新日本フィル・第9演奏会

12月19日、新日本フィルの「第9」を聴くためにサントリーホールに向かいます。
個人的な話ですが、この日を以って勤め人生活からリタイア、職場から演奏会に立ち寄るのも最後の機会となりました。
そのコンサートが「第9」というのは、計画したわけではないけれど、良いタイミングだったように思いますね。

私は年末の第9は好きじゃないのですが、ここ数年は毎年聴いているようです。自分にとって特別な指揮者かソリストが出る場合だけ。これも毎年言い訳を書いているような気がします。
そして今年は文句なくこれ一本で良いでしょう。聴いた後の感想も、この第9を聴いた後は他の第9は聴きたくない、というもの。

ミヒャエル・ハイドン/クリスマスのパストレッロ 作品91
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第9番二短調 作品125「合唱付き」
 管弦楽/新日本フィルハーモニー交響楽団
 指揮/広上淳一
 ソプラノ/釜洞祐子
 アルト/重松みか
 テノール/市原多朗
 バリトン/河野克典
 合唱/栗友会合唱団
 合唱指揮/栗山文昭
 コンサートマスター/西江辰郎

この日は会場の雰囲気がいつもと違いました。第9ということもあるのでしょうが、某大手建設会社主催の特別演奏会でもあり、その方面の関係者が揃っていたのではないでしょうか。
私共の席の回りもクラシック音楽のコンサートには縁遠い方が多く、漏れ聞こえてくる会話に思わず微笑んでしまいます。

さて今回の第9のフィルアップに選ばれた作品、私の知らないものでした。
プログラムの解説を引用すれば、「パストレッロ」とは、そもそもクリスマス用の音楽として、ザルツブルクをはじめとする中部ヨーロッパ・カトリック圏の民俗音楽の伝統の中で独自に発展したものの由。
トランペット2、トロンボーン2、ティンパニ、チェンバロ、弦5部という変わった編成で、アンダンテとアレグロの2楽章構成。10分ほどの前菜です。

まぁ、これは耳慣らしのようなもので、いよいよ第9が始まります。

合唱は当然ながら最初からオーケストラの後に位置し、4人のソリストたちは第2楽章が終わったあとに拍手に迎えられて登場します。極めてオーソドックスなスタイルですね。

広上が選択した版も批評家や学者たち推薦のベーレンライター新版ではなく、昔から受け継がれているブライトコプフでしょう。

その演奏も極めてオーソドックスなもの。フィナーレに先立つ三つの楽章も奇を衒わず、古典派ベートーヴェンの音楽を着実に音にしていきます。

しかし第3楽章を終え、間髪を入れずに突入した第4楽章のレシタティーヴォから音楽が動きます。低弦のレシタティーヴォで広上は指揮棒を置き、両手と顔、それに身体全体を駆使して音楽に表情を付けていきます。
これに敏感に反応するオーケストラ。
バリトンが語り出す “おお友よ、そんな調べではなく” というのは、先立つ3楽章を否定しているのではありません。恐らく広上の解釈は、古典的に整った音楽ではなく、人間そのものの感情を露わにぶつけ、喜怒哀楽の全てを謳い上げよう、という解釈なのでしょう。その伏線としての前三楽章。

それを見事に具現化していたのがテノール・市原の歌唱。
最初の四重唱を終えた後一人立ち姿を崩さず、自らの「歓喜」に向けて集中力を高めていく。表情が次第に高揚し、感情が高ぶっていくのが客席からでもハッキリと見て取れます。そして歌。

“Froh, froh, wie seine Sonnen, seine Sonnen fliegen ”。マエストロ広上も共に歌詞を心に刻みながらの「アラ・マルチア」。音楽がフーガに流れ込んでも暫く、着席した市原の表情は何かに憑かれた様に虚空を見つめているのでした。
ここまで自己の芸術に賭けるプロとしての仕事。それを引き出す指揮者の才能。共に凄まじいものがありましたね。

広上の第9の力点は、いつもアンダンテ・マエストーソに置かれます。男声合唱で始まるこの第2中間部こそが第9の「肝」。広上はここを全身を使って指揮していきます。その苦悩と、それを克服せんとする強い意志の表現は更に深みを増し、他のどんな現役指揮者も到達し得ない境地にまで高められている、というのが私の感想。

広上自身、今年は父を亡くし、音楽監督辞任劇を体験するという激動の一年でした。それを全て押し流すが如き第9。
順風満帆の活動に恵まれた指揮者には決して生まれない凄み。それが広上にはあるのです。

今年の大きなコンサートはこれでお終い。私にとって2008年12月19日と、この日に演奏された第9は、生涯忘れることの出来ない体験になりました。

 

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