読売日響・第477回定期演奏会

今週は、私にとっては広上週間。広上淳一は、何を差し置いても聴かなければならない指揮者なのです。聴きたい指揮者ではなく、聴かなければならない指揮者、というところがミソ。
なぜかと言えば、他の指揮者でも数限りなく聴いている作品でも、広上の手にかかると必ず新しい発見があるから。

この日(12月15日)のブラームスも仰天の一言。プログラムは、

ブラームス/ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
     ~休憩~
ブラームス=シェーンベルク/ピアノ四重奏曲第1番(管弦楽版)
 指揮/広上淳一
 ヴァイオリン/ルノー・カプソン
 チェロ/ゴーティエ・カプソン
 コンサートマスター/藤原浜雄
 フォアシュピーラー/鈴木理恵子

広上淳一は、意外なことに読売日響の定期には初登場です。もちろん他のシリーズや放送用の特別演奏会の指揮台に立ったことはありますが、オーケストラの顔とも言える定期は初めてなのです。
オーケストラに強く要望したいのは、もっと彼の演奏機会を増やして欲しいことと、出来得れば大きなポストを約束して欲しいこと。昨日のブラームスを聴いていて強く思いましたね。

そのマエストロが選んだプログラムは実に渋い。ブラームスの比較的知られていない名曲二つというもの。それでも客席がかなり埋まっていたのは、カプソン兄弟の人気もあるでしょうが、広上支持のファンも少なからず駆けつけていたのに違いありません。

冒頭の所謂ドッペル・コンチェルトは、チェロのカデンツァが、続いてヴァイオリンが重なりますが、この部分は私にはやや胃もたれする音楽に聴こえてきました。
テンポ設定はもちろんソリストたちの意向でしょうが、やや音楽が停滞する傾向。主部に入ってからはオーケストラに主導権が渡りますが、ブラームスとしては様式感に若干のズレを感じます。

もちろん5つ違いのイケメン兄弟(兄ルノー、弟ゴーティエ)、テクニックは素晴らしいものがあり、アンコールを一つ披露してくれました。
私の知らないもので、バロック音楽に現代風味付けを加えたもの。帰り際に掲示板を見たら、ヘンデルのパッサカリアをハルヴォルセンが編曲したものの由。より具体的な内容は判りません。
ハルヴォルセンって、グリーグ、スヴェンセンと並ぶノルウェーの三大作曲家の一人のハルヴォルセンかなぁ~。もっとモダンな感じがしたけれど。

ということで、ドッペルは前菜。主食はシェーンベルク編曲の第5交響曲でしょう。それにしても、シェフ広上の凄いこと!!

この曲はナマ演奏、レコードを含めて何種類かを聴いたことがありますし、それなりに楽しんできました。
今回の広上淳一=読売日響は、そのどれをも遥かに上回る面白さ。作品が俄に活気付くのは第3楽章後半から、というのが私の認識でしたが、広上の手にかかると最初の出だしからして耳が鋭く反応してしまうのでした。

いつもに増して動きの大きな広上の棒。オーケストラも楽しく、いやそれ以上に真剣にマエストロの棒に喰らい付いているのが見て取れます。

極めてシンフォニックにまとめた第1楽章、夢幻的な第2楽章、どこか「第9」の雰囲気を匂わせるような第3楽章、変幻自在にジプシー風パッションが渦巻く第4楽章。
ここではもう、ブラームスがどう、シェーンベルクがどう、というレヴェルではなく、音楽そのものが齎す至福の時を嘗め尽くすしかない。オーケストラ音楽の極致。

コンサートが終われば、またしてもマエストロ広上の慧眼に呆れてしまう。紙とインクで出来た楽譜から、どうすればあのように音楽が吹き出てくるのか。淳ちゃんは嫌がるかも知れないけれど、「天才指揮者」と呼ぶ以外に言葉が見つかりませんね。

この日は(も)、テレビ収録用のカメラが何台も入っていました。放送が何時になるのか判りませんが、サワリだけでも見逃さないようにしなくっちゃ。

 

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