばしている熱心な古楽ファンもいました。

私にとって楽しみなのは、後半のメンデルスゾーン。今回紹介された二つの宗教合唱曲は、どちらもメンデルスゾーンを代表する名曲と呼んで良いでしょう。もっと演奏される、歌われる機会があって良い傑作で、これは鈴木雅明に感謝したいと思います。
最初のオラトリオ「キリスト」は、作曲者の予期せぬ早逝によって未完となった作品。エリア、聖パウロと共にオラトリオ三部作を構成する筈だった遺作です。残されたのは「キリストの誕生」の第1部と、「キリストの受難」の第2部のみ。
ソプラノが冒頭のレシタティーヴォのみなのは、未完成故のことでしょう。残された譜面はいきなりソプラノのレシタティーヴォで始まり、これに続いてテノールと二人のバスによる三重唱が歌われます。ここでテノールの櫻田に加わるバスは合唱団のメンバーで、演奏後にホワイエに掲示された告知板によると、ヨハネス・シェンデルと、マティアス・ルツェの二人でした。
その後もテノールはレシタティーヴォのみで、アリアはありません。最後にコラールが置かれる形で閉じられますが、何と言っても音楽が美しい。メンデルスゾーンが如何に素晴らしいメロディー・メーカーだったかが実感できました。

この曲で櫻田氏は出番を終え、最後の詩編。メンデルスゾーンの詩編で管弦楽が使われるものは4曲ありますが、他に無伴奏合唱による詩編も2曲残されているようです。今回取り上げられた第42番は、ソプラノ独唱、混声四部合唱とオーケストラの編成。作曲・初演された1838年当時はメンデルスゾーンがゲヴァントハウスの第4代カペルマイスターを務めていた時期で、あの英国国会に似たゲヴァントハウスの旧ホールで初演されたのでしようか? 聴き手はさぞ首が痛かったのでは、と想像してしまいました。
全7曲、第6曲の五重唱は、ソプラノ・テノール2・バス2によるクインテットで、男声は合唱団のメンバーが担当。バスはキリストでも歌った二人と、テノールはミンソ・ホン、フォルカー・ニーツケの2名でした。
第7曲、終曲の合唱は「ドーラーソソー」というメンデルスゾーンの得意とする付点リズムが使われる壮大な合唱で、教会音楽に欠かせない3本のトロンボーン、ホールを揺るがすようなオルガン(鍵盤は舞台上に置かれていました)の低音が作品の荘厳さを弥増します。

歓声と拍手、明らかに今定期の主役である合唱団によるサプライズのアンコールも。曲はバッハのモテット「来れ、イエスよ、来たれ」BWV229から終曲のアリアでしたが、晩年のモーツァルトはバッハの対位法やフーガを研究し、メンデルスゾーンもまた当時忘れられていた大巨匠から多くの作曲技法を学びました。それがマタイ受難曲の復活に繋がるのですが、彼等のアンコールがバッハだったのも、冒頭に書いたように隠れテーマがバッハだったことの証じゃなかったでしょうか。
ところで今回のコンビ、11月にはほぼほぼ同じプログラムでアンサンブル金沢の定期にも出演することになっています。戦後直ぐに設立されたベルリン米軍占領地区放送局であるRIASの懐かしい名称を冠した室内合唱団、今回はバッハ、メンデルスゾーン、ブルックナーによるコンサートも行われる予定。カーテンコールにも登場した指導者ジャスティン・ドイルは、2017年から芸術監督と首席指揮者を務めているそうです。

 

 

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