第377回・鵠沼サロンコンサート
サルヴィアでヴォーチェを堪能した翌日、私共のコンサート行は神奈川県を更に南西に進路を取り、鵠沼海岸の例会に出掛けました。11月の第377回は、初体験のホルショフスキ・トリオです。
インターネットが当たり前となった今、初めて聴く音楽家たちのプロフィールを探すのは容易。この日もネットをググッて凡その情報をゲットしました。これは飛んでもないトリオだぞ、何が何でも聴かねば・・・。全曲2番という超ヘヴィー・プログラム。作品番号が、作曲家は異なれど65・66・67と続いているのも面白い。まさか仕組んだんじゃぁ~。
フット/ピアノ三重奏曲第2番変ロ長調 作品65
ショスタコーヴィチ/ピアノ三重奏曲第2番ホ短調 作品67
~休憩~
メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第2番ハ短調 作品66
ホルショフスキ・トリオ Horszowski Trio
先ずはトリオのプロフィールから。彼等固有のホームページは無いようですが、少し前の情報ながらトリオ結成の由来などが渡辺和氏のブログ記事で読めます。
トリオを結成する中核になったのが日本でも大活躍されていたピアニストの相沢吏江子で、彼女がカーティス音楽院でホルショフスキの最後の弟子だったから。ホルショフスキへの敬意の元、未亡人の賛同と支援を得てトリオ結成の運びになった由。
ホルショフスキって誰? という若いファンは、それこそネットで検索してみてください。冒頭で平井プロデューサーが触れられたとおり、お茶の水のカザルス・ホールの杮落しで2公演を弾いた偉大なピアニストで、オールド・ファンはカザルス、シュナイダーと組んだ豪華トリオのピアニストとして楽しんできたはずです。
ホルショフスキの経歴はそれだけじゃなく、ピアノの手ほどきを受けた母親はミクリの弟子で、ミクリはショパンの高弟だったという直系。更にはウィーンで師事したレシェティツキがツェルニーの弟子で、ツェルニー自身はベートーヴェンに学んでいるので、ホルショフスキはベートーヴェンとショパン双方の曾孫弟子という恐るべき血筋の持ち主なんですね。そのホルショフスキに学んだ相沢は、師からベートーヴェンとショパンの息吹を直接伝授された方。音楽史の距離が一遍に近くなった気がしませんか。
100歳まで現役だったホルショフスキ、ブラームスの親友だったヨアヒムと共演していたり、ラヴェル、フォーレ、サン=サーンスなどとも交流があり、正に音楽史の生き字引みたいなピアニストでした。ホルショフスキ、カザルスホールで聴きましたよ、と自慢げな顔がズラリと並んだサロン。私のような若輩者は目を落とし、静かに解説に聞き入っているしかありませんでしたね。
ヴァイオリンのジェシー・ミルス Jesse Mills は、相沢氏のご主人。ジェシーの録音は二度もグラミー賞にノミネートされたそうで、自身で作曲や編曲もこなす才人だそうな。活躍の領域はジャズにも及び、チック・コリアや小曽根真との共演もあるとのこと。知らなかったなぁ~、それにしてもハンサムだ。
そのジェシーが20年以上前、子供の頃に初めて共演して以来の友人と言うチェロのラーマン・ラマクリシュナン Raman Ramakrishnan は、有名なダイダロス弦楽四重奏団の創設メンバーで、ハーバード大学では物理学を専攻していたという変わり種。ラマクリシュナンの父ヴェンカトラマン・ラマクリシュナン氏が2009年のノーベル化学賞受賞者でもあるということから推してみても、余程頭が良いんでしょう。父上はこんな方です。
幼時からチェロを弾いていたにも拘わらず、音楽は大学卒業後に本格的に学んだとのこと。こういう人を間近で見ると、神様は不公平だとつくづく思ってしまいました。
3人のプロフィールに手間取りましたが、今回の3曲。最初のフット Arthur William Fooe はアメリカの作曲家で、ニューイングランド楽派と呼ばれるグループの一人、ということが紹介されます。ファースト・ネームのアーサー、平井氏はアルトゥール・フットと呼びましたが、それほどに作風はドイツ・ロマン派の影響が強いもの。メンデルスゾーンやシューマンを連想させる手堅い手法と聴きました。
フットを取り上げたのは、アメリカの団体としての名刺代わりかとも思えましたが、ウィキペディアによればフットはハーバード大学で最初に音楽学の学位を取得した人物、ということが書かれています。ハーバード大学で音楽と言えば、誰でも思い当たるのが今年生誕100年を祝っているバーンスタイン。同じハーバード出身の音楽家にはジョン・アダムスもいますよね。そう言えばチェロのラーマンもハーバード卒。尤も彼は物理学専攻でしたがね。
更に文献に当たってみると、第2ピアノ三重奏曲は1908年12月8日にボストンのミュージアムで初演されたとのこと。今年が初演から110年目に当たり、バーンスタインが生まれる10年前だったことにも因縁を感じてしまいました。
作品は3楽章、第1楽章は Allegro giocoso 、第2楽章 Tranquillo 、第3楽章が Allegro molto で、特に第2楽章はチェロ・ソナタのように朗々と歌い始め、最後はピアノのアルペジオに乗ってヴァイオリンが次第に高音に向かって美しく弾き上がって行くのが印象的。ジェシーとラーマンの美しい音色に惚れ惚れとしてしまいました。フット、中々良いじゃん。
しつこくフットに拘ると、彼はヨーロッパで勉強した経験は無いものの、1876年のバイロイト音楽祭に出掛けたとウィキペディアには記されています。まてよ、1876年と言えばバイロイト祝祭劇場開場の年で、リングが全曲通しで世界初演された時じゃないか。フットは指環の初演を聴いていたのか、と妙に感動。同じ年の秋にはブラームスの第1交響曲が初演されており、1876年はヨーロッパクラシック音楽史の中で極めて大事な年。それをフットが身を以って体験し、その作品が2018年に鵠沼で紹介される、それを知っただけでワクワクするじゃありませんか。
大熱演のフットに続き、ヘヴィーなショスタコーヴィチ。ここでヴァイオリンのミルスはジャケットを脱ぎ、ピアノの相沢がショスタコーヴィチについて短く解説。
そして弾かれた第2番の凄かったこと。この曲は少し前に鵠沼でハンブルク・トリオでも聴いて圧倒されましたが、その記憶さえ塗り替えてしまうほどの壮絶な名演、と言うしかないでしょ。一つ一つの音が楔のように聴く人の心に突き刺さる。
ホルショフスキ・トリオのテンポが極めて速いのも驚異で、急激なクレッシェンドが連発される第2楽章は、指定ではアレグロ・マ・ノン・トロッポ(極端に速くなく)でしょ。でも彼らは極端に速い。これがべらぼうな緊迫感を産み、聴き手は息をすることすら憚られるほど。
続く第3楽章冒頭のパッサカリア主題の何と痛切だつたことか。ロ短調(チャイコフスキーの悲愴と同じ調!)の和音に付けられているのはフォルテ一つの指示ですが、相沢のピアノはフォルテ3っつぐらいの感覚でスタインウェイが叫びます。
切れ目なく第4楽章に入り、ピアノが pp のスタッカートでロ音を刻む中、ヴァイオリンがピチカート動機を弾き始める。ホールのような残響豊富な空間では単なるピチカートとして聴こえるのでしょうが、デツドなサロンの空間では切実な怒りの囁きとなって迫ってくる。熱演の余りラーマンの汗が楽器に滴り落ち、チェロは汗で光っている。
この壮絶な演奏に、聴き手はぐうの音も出ません。11月だというのに会場は休憩時に冷房を入れなければならないほど暑かった。単に気候が例年より温暖だから、だけが原因じゃないでしょう。この熱気に慌てて外に飛び出したほどでした。
でもこれでコンサートは終わりじゃない。後半にはメンデルスゾーンもあるのです。
平井氏の解説。メンデルスゾーンのトリオと言えば第1番の方が有名で、鵠沼でも何度も演奏されています。人呼んで「メントリ」だそうな。ならばサンサーンスのトリオなら「サントリー」と突っ込みも入れたくなりますが、氏は今回の演奏で第1番と第2番、どちらが素晴らしいかを皆さんで判断して欲しい、ということでした。
で、第2番。後半はヴァイオリンもチェロも上着を脱ぎ、サロンならではの光景。改めてホルショフスキ・トリオに眼前で接してみると、第2番の方が聴き応えがするのじゃないか。全4楽章の内、第1楽章は Allegro energico e con fuoco だし、第4楽章も Allegro appassinato 。メンデルスゾーン得意の「コン・フォコ」と「アパッショナート」が続くんですから。
ホルショフスキのメンデルスゾーンも、正に火の如く、エネルギッシュで情熱的。これぞメンデルスゾーンが表現したかったことなのでしょう。彼等の旋律線の歌わせ方の見事さ、ダイナミック作りの巧みさ、全てで聴き手を納得させてくれました。ショスタコーヴィチ同様、第3楽章スケルツォの速いこと! 聴いているだけの耳には真に快いのですが、このスピードで完璧に弾いてのける彼等のテクニックには「唖然」という言葉しか思い浮かびません。
花束贈呈に続くアンコールは、メントリの第2楽章 Andante con moto tranquillo 。この無言歌に聴衆は癒され、心の静けさを取り戻します。やっぱり第1番も素晴らしい。結論は、メンデルスゾーンはどれも凄い、ということかな。
今のところCDはフランス作品集(サンサーンス、フォーレ、ダンディ)1枚しかないようで、私も躊躇うことなく購入。しっかりサインも頂いちゃいました。
いやあ、ホルショフスキ・トリオ、凄いものを聴いちゃいましたね。4日の日曜日に来日した彼ら、昨日の鵠沼が今ツアー最初のコンサートで、9日に大阪ザ・フェニックスホール、10日には白寿ホールでも公演があるようです。クラシック音楽を愛する皆さん、聴き逃さないように。
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