サルビアホール 第104回クァルテット・シリーズ

11月は個人的にも演奏会が目白押しで、その第一弾が5日の月曜日に鶴見サルビアホールで行われたヴォーチェ弦楽四重奏団のコンサートでした。シーズン31の2回目、通算では104回となるクァルテット・シリーズです。
ヴォーチェは4年前にサルビアで聴いて以来二度目。前回は良い印象を得られなかったので、余り期待せずに出掛けたのですが・・・。

モーツァルト/弦楽四重奏曲第15番ニ短調 K.421
シュルホフ/弦楽四重奏のための5つの小品
     ~休憩~
トゥリーナ/闘牛士の祈り 作品34
ドビュッシー/弦楽四重奏曲ト短調 作品10
 ヴォーチェ弦楽四重奏団

プログラムによると今回が4度目の来日となるヴォーチェ、前回の2014年はベートーヴェン・ヤナーチェク・シューベルトという極めてオーソドックスなプログラムでしたが、今回はお国モノのドビュッシーをメインに据え、得意とされている比較的新しい作品、シュルホフとトゥリーナを添えた所がミソでしょう。私の期待も間に挟まれた2曲にありました。
しなやかに登場した女性3人男性1人のヴォーチェ、その姿を見て前回の事をハッキリと思い出しました。二人のヴァイオリン、サラ・ダイヤンとセシル・ルーバンが曲によってファーストとセカンドを弾き分けるのも同じですし、ヴィオラとチェロが、これも作品によって位置を交代するのも前回と全く同じ。4年前は二人のヴァイオリンの名前を区別できませんでしたが、恐らくシュルホフ以外の3曲でファーストを受け持ったのがサラ Sarah Dayan 、シュルホフでのファーストとアンコールでスピーチしたのがセシル Cecile Rouban で間違いないでしょう。彼等が録音しているシュルホフCD(ALPHA 盤)のブックレットでは二人の担当が明記されており、そこにはセシルがファーストと記されていますからね。

ヴィオラ Guillaume Becker とチェロ Lydia Shelley の座る位置に付いては、シュルホフとアンコール曲ではヴィオラが外に出、それ以外の3曲はチェロが右端に座るという配置でした。そんな細かいことはどうでも良いのかもしれませんが、もちろん彼等なりの理由があるのでしょう。
最初のモーツァルト。これは前回と同じような感想で、モーツァルトと言うよりはモザールか。ピリオド系を意識してか、余りビブラートを掛けず、弱音を主体に薄い響きを創り出します。最初から最後まで暗澹たる傾向の演奏で、私は好きになれません。個人的にはこの作品、モーツァルトが躊躇っていたフリーメーソンへの入会を決意する様子を描いたものだと考えていて、第4楽章最後の第4変奏でニ短調がニ長調に転調し、気分も明るくコーダに突入、フリーメーソンを意味する3連音符を意気揚々と響かせる。と、勝手な解釈ですが、ヴォーチェでは最後まで表情は明るくならず、私は失望。前回と同じ印象で終始するのか、とガッカリしました。

しかし様相が一変したのは、次のシュルホフから。5小品は4年前のヘンシェルに続きサルビア二度目ですが、これは文句なく素晴らしかった。最初のモーツァルトは如何にも創り上げた解釈と言う印象でしたが、シュルホフではヴォーチェの本質がダイレクトに爆発、冒頭から聴き手の耳をガッチリと捉えます。録音もしているレパートリーですから、得意の作品なのでしょう。
5小品は初演時から人気があった作品のようで、現在でもシュルホフ入門には最適の一品。5つのダンス音楽から成る小品集ですが、バロック音楽の組曲を現代風にアレンジしたものと考えればよろしい。バッハの組曲がフランス、イギリス、スペイン、ドイツなどの舞曲だったのに対し、シュルホフはウインナ・ワルツ、セレナード、自身の出身地でもあるチェコ風が真ん中。南米のタンゴから最後はイタリアのタランテラと極めて刺激的な音楽が続きます。シュルホフは、当時としても最も新しいポピュラー音楽の要素などを待つ先に取り上げた前衛派のユダヤ人で、ナチスから退廃音楽のレッテルを貼られ、強制収容所で病没。戦後の一時期は全く忘れ去られていましたが、近年再評価の著しい作曲ですね。

シュルホフの面白い所は、例えば第1曲のワルツは3拍子と思いきや、全編4拍子で書かれています。アクセントをずらすことによってワルツと勘違いさせる。第2曲のセレナードも終始5拍子で、どこがセレナード? 中央にチェコのリズムを据えたのはシュルホフの矜持でしょうか。ウィーンから始まってチェコ、南米と巡りイタリアで締め。言わば音楽世界旅でもあります。この旅程を終え、コンサートは休憩に。

後半も旅は続きます。先ずスペインに敬意を表し、サルビア初登場のトゥリーナ作品から。これも真に興味深い作品で、私は今回初めてナマ演奏で体験できました。
作品のタイトル La oraion de Torero は、「闘牛士の弔辞」と訳されることもあるようで、本来は弦楽四重奏のために書かれたものではありません。オリジナルはスペインの民族楽器でもあるラウデス・エスパニョーラ Laudes espagnola というギター風の楽器の四重奏のために書かれたもので、当時世界的に活躍していたこの楽器の四重奏団である Cuarteto Aguilar に献呈された、ということが楽譜に明記されています。後にトゥリーナ自身が弦楽四重奏版弦楽合奏版にアレンジ。ハイフェッツがヴァイオリンとピアノ用に編曲したものもありましたっけ。オリジナルの楽器に付いては、ネットでこんなページを見つけました。

http://digital.march.es/turina/es/fedora/repository/jt%3A36728

トゥリーナ(1882-1949)はファリャの同僚で、パリのスコラ・カントルムで学んだ人。伝統的なアンダルシアの民族音楽を積極的に取り入れて人気を博しましたが、ノンポリだったために悪評高いフランコ政権にも協力。それがために一時は演奏禁止にもなっていたようですが、シュルホフ同様に最近になって復権著しいスペイン国民楽派とでも呼べる作曲家です。
この作品は闘牛の試合に向かう選手の心情を描いたもののようで、闘牛場には闘牛士の控室があり、そこには小さな教会があるそうな。そこで猛牛との生死を掛けた試合に臨むに当たって、トレアドールたちは祈りを捧げる。時には亡くなった同僚への弔辞の意味が込められていたのかも知れません。その様子を表した一種の描写音楽で、テンポは頻繁に変わります。フォルテ3つのクライマックスの後、チェロが一人残って独白を続ける。最後はピアノ3つの最弱音と高音で全曲が閉じられますが、ヴォーチェの演奏は圧巻。こんな世界があることを紹介してくれた4人に感謝すべきでしょう。

そして極めつけは、最後のドビュッシー。今年がドビュッシーの没後100年であることを改めて想い、ほぼ完璧な演奏を繰り広げたヴォーチェに最大の賛辞を捧げたい、と思いましたね。前回の彼等とは全く逆の感想。やはりフランスの音楽家は、一度嵌れば飛んでもない高みにまで達してしまう。彼らがノルマンディーのコンクールでドビュッシー演奏に対し「音楽の遺産賞」を授与されたことに納得しました。
かくしてウィーンからスタートし、その旅程をパリで終えたこの日のコンサート。前回の雪辱戦となった感のある演奏会でしたが、これこそが本来のヴォーチェでしょう。

最後に、後で気が付いたことを余談として付け加えておきましょう。
この日取り上げられた作曲家たち、モーツァルトは別として残る3人には接点があったんですね。トゥリーナはもちろんパリ時代にドビュッシーの知遇を得ていますが、意外にもシュルホフもドビュッシーに師事していたことがあるのだそうです。1913年の夏、といいますからドビュッシーが亡くなる5年前、シュルホフが19歳になったばかりの頃のこと。作風に強く影響されていたシュルホフがドビュッシーに個人レッスンを頼んで作曲を師事したそうですが、ドビュッシーの教えがアカデミックなものだったため、シュルホフの側から指導を断った、ということが2003年に出版されたシュルホフ伝に出ているのだそうです。実物を読んだこともないし、あのドビュッシーの指導がアカデミックだったというのも俄かには信じ難いことですが、いずれにしてもドビュッシーはトゥリナーも、シュルホフも個人的に面識があったのは間違いないでしょう。そんなことも考えながら、このプログラムを反芻してみるのも面白い、かな。

アンコールがありました。セシルが英語で解説してくれましたが、私の英語力に問題があって良く聴きとれません。
要するにヴォーチェは今、イティネレール Itineraire (旅程)というプロジェクトを立ち上げて世界を回っており、その成果の一つが会場でも販売されていた同名のアルバム。宇宙にインスパイアされた音楽、エスニックな響きの追求という意味でも、ヴォーチェはクロノス・クァルテットの後継団体と言えそうです。

アンコールとして演奏されたのは、そのCDの最後に収めらけているエジプト人作曲家ハムザ・エル・ディンHamza El Din (1929-2006) という人の Escalay (水車)という一品。私はこの方面は全くの素人ですが、エジプトの音楽家で日本で最も有名なのがハムザだそうで、こんなユーチューブがありましたから、ご存知の方も知らない方もご覧ください。↓

https://www.youtube.com/watch?v=xkYVX_g8JlE

 

 

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