サルビアホール 第112回クァルテット・シリーズ
サルビアホールのクァルテット・シリーズ、シーズン33の最終回は「40年のキャリアを誇るチェコの名門」マルティヌー・クァルテットでした。
その名を冠しているマルティヌー最後のクァルテットを含む以下の3曲です。
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第11番へ短調作品95「セリオーソ」
マルティヌー/弦楽四重奏曲第7番「室内協奏曲」
~休憩~
スメタナ/弦楽四重奏曲第1番ホ短調「わが生涯より」
マルティヌー・クァルテット
前回のレポートにも書いたように、シーズン33は初登場の団体ばかり。その中で最もキャリアが長いのがマルティヌーQ。これまで何度か来日しているはずですが、サルビアは初めて。私も不覚ながらライヴでは初体験でした。以前の来日ではマルティヌー全曲演奏があったように記憶しますが、記録を見つけることが出来ません。
初登場ですから、先ず彼等のプロフィール。今回の来日メンバーは、ファーストがルボミール・ハヴラーク、セカンドにリボール・カニュカ、ヴィオラはズビネーク・パドゥーレク、そしてチェロのイツカ・ヴランシャンコヴァという面々。1976年、プラハ音楽院の学生時代に結成された時のメンバーから代わっていないのはファーストのハヴラークのみで、残る3人は夫々2代目に当たるようです。
特に変わっているのがセカンドで、実は現在のカニュカは元々は設立メンバーでしたが、その後他のプレイヤー(ペトル・マテジャーク)に替わったものの再登板したようですね。ヴィオラは設立からヤン・イーシャが務めてきましたが、健康上の問題から退団、コチアンQで弾いていたパドゥーレクが新たに迎えられました。チェロの初代はミハエル・カンカ(カニュカ?)という方でしたが、1992年から現在の女性チェリストに。
結成当初はファーストの名前を取ってハヴラーク・クァルテットとして活動していましたが、1985年にチェコを代表する作曲家マルティヌーに敬意を表して改名しています。現在の4人のプロフィールに付いては、下記ホームページをご覧ください。↓
手本にしていたのがヴラフQとスメタナQだったというだけあって、取り上げる作品の中核はスメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェク、マルティヌーなどですが、埋もれた作品や同時代の作曲家の新作紹介にも熱心で、レパートリーは膨大なもの。最近ではタネーエフの全集やエベンの室内楽作品集などのCDも話題になっていました。中でも団名に冠しているマルティヌーはナクソスに全集を録音しており、カンヌ音楽祭の室内楽部門で受賞したのは記憶に新しく、私もマルティヌーのクァルテットを予習する時には欠かせないアルバムです。昨夜もロビーにはナクソス盤が並んでいました。
登場した4人、男性3人は背広にネクタイといういで立ちでしたが、そのネクタイが真っ赤なもので統一されています。チェリストが彫の深い美人でもあり、パッと見で思わずドナルド・トランプとメラニア夫人を連想してしまいましたわ。
チェコは室内楽の国と言われるだけあって、サルビアホールに登場したチェコの団体はウィハン、ブラジャーク、パノハ、ヤナーチェク、パヴェル・ハース、シュパチェクに続く6団体目じゃないでしょうか。層の厚い東欧のクァルテットに新たな歴史が刻まれました。
今回のプログラム、今名前を挙げたシュパチェクと良く似た選曲でもあります。2015年3月(第44回)に出演した若きシュパチェクも「わが生涯より」をメインに、同じマルティヌーの7番を紹介してくれました。ということで、何とマルティヌー第7は、サルビアホール2度目の演奏ということになります。
内容的にシンフォニックな作品を並べた、という点でもシュパチェクと共通していると言えましょう。ベートーヴェンとスメタナは、後に別々の作曲家によってオーケストレーションされていることはご承知の通り。これについてもシュパチェクの感想で触れましたっけ。
マルティヌーQの並びは普通にファースト→セカンド→チェロ→ヴィオラの順。冒頭のベートーヴェンから完成した四重奏の響きが鳴り渡ります。
そのセリオーソ、一気に聴き通した印象は、“ハヤっ!”というもの。4つのパートの音圧が並大抵でなく、特にファースト・ハヴラークは弓と弦がピタッと貼り付いているような奏法。凝縮されたソナタで書かれている四重奏曲ですが、最初から最後まで恰も一筆書きの様に弾き切ってしまうスタイルに圧倒されました。特に終楽章でプレストに変わり、音楽が白熱していく様はマルティヌーQの持ち味と言えましよう。
続くマルティヌー。全7曲の中では最も古典的なスタイルで書かれており、3つの楽章とも自由なソナタ形式と言えそう。冒頭のフレーズが誰でも聴き取れるように再現されていることで確認できるでしょう。
調性は明記されていませんが、どれも♭系の音楽。第1楽章はヘ長調、と断言しても良いと思われます。作品の核となっている第2楽章は、祈りの音楽。特に下降音型が胸に刺ささります。第3楽章も出だしは♭3つの変ホ長調。ハイドン風の喜遊的な性格が作品の親しみ易さを後押ししてくれます。
ここでもマルティヌーQはアッチェレランド気味の白熱が聴きモノで、譜面には漸次テンポを早めよ、とは書かれていないものの、4人の気合が終結に向けて一気に高まっていく様子が耳からも、目でも感じ取れました。緊迫の名演。
最後のスメタナ。これは流石に余裕すら感じ取れる堂々たる演奏で客席を沸かせます。例えば第2楽章のポルカ。ヴィオラからセカンドに受け継がれるメロディーにはスメタナが「トランペットの様に」と指示していますよね。ここなどは真にシンフォニックで、ジョージ・セルがオーケストレーションしたくなった切っ掛けだったのでは、と想像してしまいました。(セル版ではヴィオラがホルン、セカンドはトランペットで鳴らされます)
チェロが全身全霊を籠めた見事なエスプレッシーヴォで弾き出し、会場が思わず息を呑む様な熱い第3楽章。ヴィヴァーチェのフィナーレでは、快活な音楽が熱狂に変わり、その絶頂での耳鳴り。この進行も、彼等の持ち味であるアッチェレランドが活き、凄みを増します。全体を聴き終えれば、後味として残ったのは彼等の知的表現であったことにも気が付くのでした。
彼等の知性、それはアンコールの2曲でより明らかになります。チェロのイツカが曲名を告げ、最初はドヴォルザークのワルツ(イ長調)。オリジナルのピアノ曲集からドヴォルザーク自身が2曲選んで弦楽四重奏様にアレンジしたもので(コントラバスを加えて五重奏でも演奏可)、作品54-1という番号が付けられています。
そしてもう1曲。同じくドヴォルザークの糸杉から第3曲で、共にメイン・プログラムに白熱した耳を癒してくれる素敵な贈り物、デザートでした。
初体験のマルティヌーQ、これに続いて来週火曜日には鵠沼サロンコンサートにも登場してくれます。そこではアメリカを中心にハイドンとヤナーチェク。今月はマルティヌーQを堪能しましよう。
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