第381回・鵠沼サロンコンサート
先週の火曜日に鶴見サルビアホールで初体験したマルティヌー・クァルテット、丁度1週間後の昨日、今度は藤沢の鵠沼サロンコンサートで追体験してきました。
鶴見ではスメタナの名作「わが生涯より」を満喫しましたが、鵠沼では「アメリカ」。これでチェコの2大傑作を制覇したことになります。ブログムはこれ↓
ハイドン/弦楽四重奏曲第68番ロ短調作品64-2
ヤナーチェク/弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」
~休憩~
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第12番へ長調作品96「アメリカ」
マルティヌー・クァルテット
サロンの開演は午後7時、私共は電車の都合もあり、ほぼ毎回開演1時間弱前にレスプリフランセに到着します。扉をソッと開けると、リハーサルの真っ最中。ヤナーチェクの第3楽章を漏れ聴いているだけで、早くも耳はチェコ・モードに切り替わってしまいました。
レポートに入る前に一言。平井プロデューサーが耳打ちしてくれたのは、マルティヌーQの初代チェロは何度も聴かれているミハル・カニュカさんですよ。セカンドのリボール・カニュカさんはミハルの弟なんです、とのこと。クァルテットの世界は意外に狭い。
先週の記事でマルティヌーQについて書きましたが、その際に初代チェロをミハエル・カンカと紹介しました。これは幸松肇氏の著作から引用させて頂いたものですが、アルファベットの表記は無く、何となくセカンドのリボール・カニュカと似ているな、と思っていました。これで疑問は氷解、マルティヌーQの結成は、不変のファースト、ハヴラークとカニュカ兄弟が中心だったんですね。室内楽ファンの間では超有名人のミハルは、最初はマルティヌーQでスタートし、その後コンクールでの優勝・入賞を経てプラジャークQに移籍。最近ではウィハンQのチェロも務めるなど、正に神出鬼没の名手だということも改めて判りました。
そう言われてみればセカンドのリボール、チョットした仕草や表情がミハルに似ていますね。鶴見では演奏会の前にホワイエでコンサートのチラシを盛んにチェックしていましたし、この日もテーブルに並べられた彼等のCDを珍しそうに見入っていました。自分たちの録音なんだから周知のものでしょうに、日本ではどんな風に売られているのか興味があったのでしょうか?
いずれにしても好奇心満々の紳士、という印象。常連の会員諸氏から見ても、実に気さくな面々です。マルティヌーQ、この雰囲気が気に入って、サロンのリピーター・クァルテットになってくれるよう期待しましょう。
鵠沼の弦楽四重奏は、確か去年3月のロータスQ以来、1年3か月振りでしょうか。今年は10月にQドビュッシーが登場予定ですから、「世界のクァルテット」というシリーズ名が復帰するかも。今回のプログラムには、敢えてシリーズ名は掲げてありませんでした。
鵠沼も初登場のマルティヌーQ、いきなり「アメリカ」を持ってきましたが、これはサロンの側からの要望ではなく、彼等からの提案。鶴見と鵠沼を併せ、チェコの老舗を自負しよう、ということかな? サロンのアーカイヴを一通りチェックしてみましたが、アメリカは今回が何と5回目じゃないでしょうか。もちろん「5回も」ということじゃなく、「5回しか」ということ。30年弱で5回って、やっぱり少ないでしょ。
その前回が2016年12月のプラジャークQ、そう、あの時は私も実際に聴きましたし、ミハル・カニュカが真に存在感タップリに弾いたものでしたっけ。小欄の古い記事も参照してください。
回数に拘れば、「内緒の手紙」はアメリカより多く、これが6回目、かな。私は聴けませんでしたが、古くはヤナーチェクQ、近年もパヴェル・ハースQ、パシフィカQも取り上げていて、鵠沼では実にハードルの高い名曲です。
最初に取り上げられたハイドン。こちらは鵠沼に限らず演奏機会は稀で、恐らくサロン初登場でしょう。同じ作品64には「ひばり」という人気曲がありますが、64の2は貴重な体験だったと思います。
ハイドンは実験の大御所で、このロ短調作品にもハイドンならではの新機軸があります。チョッと聴いた限りでは普通の4楽章、アダージョとメヌエットを快速の両端楽章が包む構成ですが、ここは調性に注目しましょう。
ロ短調こそが主調ですが、最初の出だしを聴くと全然短調じゃありませんよね。そう、冒頭は同じ♯2つの長調であるニ長調で開始される所がミソと言えましょうか。9小節目のフォルテで聴き手に意識させずにロ短調に変わってしまう。まるで手品のような転調じゃないでしょうか。
良く似たことがプレストの終楽章にも仕掛けてあって、こちらはセオリー通りロ短調で軽快に進行した後、第158小節で唐突に♯が5つも並んだロ長調に変身してしまう。ロ長調などというトンデモナイ調性が選ばれていて、多分アマチュアの四重奏にとってはかなりの難関じゃないでしょうか。後にビジネスの世界に転身したというトスト氏とハイドンとの関係を想像するのが楽しみな一品ではありましょう。トストは、こうした意表を衝く発想をハイドンから学んだのではないか。これは私の想像ですが・・・。
ハイドンをサラッと、如何にも簡単そうに弾いて見せたマルティヌーQ、直ぐに続けてヤナーチェクに突入します。
このスリリングな展開を目の前で、弦の唸りを足の裏から直接に受け止める快感。これこそがサロンコンサートの醍醐味でしょう。思わず呼吸するのを忘れてしまうほどの白熱に、我を忘れた聴き手がほぼ全員。と言ったところでしょうか。
冷たい飲み物で喉を潤し、後半は天下のアメリカ。平井氏の解説も、改めて紹介することもありませんが、と断って始まり、ドヴォルザークがアメリカで触れた故郷の人々のサークルに付いての話題。
マルティヌーQも、ヤナーチェックの白熱とは肌触りの異なる、望郷の念と懐かしさに満ちたドヴォルザークをタップリと提供してくれました。極めてレパートリーの広いマルティヌーQですが、やはりスメタナとドヴォルザークは彼等の血であり、肉であることが痛いほどに伝わってきました。
アンコールは鶴見と同じ、ドヴォルザークのワルツと糸杉の第3曲。穏やかな小品が聴き手の耳を優しく擽り、雨模様のコンサートを穏やかに締め括ります。
終了後のサイン会、チェコの団体では時折駆けつけてくれる緑茶ソムリエのコントラバス氏も手伝ってくれていました。何とも微笑ましい光景です。
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