日本フィル・第343回横浜定期演奏会

毎年書いているので同じ挨拶になりますが、日本フィルの12月定期はベートーヴェンの第9です。誰が振るか、前半に何を組み合わせるかは年によって替わりますが、今年は2012年とほぼ同じ組み合わせ。井上道義が指揮し、前半はコリオラン序曲でした。
チケットは完売だったそうですが、空席も目立ちます。第9は必ず聴く、音楽会は第9しか行かないという人が多い半面、第9だけはパスするという天邪鬼がいることも確か。私も一時は天邪鬼メンバーでしたが、齢を重ねて丸くなってきたんでしょう、12月の横浜定期も喜んで出掛けました。

ベートーヴェン/序曲「コリオラン」作品62
     ~休憩~
ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」
 指揮/井上道義
 ソプラノ/菅英三子
 アルト/福原寿美枝
 テノール/錦織健
 バリトン/青山貴
 合唱/東京音楽大学
 コンサートマスター/木野雅之
 ソロ・チェロ/辻本玲

他の月同様、5時20分からプレトークがありました。今回は常連の奥田、小宮両氏ではなく、作曲・音楽評論という肩書の齋藤弘美氏。福島県出身で武蔵野音大で作曲を専攻された男性です、念のため。
氏のトークは、今年2018年は第9が日本初演されて丁度100年目に当たる記念の年、ということからスタート。その初演とは徳島県鳴門市、第一次大戦末期のドイツ人俘虜収容所での演奏を指すのですが、女性は加わっていなかったとか、一般的な意味での聴衆がいたかは疑問である、という点も紹介されていました。更には1989年のベルリンの壁崩壊時のバーンスタインの指揮では歌詞の一部が変更されていたこと、CDの収録時間規格がカラヤン指揮の第9によって決められたことなどもテーマ。最後はウィーンでの初演の状況が語られ、続いて井上マエストロが登場して自ら第9への思いを吐露して頂く、という段取りでした。

ところが実際に井上氏がマイクを持って現れたのですが、客席を一瞥、未だお客さんが少ないので話してもつまらないでしょ、面白い話をしますから皆さんが揃ってからにしましょう、ということで引き揚げてしまったのです。前代未聞のプレトーク、だから道義氏は面白い。結局、指揮者自身のプレトークは休憩の後、皆が客席に戻ってから第9の前に開催するということになりました。齋藤氏も担当係も大慌てだったと想像します。

コリオランと第9ですから、作品に付いてはもちろん、演奏に関しても細部に触れることもないでしょう。ただ2012年12月、当ブログのレポートを読み返してみると、前回とはいくつかの点で相違があったので、それを紹介しておきましょうか。
2012年12月定期、第283回ではプレトークについて全く記していません。当時プレトークはホワイエで行われており、席取りのために早くから並ぶ人が多く、小欄は参加しなかったと思います。今更第9の解説なんて、という安易な気持ちが働いていたことも正直に告白しておきましょう。

前回、コリオランと第9の間に休憩は無く、序曲の後で合唱団とソリストが入場し、そのまま後半が始まりました。しかし今回は休憩があり、団員が入場する前にマエストロと齋藤氏によるプレトークが行われます。内容は井上道義スタイルの型破りなもので、日フィルのこと、自身の第9への想い等々。6年前の事を聞かれ、そんなこと覚えていないよ、2012年の12月15日に何していたか覚えている人います? いれば病気になりますよ、という具合。
最後はお葬式の話にまで散らかってしまいましたが、これには齋藤氏も当惑されていた様子。ということで大変面白いトークでした。一つだけ、井上道義は黄昏の第9はやりません、と言う話だけは紹介しておきましょう。宣言通り、意欲的な第9でしたね。

前回と違っていたのは、弦の配置。2012年の記事を読むと、序曲も第9も第2ヴァイオリンとヴィオラを入れ替えるミニ対向配置で、アンサンブル金沢型と書いていましたが、今回は序曲のみこの型で、第9は通常の日フィル配置、ヴィオラが右翼に座るパターン。つまり前半と後半とでは配置が換わり、弦の編成もコリオランではコントラバス2プルトに落としていました。指揮台も序曲では置かず、休憩時に低めの指揮台を取り出すというもの。
声楽陣が登場するタイミングも2012年とは違い、今回は第2楽章が終わった所で合唱、続いてソリストたちの入場。当然ながら4人は拍手で迎えられました。

2018年の井上版では、トルコ行進曲の直前にピッコロ(難波)と打楽器3人が入場し、舞台の下手で鼓笛隊を構成。見た目でもバンダが加わっていることを強調します。但し、トランペットはバンダとは別で、譜面通りの吹き方でした。
プレトークでもサラリと話していましたが、井上氏にとって音楽は視覚も大事で、目でも聴く、という説。ためにコリオランでは照明をぐっと落としていましたし、第9も第4楽章で声楽が加わってくると、舞台照明も光度を挙げるという小技も駆使していましたっけ。

演奏に付いては、個人的な好みはありましょうが、私にとってはコリオランが大変な名演でしたね。各パートの音が良く聴こえる上、核作品の劇性に光を当て、最後のピチカートは、恰も死を表現しているよう。客席からも一つ、大きなブラヴォ~が飛んでいました。
第9、指揮者の譜面台には新ベーレンライター版が置かれていましたが、マエストロは1ページも捲りません。校訂版特有の改訂箇所も無視。プレトークで激賞していた東京音大の若いパワーを十二分に引き出し、ベートーヴェンが志向していた革命的な精神を反映した第9でしょう。東京定期には参加していなかったエリック・パケラのティンパニが良い!

日フィルの第9、井上道義とのコンビでは前日の埼玉、翌日(16日)のサントリーで3日間開催され、21日からはコバケン氏で5回の公演が予定されています。歌手陣は日によって違いますが、15日の横浜は、男性陣は2012年と同じ、女性陣は前回とは入れ替わっていました。ソプラノの菅さんを聴いたのは久し振りかも。

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