サルビアホール 第113回クァルテット・シリーズ

今年、2019年は、3年に一度開催される大阪国際室内楽コンクールの開催年。それに因んで、現地の大阪はもちろん、鶴見のサルビアホールでも過去の優勝・入賞団体の演奏会がチクルスの形で取り上げられることになっています。
その第1弾が、5月29日のアルカディア・クァルテット Arcadia Quartet 。シーズン34の第1回として行われました。このあと大阪チクルスはシーズン34の第3回、1シーズン飛んでシーズン36へと続いて行きます。

チクルスのトップ・バッターを務めるアルカディアQは、2013年の大阪国際優勝団体。その翌年には日本で12回のコンサート・ツアーを行ったそうですが、その時には鶴見での出演はありませんでした。コンクールとツアー、恐らく今回が3度目の来日でしょうが、私にとってはアルカディア初体験。以下のプログラムです。

ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第2番ト長調作品18-2
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第10番変ホ長調作品74「ハープ」
     ~休憩~
バルトーク/弦楽四重奏曲第4番
 アルカディア・クァルテット

ところで今回の日本ツアー、本来のファーストであるアナ・トロークが病気のためにドクター・ストップがかかり、来日中止。代役としてセバスティアン・テグゼジューがファーストを務めました。従って私の駄文は、あくまでも昨日のコンサートの印象。この1回を以てアルカディア云々は慎みたいと思いますので、その積りでお読みください。コンクールを聴かれた方の感想では、アナとセバスティアンではかなりスタイルが違っていた、とのことでした。

鶴見初登場の団体ですから、先ずはプロフィールから。
上記の様に本来のファーストはアナ・トローク。1月に第2子を出産した後、昔の日本で言う産後の肥立ちが悪かったのでしょう、今回は来日していません。名前から想像するに、チェリストとご夫妻なのでしょうか?
セカンドはレスヴァン・ドゥミトル、ヴィオラがトライアン・ボアラ、そしてチェロがツォルト・トローク。ファーストのセバスティアンを含め、日本では馴染みの無い名前ですが、ルーマニアの団体です。

そのルーマニアにあるゲオルゲ・ディマ音楽アカデミーでの学生時代、2006年に結成され、4つの大きなコンクールで全て優勝、一躍世界にその名を知られるようになります。即ち、2009年のハンブルク国際室内楽コンクール、2011年アルメール国際室内楽コンクール、2012年にはロンドン・ウィグモアホール国際弦楽四重奏コンクール、そして2013年の大阪国際室内楽コンクールという具合。
今回のツアーは5月23日、思い出の大阪を皮切りに、24日名古屋(宗次ホール)、26日横浜(ひまわりの郷)、27日と28日は武蔵野で演奏会とアウトリーチを行い、昨日が鶴見。そのあとは30日に米子、6月1日の福岡でツアーを締め括る予定です。プグラムはほぼ2種類で、ハイドン(ラルゴ)+バルトーク(第4)+ベートーヴェン(ハープ)をメインに、シューベルト(死と乙女)を組み合わせたもの。ひまわりの郷ではサルビアと重ならないように、ハイドン・ショスタコーヴィチ(第8)・シューベルトが組まれていました。因みにベートーヴェンの2番はサルビアホールのみ、上大岡も聴いた方は今ツアーの全曲を聴けたことになります。

今や世界中で引っ張りだこのアルカディアQ、詳しくは彼等のホームページをご覧ください。

http://arcadiaquartet.com/

団体名のアルカディアは、古代ギリシャの景勝地とされる名称から採ったものでしょうか。理想的な田園という意味で使われますが、この言葉から派生した言葉にアーケードがありますよね。アーケード、即ちアーチと言えば、今回のツアーで彼らが集中的に取り上げているバルトークの4番でしよう。このクァルテットは正にアーチ構造で書かれており、私の貧しい連想でもバルトーク第4とは切り離せない団体として印象に残りそう。このバルトークこそ、彼等のメイン・ディッシュであろうと感心しました。

しかしレポートは前半のベートーヴェン2曲から始めましょう。今回は黒装束の男性4人として登場しましたが、ヴィオラのトライアンだけが立ったまま。どうしたのかな、と思っていると、日本語で自己紹介を始めました。ファーストから順にファースト・ネームを紹介し、どうぞよろしく、という挨拶。長年鶴見で聴いてきましたが、自己紹介から始めたグループは初めてです。
この挨拶に引っ掛けた訳ではないでしょうが、最初はベートーヴェンの通称「挨拶」。続けて演奏された「ハープ」はほとんど全ての日本ツアーで演奏してきており、今回の勝負曲でしょうか。

ベートーヴェン初期と中期の対比を強く意識した演奏で、特にハープでは彼等の特徴と思われる劇的な表現が聴き所。第1楽章では展開部に入るとドラマティックな表現が表に出始め、スフォルツァート(sf)を必要以上に強調していきます。中でもセカンドとヴィオラが牽引者の如くアピール。それは第2楽章でも同じですが、圧巻は第3楽章でしょう。4人が躰をぶつけるようなアクションで突き進む。メンバー全員がソリスト級の腕前。
当然ながら第4楽章の変奏曲でも、コーダに入って熱情的表現が加速して行くのでした。

極めて集中力の強い、まるでオペラのようなベートーヴェンにため息を吐きましたが、その本領はやはり後半のバルトークでしょう。
冒頭で紹介したように、第4弦楽四重奏曲はレントの第3楽章を中心にし、それを囲むように猛烈に速いプレスティッシモ(第2楽章)と全曲ピツィカートの第4楽章が置かれ、更に両端楽章にはアレグロの堂々たる楽章が据えられる。第1楽章と第5楽章の終わり方は全く同じ、という仕掛けも施されています。

バルトークと言えば未だに難しいとか、大嫌いだという聴き手も多く存在するようですが、そういうファンにこそ、アルカディアQのバルトークを聴いて貰いたいと思いました。彼等の演奏は難しいどころか、寧ろ楽しく、スリリング。エッ、バルトークってこんなに聴き易かったのか! と感じられること間違いなし。
特に中心に位置するレントは、冒頭のチェロ・ツォルトの朗々たる歌。アジタートに替わって直ぐ、セカンド・レスヴァンの全身これパッションとも言うべき独白に思わず息を呑む思い。ファーストのテグゼジューはこれまで何度もアナの代役を引き受けているようで、アンサンブルはほぼ完璧でした。

彼等のバルトークに寄せる共感は半端ではなく、2017年から2018年にかけて録音した全集がシャンドスから発売されたばかりでもあり、バルトークが目下彼等の中心的存在であることが伺い知れます。ルーマニアの人たちにとって、バルトークは隣人以上の共感もあるのでしょう。そもそもハンガリーとルーマニアは民族問題や領土問題で戦争にまで発展したこともありましたが、バルトークはルーマニア民謡も採取し、作品に反映させていますし、ね。

ベートーヴェンとバルトーク、夫々に好感を持ちましたが、ベートーヴェンの場合には、ここまで振幅を大きく取ってドラマティックな側面を強調すべきなのか、
バルトークでは、これほど判り易く、面白過ぎるようなアプローチで良いのか、という疑問が残ったのも事実。私のようなロートル世代には、コンクールで名声を確立していく現在の室内楽のあり方に若干の不安も感じてしまうのでした。

もう一点、前回のマルティヌーQと比較すれば、マルティヌーQの結成が1976年だったの対し、アルカディアQは2006年。二つの団体の間には丁度30年の開きがあり、それが演奏スタイルの違いに現れてくるのは当然じゃないでしょうか。
古い世代、と言うか私が聴き育った年代の中心的存在はベートーヴェンでした。しかしアルカディアQでは、彼等の骨肉はバルトークに移っています。時代の中心軸が大幅に現代に移行してきている。アルカディアQのベートーヴェンは、バルトーク世代から見たベートーヴェンで、そこに違和感を覚えるオールド・ジェネレーションが未だ生き残っている事実もあります。
演奏と言うジャンルは、作曲を後追いする性質があり、やがてはバルトークも押しやられ、いずれは更に時代を下った音楽が普通に弾かれ、楽しまれる世の中がやってくることでしょう。

それはアンコールとして演奏された小品が如実に表していて、手拍子、足拍子、掛け声と何でもありな楽しい音楽は、ラズヴァン・メテア Razvan Metea という人の Patru bagatele という作品だそうな。民謡じゃなく、ルーマニアのロック音楽の世界のようですね。聴いて楽しい室内楽、これがアルカディアQの目指す所でしょうか。
おっと、今回はファーストが代役、あくまでも29日サルビアホールでの印象です、念のため。

アルカディアQのCDは、フォントネー・クラシックスから出ているファースト・アルバムのメンデルスゾーン(第2番)とブラームス(第2番)、オーキッド・クラシックスに録音したヤナーチェクの2曲、そして上記シャンドス盤のバルトーク全集がナクソスNMLで視聴可能です。
私は未だ試していませんが、時間を作って順次聴いてみる積り。また異なったアルカディアQの感想が生まれるかもしれません。

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2件のフィードバック

  1. 古瀬 より:

    大阪国際室内楽コンクールは来年ではないでしょうか

  2. メリーウイロウ より:

    古瀬 様

    今年の10月まで参加者受付し、コンクールそのものは2020年5月だそうです。
    ご指摘、ありがとうございました。

    メリーウイロウ

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