サルビアホール 第49回クァルテット・シリーズ

先週の月曜日にハチャメチャなクァルテットを聴いたばかりのサルビアホールですが、昨日は早くも15シーズン第2ラウンドを迎えたクァルテット・シリーズ。
前回はスーパー・ムーンを見上げた空も昨日は下弦の月に変り、風が冷たいほど。季節の移ろいの速さに驚かされます。

さて昨日は老舗中の老舗、チェコの名門ヤナーチェク・クァルテットを、文字通り堪能してきました。

マルティヌー/弦楽四重奏曲第2番
ノヴァーク/弦楽四重奏曲第2番二長調 作品35
~休憩~
ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」

ヤナーチェク・クァルテットと言えば、私などが未だ若造のクラシック初心者だったころ、ドイツ・グラモフォンのレコードでその存在を知っていた団体。1962年に初来日した当時は次から次へと海綿の如くにクラシック音楽を吸収していましたが、流石に室内楽のコアな世界には近寄り難く、その訪日もテレビで知った程度でしたっけ。
その後も何度か来日していたと記憶しますが、私の関心はずっと交響楽や現代音楽に向いており、恥ずかしながら彼らのナマ演奏に接するのは今回が初めてです。

その間もスプラフォンのCDなどで得意のヤナーチェクは聴いてきましたが、今回改めて幸松辞典を読み返すと、もちろん1947年の創設当時とは全てメンバーは入れ替わり、20年もの暗黒時代を乗り切って再生したのが1990年代に入ってからとのこと。今回来日したメンバーをプログラムから転載すると、
第1ヴァイオリン/ミローシュ・ヴァチェク Milos Vacek 、第2ヴァイオリン/リヒャルト・クルゼック Richard Kruzik 、ヴィオラ/ヤン・レズニチェク Jan Reznicek 、チェロ/ブレティスラフ・ヴィビラル Bretislav Vybiral という面々。
再び幸松氏の著作に戻ると、新生ヤナーチェクのメンバーで今回まで変わらないのはチェロのヴィビラル氏のみ。1998年に今回も率いてきたヴァチェク氏がファーストに座った所までが辞典に記された最新情報で、セカンドとヴィオラが今回の二人に変わったのはそれ以後のことでしょう。いずれにしても度々メンバーを交替しながら、今日まで名前と演奏の伝統を引き継いでいるブルノの名門です。

彼らがサルビアホールで取り上げたプログラムに、先ず感嘆。ヤナーチェクがメインなのは当然として、前半の2曲もチェコの作品から選ばれましたが、恐らくほとんどの人が初めて聴いた音楽じゃないでしょうか。もちろん私も初体験です。
いろいろ調べてみると、チェコの知られざる佳曲を紹介するということ以上に、ヤナーチェクQの意図が隠されていることに気が付きます。3曲とも第2番というのは偶然でしょうが、実はマルティヌーとノヴァークには不思議な共通点があったのですね。

ということで、今回はこの2曲を事前に予習して臨むことにしました。簡単に入手できる音源が少ない両曲で、最近お世話になっているナクソスの音楽図書館(NML)でも配信されているのは、夫々1点だけ。即ち、
マルティヌーの第2はマルティヌー・クァルテットが録音したナクソス盤。ノヴァークの第2はクービン四重奏団によるセントール盤。ノヴァークに至っては第1番は無視され、単に弦楽四重奏曲作品35とだけ表記されています。

一方の楽譜。マルティヌーはかなり以前に入手したユニヴァーサルのフィルハーモニア・シリーズがあるので良いとして、問題はノヴァーク。これも最近は有難いことにIMSLPがネット上に公開しているライブラリーがあり、既に版権が切れている古いブライトコプフ版のダウンロードが可能。興味のある方はこちらからご覧ください。

http://burrito.whatbox.ca:15263/imglnks/usimg/6/60/IMSLP43627-SIBLEY1802.8266.1384-39087009611817score.pdf

スコアと音源を見比べながら考えると、先ずマルティヌーの2番は1925年、彼が奥手ながら学校での修業時代を終えて本格的に作曲家として取り組んだ最初のグループ、35歳の時の作品であることに注目しましょう。
全体は3楽章で、今回の曲目解説にもありましたが、パリでの師であったルーセル影響が色濃く出ているもの。しかしアレグロの第3楽章になるとチェコ風のポルカになり、第1ヴァイオリンによる技巧的なカデンツァが挿入されるのが特徴。
更に譜面を読み進むと、マルティヌーが「D」音に執着していることに気が付きます。つまり全3楽章共に開始するのは「D」(レ、あるいは二音)からで、第1・2楽章共「D」で楽章を閉じるのですね。第3楽章だけは「D」の呪縛から開放されたように「G」(ソ、ト長調)で終わる。これも、この作品の特徴として良いのじゃないでしょうか。

続いてノヴァークを検討。こちらは全2楽章、第1楽章がラルゴ・ミステリオーソのフーガで、第2楽章はファンタジアと題され、様々な楽想が次々と登場する構成。
しかしこれを良く聴いて(見て)みると、第1楽章でチェロから順次上のパートに受け継がれていく「テーマ」は、第2楽章の各部分でも形を変えながら再登場し、ファンタジアの最後は第1楽章そのものがほぼそっくりに再現。二つの楽章は全くと言って良い程に同じ姿で閉じられます。つまり作品全体は大きな変奏曲のようなものと解釈して良いと思われます。
更に興味深いのは、ノヴァークの2番も「D」(二長調)を基音にしていることで、「レ」で始まり「レ」で終わる。マルティヌーで「D」に慣らされた耳は、ノヴァークでも同し様に反応するのです。聴かれた皆さんがどのように感じられたかは判りませんが、私には2作品が良く似た兄弟の様にも感じられたのは、恐らく音程関係から来る無意識の共鳴があったからではないかと考えました。

これは偶然かも知れませんが、ノヴァークが第2弦楽四重奏曲を作曲したのは1905年。作曲者35歳の時で、これまたマルティヌー作品と同じ年齢での創作ということになります。ヤナーチェクQが敢えてこの2曲を紹介したのは、単なる偶然だったのでしょうか?

さて後半のヤナーチェク。この作品は何度も、様々な団体で聴いてきましたし、サルビアホールでもプラジャークQ、ヴォーチェQに続く3度目の登場。作品については触れることもありますまい。
演奏を聴き終え、毎回シリーズに通われている練達の聴き手氏が“何と血の通ったヤナーチェク、何と素晴らしいバランス”と感嘆されていましたが、正にその通り。ヤナーチェクの現代性を強調するあまり、冷たい程に鋭利なアプローチが昨今の演奏スタイルであるのに対し、ヤナーチェクQは団体の名称にもなっているように、本来の伝統的、かつ温かみに溢れた演奏で感動に誘ってくれます。
例えば第4楽章の最後、二度出現する有名なスル・ポンティチェロによるfff のヤナーチェク自身と思われる絶叫にしても、刺激的な要素は皆無。弦楽器本来の豊かなソノリティーを大切にしたスフォルツァートで聴き手の耳を守ってくれるのでした。

時代的にも、耳にも新しい作品が並んだあと、アンコールはドヴォルザークの「アメリカ」から終楽章。
そして、ヴァチェク氏がソフトな声で告げる“ワン・モア・アンコール”は、同じドヴォルザークの「糸杉」から第11曲「地上を静かなまどろみが支配し」が演奏され、真に温かい気持ちでホールを出ることが出来ました。

 

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