日本フィル・第706回東京定期演奏会

今年の師走も既に1週間が経過しました。頭の中ではそろそろ「ダイク」が鳴り始める季節、日本フィル東京定期では敢えて通常のプログラムが組まれています。
それでも赤坂に着くと、カラヤン広場には大きなクリスマス・ツリーが飾られ、急かされる様にホール入り。久し振りに日フィル定期に登場した沼尻竜典との再会を楽しみました。

ベルク/歌劇「ヴォツェック」より3つの断章
     ~休憩~
マーラー/交響曲第1番ニ長調「巨人」
 指揮/沼尻竜典
 ソプラノ・エディット・ハラー
 コンサートマスター/白井圭(ゲスト)
 ソロ・チェロ/菊地知也

沼尻と言えばこのプロでしょう。メインはマーラーですが、マーラーとその周辺の音楽を熱心に取り上げ、熱く指揮してきたのが沼尻。リヒャルト・シュトラウス、ツェムリンスキー、ロット、シェーンベルクなどなど、彼と共にあの時代の音楽を舐めるように聴いてきた当時を懐かしく思い出してしまいました。
彼が日本フィルの正指揮者を務めていた当時は、東京定期の前にマエストロ・サロンという催しがありました。定期は最初は木・金、やがて現在の金・土に変わりましたが、サロンはその週の月曜、後には火曜日に毎回有楽町の東京フォーラムで行われ、私も手帖に「M・S」と符牒のようなマークを付けて勤め先から通っていたものです。

沼尻氏のプレトークはかなり凝ったもので、作品分析などに独自の見解を披露し、聴き慣れた名曲を改めて聴き直す良い機会でもありましたね。そんな興味から私も手持ちのスコアを持ち込み、一種のゼミナールのような雰囲気があったことも思い出します。そうそう、マーラーと言えば第6交響曲の際、サロンが終わってから楽譜にサインを強請ったことがありましたよ。どれどれ、古い全集版を引っ張り出すと、ありました。スコアの1ページ目に R.Numajiri と横文字のサインがあり、2007年11月14日という日付も付して貰っています。彼は“お、ラッツ版ですね” と言ってペンを走らせましたが、私がマーラーに夢中になっていた頃はスコアが余り出回っておらず、手元の1冊は今や絶版となった旧全集版の第6なのです。あれから11年!

感慨に耽りながら定席に着き、登場した楽員を見ると、いつもの風景と少し異なります。コンマスは最近日フィルに登場することが多いゲストの白井。その他にもヴィオラの頭は見慣れぬ顔(後で尋ねたところ、藝大や東京音大で教鞭を執っておられる大野かおるさんだったそうです)だし、コントラバスもゲストでしょうか。
何よりティンパニに森茂氏を見つけてビックリ。長年日フィルのティンパニの顔だった森氏は退団して久しい方ですが、トレードマークの白髪にも懐かしさが宿っているようでした。理由は想像の域を脱しませんが、沼尻シフトなんでしょう。

前半はベルクの代表作、ヴォツェックからの断章。以前は良く取り上げられていた作品ですが、最近では珍しくなってしまった一品。オペラの中からマリーが登場する3つの場面を抜き出して演奏会用に組んだもの。いや、正確に言えば第3曲は歌劇全体の幕切れの場面で、ここでは既に死んでしまっているマリーの歌はありません。今回のように、子役が歌う「Hopp, hopp!」という台詞をソプラノが代読するのが一般的なようです。第3曲では声楽パートを省略するケースもありますね。
第2曲、解説ではソナタ形式と書かれていましたが、主題と7つの変奏に、最後はフーガで締められるという譜面好きには堪らない楽章。

マリー役は、インキネンとワルキューレ第1幕全曲で共演したハラー Haller 。今回も圧倒的な存在感を誇示してくれました。単に歌唱が素晴らしいというだけではなく、第1曲の長い管弦楽のみの場面でも、椅子に座りながら鼓手長を惚れ惚れと見つめる演技など、歌っていない箇所でも聴衆の耳目を一身に集めるのでした。
これを聴いて歌劇全曲を見たくならない人はいないでしょう。ヴォツェック、何と素晴らしい作品でしょうか。沼尻はヴォツェック初演奏、という噂を耳にしましたが、日本フィルから妖艶な響きを引き出し、得意とする新ウィーン楽派の世界を描いて見せました。沼尻シフトのソロ・パートも色っぽく、見事。

後半はマーラー、確か正指揮者時代には取り上げなかった第1番。今回は自ら要望しての選曲だったそうな。そう言えばヴォツェック断章、第1曲の冒頭ではクラリネットが素早い下降音型を繰り出すし、これに続く行進曲もオペラ本来なら舞台裏から。どことなくマーラー巨人の冒頭を連想させる場面じゃありませんか。マエストロ・サロンがあれば、その辺りの見解が聞けたかも。

沼尻の巨人、基本的には極めて速いテンポ(特に第2楽章)で停滞感を避け、青年マーラーの意欲を表に出した解釈と聴きました。ウィーンの経験が長い白井コンマスの音色も手伝い、19世紀末の音楽世界が偲ばれる演奏でしたね。
「ウィーン」とカタカナで書くより、漢字で「維納」と書きたくなるような音楽と演奏、とでも言っておきましょうか。
舞台もさることながら、客席にも日本フィルの卒業生が何人か来場しておられ、一昔前の日フィル同窓会のようなコンサートでもありました。マーラーでは前半で歌ったハラーさんも、客席で熱心に耳を傾けておられましたよ。

ところで8日、2日目の定期では沼尻氏自らがプレトークを行うとのこと(聞けないのが残念、って聞きに行けば良いのですけどね)。正指揮者時代はサロンには余り乗り気でない会もあったと記憶しますが、今回はプレトークを行うとは、彼にも昔を懐かしむ年月が積み重なっているということでしょうか。

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