サルビアホール 第72回クァルテット・シリーズ
春2番が吹き荒れる首都圏、昨日はサルビアホールのクァルテット・シリーズを聴いてきました。いつも鶴見に向けて家を出る夕方6時頃が雨風のピークという予報なので、安全を見て少し早めに出発。
これが幸いしたようで、私共が鶴見に付いた直後から電車がストップ。遅れている聴衆のために開演時間をやや遅らせてのコンサートとなりました。今回はサルビア初登場のロイスダール・クァルテット。
ラフマニノフ/弦楽四重奏曲第1番ト短調(未完成)
ウェーバー/クラリネット五重奏曲
~休憩~
ラヴェル/弦楽四重奏曲
ロイスダール・クァルテット Ruysdael Quartet
クラリネット/チャールズ・ナイディック Charles Neidich
彼らのホームページによると、一昨年の日本ツアーが好評だったため直ぐに今回のツアーが決まった由。東京の大手町ホール、名古屋の宗次ホールでも公演があり、もちろんサルビアホールも手を挙げたということでしょう。
初登場、もちろん私も初体験ということで、先ずメンバーを紹介しておきましょう。
ファーストはヨーリス・ファン・レイン Joris van Rijn 、セカンドがエミ・オオイ・レズニック Emi Ohi Resnick 、ヴィオラをハイス・クラーメルス Gijs Kramers 、チェロはイェルン・デン・ヘルダー Jeroen den Herder という面々。
例の幸松辞典によると、1996年にオランダで結成された時のメンバーから変更はありません。ホームページは以下↓
オランダ語の読み、江戸時代はいざ知らず現代では余り馴染みが無いので、カタカナ表記は資料によって微妙に異なります。団体の名称ロイスタールは、オランダを代表する風景画家ヤーコプ・ファン・ロイスダールに因むもので、「Ruysdael」を素直にロイスダールと読める人は少ないでしょう。
私などは同名のサラブレッドが日本に輸入されたこともあって、てっきり「ルイスデール」や「リュイスデール」だと勘違いしていた程。改めて教養の無さを恥じております。
ところで彼らのデモンストレーションCDには大作曲家の少年時代の作品ばかりが収録されているそうで、この記事を書かれた幸松肇氏がロビーにおられたのを幸い、冒頭のラフマニノフもその流れでしょうと示唆を得た次第。
そのラフマニノフは、未だ学生だった16歳の時に弦楽四重奏曲の作曲に挑戦し、2曲とも未完成に終わったそうな。今回の第1番はロマンス、スケルツォの2楽章のみが残されています。
初めて聴くロイスダール、最初のロマンスは全編弱音器付きで演奏それるため、独特の響き。早くもラフマニノフ節満開の佳品を存分に楽しませて貰いました。
続いては、サルビアでは初めてとなるクラリネットとの共演。ラフマニノフもそうでしたが、ウェーバーのクラリネット五重奏曲もサルビアでは初めてのレパートリーです。
小柄で恰幅の良いゲスト、チャールズ・ナイディックがメンバー4人を引き連れて登場、という印象で、舞台上手、向かって左端にクラリネットが座りました。如何にも面白そうなオジサンという風貌、音楽するのが楽しくて堪らないというパフォーマンスで客席を和ませます。
ウェーバーの室内楽は余り聴く機会がありませんが、この五重奏は4楽章。変ロ長調で弦楽器が p の和音で開始し、12小節目からやおらクラリネットがアンサンブルに参加しますが、その音色の柔らかいこと! この提示部はそっくり繰り返されました。
しかし白眉は何と言っても第2楽章でしょう。ファンタジアと題された緩徐楽章は、弦楽四重奏に乗って歌われるオペラ・アリア、いや演歌とでも言った趣。しかしここから徐々に発展していくのがクラシック音楽の所以たるところで、特に後半では二度に亘ってクラリネット・ソロが出来うる限りの弱音で上行音型を吹き上げます。ここは聴き手も思わず息を止めて見守る場面で、ナイディック先生の妙技に聴き惚れました。
ユーモラスでカプリッチョなメヌエット楽章、ロッシーニ風に軽快なロンドであっという間に全楽章が終了。得意満面のクラリネットに熱心な拍手が贈られます。
答礼の度に楽器を掲げ、客席に見せるようなポーズのナイディックさん、終わってから常連氏に伺ったところでは、使用した楽器は木の部分に金が使ってあるのじゃないか、とのこと。クラリネット奏者はこういう所に凝るのだそうです。
この日手渡されたチラシには、氏が7月10日に日経ホールで開くリサイタルの案内がありましたが、そこで共演する同じクラリネットの大島文子(おおしま・あやこ)氏はナイディック夫人とのこと。このリサイタルではナイディック自身の作品も2曲演奏されるそうで、凝り性で博学(大学では人類学を先行したそうな)のナイディックを再度聴いてみたいと思います。
ナイディックには様々な分野に録音も多く、NMLでも多数が配信中。これからも暫くは楽しめそうな音楽家に出会えました。
ところでオランダの音楽家と言えば、コンセルトヘボウ管に代表されるように、ドイツではフランス風のスタイルと見做され、フランスではドイツ風と考えられている。何とも中間的な印象があって、ここまで聴いてきて、もちろん先入観ではありますが、ロイスダールも如何にもオランダ的だなと感じていました。
さて後半のラヴェル。ここでロイスダールの本領が一気に爆発したようで、フランス的な微妙な色彩感覚を響かせながら、ドイツ風の構成力にも長けている。両国の利点を同時に表現したような見事なラヴェルを聴かせてくれました。
特に3番目の弱音器付きの楽章は、冒頭ラフマニノフのロマンスとの整合性もあって、プログラミングの妙も思わせたほど。
この夜は、開始が若干遅れながらもアンコールもありました。セカンドのレズニック女史が堪能な日本語で挨拶。風貌からは想像できませんが、名前から想像するに日本人の血筋も入っているのでしょう。音楽旅は再びロシアに戻って、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレ。
この一品も全編が弱音器付きで奏でられ、くすんだ音色でコンサートを開始し、終了するという額縁的な効果も感じられました。
しかしアンコールはこれでは終わらず、再度エミ・オオイさんからのアナウンスでもう1曲。曲名は良く聞きとれませんでしたが、いざ演奏となってハプニングが・・・。
ファーストのパート譜が見つかりません。背の高いレイン氏が楽屋に戻って探すも見つからず、エミさんも困惑気。しかし危機一髪、楽屋から肝心のパート譜が差し出され、無事に二つ目のアンコールが演奏されました。
曲はハンガリーのチャルダッシュで、ゆっくり始まり(ラッサン)、次第にテンポアップして激しいシンコペーションで盛り上がる(フリスカ)。楽譜を探している間に、エミが曲名は郵便屋のポストホルンに由来する、という特別解説が聴けたのも拾い物でした。
ここでは彼らの超絶技巧が爆発、実は大変なヴィルトゥオーゾたちだった、ということも証明して見せたのです。
終わってホワイエに貼り出されたアンコール曲名は、「ロジャヴォルジのポスタ・シップ」とのこと。初めて聞いた名前なので帰ってネット検索してみると、どうやらこの人でしょう。
https://en.wikipedia.org/wiki/M%C3%A1rk_R%C3%B3zsav%C3%B6lgyi
詳しいことは上記を読んでもらうことにして、1789年生まれのヴァイオリニストで作曲家。ハンガリーでは「チャルダッシュの父」と呼ばれている存在だそうで、200曲以上が出版されたのだそうです。
ナクソスNMLでも何曲かが配信されていますが、残念ながらポスタ・シップという作品名は見当たりませんでした。ただフンガロトンにフェシェテティーチ・クァルテットが録音したロジャヴォルジ作品集があって、これは中々の聴きものです。
1789年生まれ(1787年説もあるそうです)と言えば、ウェーバーの3つ年下。また新たな知見が得られた夜で、色々と収穫の多いコンサートでした。
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